8.12 王のいない戴冠式

(※)「毎日更新チャレンジ」キャンペーン参加中につき、少々短めですが毎日更新する予定です。8月17日〜31日まで。

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 ジャンヌが唐突にリッシュモンを推してきたので、私は当惑していた。


「今の話は……、リッシュモンの告白は間違いないのか?」

「間違いありません!」

「ジャンヌがいう『神の声』以上に、信じられないのだが?」

「聖女は嘘をつきません!」


 ジャンヌは力強く断言したが、私は疑り深いのだ。

 人づての告白など信用できるものか。


「神に誓って、大元帥の告白は真実です!」

「そこまで?!」


 しかし、悲しいかな、ジャンヌは天才的に押しが強く、私はいつも受け身だった。今のジャンヌは、宮廷によくいる恋物語を愛好する令嬢や侍女そのもの。


「わ、私の気持ち……?」

「はい、聞かせてください!」

「リッシュモンとの仲を取り持つ……?」

「はい、あたしに任せてください!」


 話を整理しよう。


 私とリッシュモンは、フランスとブルターニュにおける地政学的な都合から、ビジネスライクな主従関係を結んだ。宮廷闘争やら派閥やら陰謀やら……の都合上、最近は距離を置いている。あくまでも主従関係であって、忠誠心や報恩の気持ちはあるが、恋愛や劣情はない。


(ないはずだ……よな?)


 リッシュモンの内心まではわからないが、興味本位で暴くのはよくない。

 何にせよ、かねてよりジャンヌ・ラ・ピュセルは思い込みが激しく、行動力に長け、しかも周囲への影響力がすさまじい。早急に勘違いを正さなければならない。


「私は別にリッシュモンを嫌ってない。信頼しているから、彼は大元帥なのだよ」

「じゃあ、どうして何年も会ってないんですか?」

「それは色々と事情があってだな……」


 実は半年前にオルレアンで会っているが、あれは機密事項だ。


「王太子さまがそっけないから! 大元帥はフランス軍のみんなにいじめられてるんですよ!」


 ではあるまい。大侍従派の人間だけだ。

 しかし、宮廷闘争の派閥について説明しても、ジャンヌは理解できないだろう。


「あの親切なアランソン公まで……!」


 ジャンヌは勘違いしている。

 アランソン公が優しいのは女性限定で、宮廷では大侍従派だ。

 最近はジャンヌがお気に入りのようだから、日頃からジャンヌに向けるやや下心のある感情と、リッシュモンに向ける冷徹な感情の温度差に驚いたのだろう。


「仲間同士でいがみ合うのは良くないです」

「それには同意する」

「あっ! が名案を教えてくれました。ランスの戴冠式に大元帥を招いて、みんなの前で二人が仲良しであることを証明してみましょう!」


 例のを出しに使って、決定事項のように言う。


「確認するが、リッシュモンは戴冠式に出たいと言っていたのか?」

「あんなに王太子さまのことを愛してるんですもの。王太子さまの栄光を見たいに決まってます!」


 私はジャンヌの提案を却下した。


「どうして?」

「大元帥としてやるべき仕事を放棄して、私情を優先して戴冠式にのこのこ現れたら、私はリッシュモンに失望するだろう」


「王太子さまが招かないなら、あたしが呼びます」

「リッシュモンが出席するなら、私は戴冠式を欠席する」


 歴代フランス王が戴冠式をおこなうランスの大聖堂は、フランス西部にある。

 イングランドと同盟を結んでいるブルゴーニュ公が支配している地域だ。


 私がランスに向かって行軍している間、フランス東部——ノルマンディー、ブルターニュ、アンジューなどの紛争地域——に隙ができる。王に次ぐ権力を持つ大元帥が睨みを効かせてなければ、ランスに行ってる場合ではないのだ。


「そんなことを言わないでください……!」

「お嬢さん、私は本気だよ」


 戴冠する主役である王がいない戴冠式——。

 実現したら、愚王として私の名がフランス史に残るだろう。

 天邪鬼な私は「傑作な思いつきだ」と内心で満足していたが、ジャンヌは私の頑なな態度に相当ショックを受けたようだ。






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