9.3 戴冠式のマーチ(3)二人で散歩

(※)「毎日更新チャレンジ」キャンペーン参加中につき、少々短めですが毎日更新する予定です。8月17日〜31日まで。

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 城門を開けさせるために軍が長居すればするほど、ブルゴーニュ派が支配する町との和解は遠くなる。


 私たちはオセールの町を早々に立ち去った。

 軍隊が駐留している間、町の農民たちは郊外の畑を世話することができない。

 いなくなれば、町は平穏を取り戻すだろう。


 開門しない代わりに、金貨2000枚を提供された。

 臣従関係の貴族、有力な商人や都市から献上品をもらうのはよくある話だ。

 王へのご機嫌伺いと称して、便宜を図ってもらおうという下心があったりする。といっても、取引や駆け引きは悪いことじゃない。お互いに利益を得られるのが一番いい。


 しかし、今回のオセールでの一件は、武力で脅して金品を巻き上げたも同然だ。その上、金貨の分配をめぐって一部で不満の声が出ている。


 みっつの町を通過して、いずれも戦闘を回避できているが私は憂鬱だった。


 普通、戴冠式へ向かう祝賀行進では、道中の都市に立ち寄って盛大に祝う。

 王は民衆に食事を振る舞ったり、特赦をおこなったりして、善政を敷くことを知らしめる。戦闘にならなくても城壁を開けてもらえないのは——


「敵……とまでいかなくても味方ではない。信頼されていないことの現れだ」


 町に入れなかったため、この日も野営せざるを得ない。


 軍属の非戦闘員たちがテントを張り、簡単なかまどを組み立て食事の準備をしている。騎士と副官は武器の手入れや軍馬の世話など、めいめい自由に過ごしている。

 もし、町に迎えてもらえた場合は、王と側近は司教館に宿泊し、他の兵士は指定された宿屋に泊まる。食事も寝床もちゃんと用意してもらえる。


 王として情けなく、居た堪れない気持ちだった。


「王太子さま〜!」


 ジャンヌがひょっこり現れた。


「どうしたんだ?」

「かまど作りとか食事とか何か手伝おうとしたら、あたしじゃ力不足だからって追い出されてしまいました」


 めずらしくしょんぼりしている。


「あたし、邪魔なのかな……」

「そんなことないよ。女の子に力仕事はさせられないからね」

「あたし、こう見えて結構力持ちなのに」

「みんなジャンヌのことが好きだから、こまごました雑用をやってあげたくなるんだろう。男たちはね、好きな女性にかっこいいところを見せたいんだ」


 ジャンヌを元気付けようと、私はできるだけ明るく振る舞った。


「あたし、役に立ってますか?」

「もちろんだとも」

「でも、なんだか王太子さまは悲しそうに見えます」

「そんなことないよ……」


 否定したが、本心を見抜かれていることは分かっていた。


「よかったら、少しお出かけしませんか?」


 野営の準備が整うまで、私たちは馬に乗って散歩に出かけた。


 ジャンヌに与えた軍馬は、兄が存命中に騎乗していた名馬だ。

 本来ならとっくに退役して牧場で余生を送っている年齢だが、主力の軍馬たちと比べても引けを取らないくらい元気だ。強い突進は無理だろうが、年を経てやわらかくなった足取りは、少女が騎乗するのにちょうどいい。


 暗くなっても迷わないように、ヨンヌ川の流れに沿って進む。


「明日は、この川を渡ってサンフロランタンの町をめざす」

「なんだか美味しそうな名前ですね」

「そうか?」


 野営の前を通り過ぎたとき、かまどに大鍋をかけて煮炊きしているのを見かけた。そろそろお腹が空いているのかもしれない。


 赤い夕陽が落ち、漆黒の夜空が降ってくる。

 ロワール川、セーヌ川、ヨンヌ川——、どこにいても、どんな時も、この空だけは変わらない。


「ジャンヌは、自分にだけが聞こえると言っていたね。ジャンヌと同じかわからないが、私も自問自答という形でなら、心の中で声を聞いているよ。例えばこんな風に」


 ——私たちはいつまで奪い合い、憎み合い、血を流し続けるのだろう?

 ——私は何と戦い、何を守るべきなのか。何を信じ、何を愛すべきなのだろう?


「子供の頃からずっとこんな感じだ。変な王子さまだろう?」


 私は自嘲するように少しだけ笑った。


「私とジャンヌの最大の違いは、私のは明確な答えをくれないということだ。どれほど祈り、叫ぼうとも声が返ってくることはない」


 心の中にある「問いと祈り」が途切れ、ふと夜空を仰ぎ見た。

 頭上には数え切れない星屑が散っていて、地上へ降ってくるような錯覚を覚える。偉大な天上の神は、愚かな者を試すように絶えず試練を降らせるが、その神意は計り知れず、私はただ運命を受け入れることしかできない。


「私は、ジャンヌとは違う」


 ——ならば、暗闇に光を灯す星々に問いかけよう。愛する同胞よ、滅びへ向かう王国よ、過去と未来を繋ぐすべての人に問う。人間は何を育み、何を遺すべきなのか?


「私には何が正しいかなんて分からない。数奇な運命を呪いながら……、それでも必死に生きている」


 ジャンヌはいつもの無垢な瞳で私を見つめていた。

 素朴な言葉遣いでよくしゃべる子なのに、この時は黙したまま、何も答えてはくれなかった。




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