9.5 戴冠式のマーチ(5)命がけの晩餐

(※)「毎日更新チャレンジ」キャンペーン参加中につき、少々短めですが毎日更新する予定です。8月17日〜31日まで。

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 サン・フロランタンは小さな町だが、ランスまでの行程のちょうど半分くらいだ。


 6月29日に出発して以来、4日ぶりにちゃんとした食卓と寝床にありつけた。ここまでずっと、戴冠式のための行軍とは程遠い冷遇ぶりに少々落ち込んでいたこともあり、ようやく人心地がついた。


 武装を解いてくつろいだ軽装に着替え、町の司祭や領主たちと食事をしながら現地の声に耳を傾ける。


 戴冠式をおこなうためにランスへ向かっていることは、先遣隊が先回りして伝えてある。道中にある町々は、大変なパニックになっているらしい。


「私が侵略しに来たと考えて?」


 軽口をたたくように尋ねると、サン・フロランタンの人たちは困ったような苦笑いを浮かべた。


「見ての通り、武装を解いて剣も外している。私は身軽な格好が好きだからね。こうして皆さんとともに同じ皿に盛り付けた料理を食べ、同じ樽からワインを汲んで飲んでいる……。ああ、噂に聞いていたけどブルゴーニュ産のワインは格別においしいね。この芳醇な味わいはなかなか出せないよ……。もう一杯いただこう」


 地元の名産品を褒められて嬉しくないはずがない。

 同席者たちの表情がほころび、さらに「うちの宮廷に仕入れるにはどなたに相談すればいいかな?」と告げると、王室御用達になる商機をのがすまいと揉み手で計算し始めた。ちょろいな。……いや、おいしい話でちょろまかされているのはお互い様か。


 なごやかな晩餐に見えるが、お互いに命懸けで駆け引きしている。


 この辺り一帯は、イングランドと同盟を結んでいるブルゴーニュ公の支配地域なのだ。領主はイングランドあるいはブルゴーニュ公に忠誠を誓っているし、聖職者も同じ相手によって叙任されている。


 シャルル七世は敵だと教え込まれているはずだ。


 彼らは、私が豹変してこれまでの報復をするのではないかと恐れている。

 私にそのつもりはなくとも、信頼関係を築いていない相手にこちらの本心を証明するのは非常に難しい。

 サン・フロランタンの人たちは波風立てずにやり過ごそうとしているが、私からの報復を恐れるあまり、「やられる前にやれ」と決意して、食卓に毒を盛るか、寝床で襲われる可能性もあった。


 だが、私は「やるかやられるか」を前提に駆け引きすることを控えた。

 私は彼らを……、ブルゴーニュの人たちを同胞だと思っている。

 だから、行動と言葉で「私に敵意はない」と証明し続けるしかない。


 一緒に食事をして酒を酌み交わしているうちに、少しずつ気心が知れてくる。

 城門をひらくように心もひらかれてゆく。


「王太子さまが来ると知らされて、城壁のある町は立てこもってやり過ごせばいいでしょうが……、うちみたいな小さな町の弱小領主じゃあやれることが限られてますのでね」


 近隣の町同士が協力して、人や物資を融通したり情報交換しているという。


「町に駐屯していたブルゴーニュ兵とイングランド兵は、それぞれの主人に助力を求めて出て行きました。だから、今は地元民しかいないんですよ」


「へえ、それはそれは……。兵は戻ってこなかったのか?」


「ブルゴーニュ兵は出て行ったきりですね。イングランド兵はパリにいるベッドフォード公に援軍を要請したようです」


「それはまずいなあ」


「でもね、オルレアンで負けちゃったでしょう? 援軍を出せないんですよ」


「あー、なるほどね……」


「それでね、ロンドンから呼び寄せるらしいんですが……。え、今から呼ぶの?ってね。こっちの事情とか距離感とか、ぜーんぜんわかってないんですよ! もう王太子来てるじゃん! 遅すぎ。全然間に合わないじゃん!!」


「私、もう来ちゃったしね」


「ねえ〜」


「ロンドンからの援軍かぁ。今ごろ、どこにいるのかな」


「ドーヴァー海峡でも泳いでるんじゃないですかね」


「あっはっはっは!!」


 楽しい晩餐だったし、いい町だった。


 ベッドフォード公が呼んだというロンドンからの援軍が気になるが、こっちに来る前にランスの戴冠式を済ませてしまおうと決意を新たにした。

 本当にまだドーヴァー海峡を渡航中だとしたら余裕で達成できそうだ。

 ブルゴーニュ公が何か仕掛けてこない限りは。





 さて、数日前に金銭を献上されたオセールが三分の一、サン・フロランタンが半分、トロワまでたどり着けば三分の二を通過した計算になる。


 天候に恵まれ、行軍は至って順調に進んでいる。

 1日あればトロワに着くが、この町がランス行きを阻む障害になることは間違いない。



 



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