8.14 王からの贈り物(2)名付け親

(※)「毎日更新チャレンジ」キャンペーン参加中につき、少々短めですが毎日更新する予定です。8月17日〜31日まで。

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「フランス軍総司令官デュノワ伯よ……」

「はっ」

「貴公の率直な意見を聞かせてほしい」

「俺よりもジャンヌやアランソン公のほうが適任なのでは?」


 親友なのにそっけない! 確かに、オルレアン勝利で話題を独占しているのはあの二人だが、だからといってデュノワを過小評価するのは納得できない。


「そんなことないよ! 包囲戦の勃発から終結まで、好調なときも劣勢なときもオルレアンのすべてを見てきたのはデュノワじゃないか!」


「まあ、王がそこまで言うなら……」


 イングランド軍の残党掃討もあらかた片付き、包囲戦終結後しばらく経ってからのオルレアンの近況を知りたい。その他にも、ジャンヌ・ラ・ピュセルの信者目線からではない近況も気になるし、おまけにリッシュモンがいじめられている……?


 おおかた、数年前の粛清でリッシュモンに睨まれた連中が、大侍従ラ・トレモイユの威を借りて報復しているのだろうが、真相を探るため、私はデュノワに探りを入れてみた。


「大元帥は孤高の人ですから。つまらない嫌がらせを気にするほど愚かではないと思いますよ」


 なるほど、一理ある。

 しかし、つまらない嫌がらせを気にしないからこそ、積極的に宮廷になじむ姿勢に欠けているとも言えた。


「いじめられていると聞いたんだが」

「そいつは大元帥の粛清が怖くないんですかね?」

「確かに。リッシュモンが本気を出したらいじめ程度では済まないな」

「間違いなく処刑されますね」

「はっはっは、怖いな!」


 少なくとも、デュノワとブサック元帥のふたりは、リッシュモンを信じて軍に迎え入れようとしたし、ジャンヌも「正しい人」と呼んで敬意を払っている。

 私がこまかいことを気にしすぎているのかもしれない。前者ふたりは、リッシュモンと宮廷の関係を和らげる緩衝材になってくれるだろうし、ジャンヌを慕う信者たちは聖女に従うだろう。


「でも、大元帥はくだらないことではしませんよ。あの人が怒るのは、王が傷つけられたとき限定ですから」


 ラ・トレモイユとその配下の派閥が、リッシュモンを宮廷から排除する姿勢を見せながら、ジアックやボーリューのように実力行使で粛清されずに済んでいるのは、王に仕える大侍従として申し分ない働きを見せているからだ——というのが、デュノワの見立てだった。


「大元帥が傷つくのは、ラ・トレモイユの嫌がらせよりも王に何年も無視されている状況かもしれませんよ」

「そんなことはないだろう」

「鈍感だなぁ」


 やんわり咎められてしまった。

 別に無視なんかしていないし、半年前にオルレアンで再会してなりゆきで半裸で同衾すらしている。

 デュノワは、イングランド総司令官ソールズベリー伯の命を奪った『謎の狙撃手』を探しているが、その正体とあの夜の出来事を知ったら、どう思うだろう。


(まずいな)


 こちらから探りを入れるつもりが、逆に、意外と勘のいいデュノワに余計なことまで知られてしまいそうだ。私は話題を変えることにした。


「オルレアンでは、ジャンヌ・ラ・ピュセルが一大ブームを巻き起こしているそうじゃないか」


 聖女として、英雄として、救世主として。

 本来、オルレアンとは何の関係もなかった一人の少女が、いまや町を代表するシンボルとなり、町中の人たちから尊敬を集めていた。


 ジャンヌのオルレアン来訪から、周辺の残党掃討が終わるまでおよそ一ヶ月。


 平和を取り戻した大きな町では、いくつかの出産と洗礼がおこなわれ、ジャンヌに子供の「名付け親」を依頼する人が何人もいた。

 名前とは、愛する我が子に贈る最初のギフトで、名付けを頼まれるのは名誉なことだった。まだ年若いジャンヌは恐縮しつつも「あたしで良ければ」と快諾し、女児にジャンヌ、男児にはシャルルと名付けた。


「ジャンヌと……、シャルルだって?」

「俺も、子供の名前の届け出を見て驚きましたよ……」


 当時のヨーロッパは名前のバリエーションが少なく、兄弟の名前がかぶらないように配慮するものの、親の名前を受け継ぐことが一般的だった。現に、私の父と祖父はシャルルで、フランス王は三代続けて同じ名前だ。


 だから、ジャンヌが名付け親を依頼されて、自分の名を女児に採用するのは理にかなっている。問題は男児のほうだ。


 ジャンヌの父の名はジャックで、兄弟の中にもシャルルはいない。

 それはつまり——


「まさか、私の名前にあやかったのか?」

「まぁ、俺の兄もシャルルですけど、普通に考えれば……ね」


 デュノワは慎重に言葉を選びながら、「たぶん、あの子は王に惚れてるんじゃないですかね?」と告げた。



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