7.4 謁見と罰ゲーム(2)
私はクレルモン伯を連れて一度大広間を離れ、再び戻ってきた。
さっきまで打ち合わせをしていた護衛たちはそれぞれの持ち場につき、大広間の最奥には、先ほどと変わらず空席の玉座が、その隣では王妃マリー・ダンジューが座している。
「陛下ぁ……。これ、玉座への冒涜になりませんか?」
青ざめているクレルモン伯にフランス王の鮮やかな青いマントを着せて、半ば無理やり玉座に座らせた。頭上には王冠が輝いている。
思ったとおり、生まれつき派手な容姿の貴公子が座るとサマになる。
「うん、似合う似合う!」
「まずいですよ!」
王妃がいる手前、クレルモン伯は慌てて立ち上がろうとしたが、私が両手を上げて押し留める仕草をしたので、腰を浮かせたまま動けなくなった。
「お、王妃陛下……。私はどうすれば……」
クレルモン伯はマリーに助けを求めた。
マリーは何も言わず、少し驚いたようにクレルモン伯を見て、次に、扇で口元を隠しながら私を見上げた。黙しているが、疑問と好奇心を隠しきれないまばたきを送ってくる。
「いいから楽にして座ってくれ」
軽く押すと、ついにクレルモン伯の尻が玉座に収まった。
「うわああぁ……! 歴代国王よ、不敬をお許しください……!!」
「玉座の座り心地があまりよろしくないみたいだね?」
「いえいえ、そんなことは!」
ちらちらと周りの反応を気にしつつ、やっと座ってくれた。
口では謙虚なことを言っているが、私が褒め散らかしていることもあって、表情を見た感じでは案外まんざらでもなさそうだ。
「リッシュモン大元帥に見つかったら粛清されてしまうかも……」
「あははは!」
「笑いごとじゃありませんってば」
あのきまじめな大元帥がここに居合わせたらどんな反応を見せるだろう。
リッシュモンは「王の保護者」気取りなところがあるから、私もクレルモン伯も大目玉を食らうだろう。それとも、察しのいいあの男のことだから、私の意図に気づいてしれっと見過ごすかもしれない。
「今夜の陛下はずいぶんご機嫌ですね」
「そうか? ……そうかもな」
その時、少女の来訪を告げる先ぶれのラッパが鳴った。
あははと笑いながら、私は居並ぶ侍従たちの中にするりと溶け込み、気配を消した。
玉座に身代わりを座らせて王が隠れる——。
そう、これはただの遊びではない。
神の使者か、悪魔の使いかわからないが、少女の話はまじめに聞くつもりでいる。
山奥で生まれ育った少女はきっと、王の前で粗相をしないように取り繕うだろう。無学さに由来する非礼があったとしても、とがめる気はない。
ただ、やはり直視されるのは避けたい。
少女の護衛たちの盲目的な心酔ぶりを見て、心を操られるのではないかという恐れがあった。少し離れたところから、少女の話し方や振る舞いを観察したかったのだ。
その夜、シノン城の大広間には、王と王妃の他に、宮廷を取り仕切る侍従や護衛が合計300人ほど集まっていた。
異母妹マルグリットと親友で侍女のアニエス・ソレル。
従兄シャルル・ドルレアンの一人娘ジャンヌと、夫になった美男子アランソン公。
大広間の中は、群衆の息づかいが満ちている。
部外者が乱入しないように、少女が入ってくる出入り口以外は閉ざされ、呼ばれていない者は入れない。
侍従のひとり、ヴァンドーム伯が例の少女を連れてきた。
誰もが固唾を飲んで注目していた。
護衛たちは持ち場から離れられないが、視界の片隅でつねに監視している。
ずいぶんと奇抜な格好だった。
旅の間中、動きやすさと少女の貞操を守るために男装したと聞いていたが、王と謁見するこの期に及んで、女性らしい正装ではなく、男の服を着ていたのだから。奇抜なのは衣服だけではない。褐色の髪を短く刈り込み、帽子もベールもヘッドドレスもつけていない。
男の旅装束には風除けのフードがついているから、かぶり物がなくてもおかしくはないが、それにしても——。
ヴァンドーム伯の先導で玉座へ導かれるはずが、少女はふいっと通り道を外れていきなり群衆の中に分け入ってきた。
想定外の動きに群衆は動揺し、作られた通り道の先で、それらしい表情を作って待ち構えていたクレルモン伯は驚いて玉座から腰を浮かせかけた。
「……」
「…………」
そうして今、私の眼前で、瞳の中を覗き込まれている。
「お嬢さん、玉座はあちらですよ」
親切な侍従になったつもりで、できるだけ冷静に柔らかい口調で行き先を促した。
しかし、少女は私が指し示した方向を見向きもしないで、ぺこりと素朴なお辞儀をすると、ぎこちない動きで膝をついた。
「優しい王太子さま、こうして無事に会えて本当によかった!」
どうしてわかったんだ?
思わず絶句し、さまざまな思考と感情が頭の中を駆けめぐる。
驚き、恐れ、感動、疑問……。
ごまかすことはできないと悟った。
私は観念して、王として振る舞うことを決めた。
玉座で戸惑っているクレルモン伯に向かって、首を横に振り、「作戦は中止だ」と合図した。
「お嬢さんの名は?」
「ジャンヌ・ラ・ピュセルです」
「なぜここへ来た? なぜ私に会いたかったのだ?」
「神様が王太子さまに大切なことを話しかけています。あたしはそのことを伝えに来ました」
ここまではすでに聞いている。
肝心なのはメッセージの内容だ。
「ジャンヌの神様は何と言っている?」
「ここでは言えません。神様は王太子さまただひとりだけに話すようにと言ってます」
「どうしてもだめなのか?」
敵地からやってきた初対面の人間と二人きりになるのは危険だ。
せめて少人数ではどうかと提案した。
「王太子さまがそう望むなら、あたしは従います」
少女は一度は了承したが、しばしの沈黙の後、膝上に置いたこぶしをぎゅっと握り締めながら「だけど、できれば神様との約束を破りたくないです」と小さな声でためらいがちに付け加えた。
「……承知した」
「えっ?」
「望みどおり、二人きりで話せるところへ行こうか」
手を差し出して、膝をつく少女ジャンヌを立たせると、私たちはそのまま手を繋いで、300人の侍従・護衛たちに見守られながら大広間を後にした。
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