8.7 戦勝祝い(2)二人のジャンヌ
トゥールには10日ほど滞在し、オルレアン包囲戦の勇者たちをねぎらった。
その間に、先だっての戦勝報告を受け取った有力者たちが我先にとお祝いに駆けつけた。
ジャンヌ・ラ・ピュセルに会いたがる客人が多かったため、私はどこに行くときもジャンヌを小姓のように連れ回した。信者たちは面白くなかったようだが、仕方があるまい。
客人たちは、表向きは戦勝祝いと称賛を口にしたが、水面下では復興事象の利権をめぐる壮絶な駆け引きが始まっていた。私のほうも、予算不足の穴埋めとランス行軍の資金を集める必要に迫られていた。
素朴で信心深い少女にとって、居心地のいい環境ではなかっただろう。
だが、神を冒涜するようなことさえ言わなければ、相手が誰であっても気持ちよく接待に付き合ってくれた。
数日続いた祝勝会——その実体は資金集めパーティーだが——では、オルレアン公(シャルル・ドルレアン)の娘婿アランソン公や、異母弟で総司令官を務めたデュノワが同席することも多かった。
「あの子のいう『声』って、結局何なんですかね?」
オルレアン市民と戦友たちはジャンヌ・ラ・ピュセルを救世主と崇め、すっかり信者と化していたが、デュノワはこの熱狂を冷静に観察していた。
「みんなも気になってますし、俺が代表してジャンヌに聞いてみたら『大天使や聖人たちが円卓会議をして方針を決めている』のだとか」
「へえ、それは興味深い話だな」
「それで『俺も天使の声を聞いてみたいし、聖人たちの会議を見てみたい』と言ったら……。あの子、なんて言ったと思います? 徳が足りない人は見ることも聞くこともできませんよって」
「あっはっはっは!」
デュノワは口を尖らせて不満そうだが、これが吹き出さないでいられようか。
「ごめんごめん。私にとってデュノワは最高の親友だし、最高の総司令官だよ。ニシンの戦いの武勇伝も最高におもしろかった」
「ジャンヌの武勇伝には負けますけどね」
「あの子の人気ぶりは、フランス王の私も敵わないよ」
視線の先では、アランソン公が二人のジャンヌに挟まれながらご機嫌で酒杯を傾けている。ひとりはジャンヌ・ラ・ピュセルで、もうひとりは私の姪でシャルル・ドルレアンの一人娘のジャンヌだ。
オルレアンのジャンヌ(ジャンヌ・ドルレアン)といえば、本来ならシャルル・ドルレアンの一人娘のことを指し、包囲戦直前にアランソン公と夫婦になったばかりだ。
ところが、近頃のアランソン公は「ジャンヌ」と聞けば、オルレアンの英雄ジャンヌ・ラ・ピュセルを思い浮かべるようで、包囲戦から帰還して以来、夫婦仲が微妙にこじれていると噂になっている。
王侯貴族は政略結婚が当たり前。
夫婦の務めを果たしていれば、恋人がいてもある程度許されるが、ジャンヌが「聖女」の条件を満たすためには良くない状況だ。
私がジャンヌを呼ぶと、アランソン公は不満そうだったが、ジャンヌはほっとした表情で席を離れた。
「デュノワに、徳が足りないから天使や聖人を見聞きできないと言ったそうだけど、本当?」
「はい」
デュノワがむくれているのを見て、ジャンヌはフォローするように話を続けた。
「この人は悪くないです。大抵の人は見ることも聞くこともできませんから」
「そうか。デュノワに落ち度があるわけじゃないみたいだし、まあ良かった」
「あたしと同じものを見聞きできる人は一人しか知りません」
「へえ。それは誰なのかな?」
「何言ってるんですか。それは王太子さまのことですよ」
ジャンヌは平然と言い放ち、私とデュノワは顔を見合わせた。
「え、えぇ? どういうことなんです?」
「知らない知らない!」
デュノワに問い詰められて、私は首を横に振りながら「みんなにわかるように説明してくれ」とジャンヌに懇願したが、ジャンヌは「あたしは嘘をつきません。王太子さまは見えてるし聞こえてますよ」と断言するので、ますます困ってしまう。
人々はジャンヌのことを「神に使わされた聖女」だと信じ切っていたが、その一方でジャンヌは私のことを「徳の高い国王」だと信じ切っているのだ。
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