5.10 別れ際の約束(1)

 リッシュモンいわく、私の魂は傷つき凍えている——らしいが、自分ではよくわからない。リッシュモンの見立てが正しいなら、私の魂はとっくに壊れていて麻痺しているのかも知れない。なにせ、私は狂人王と淫乱王妃の息子だからな。すでに狂っていてもおかしくない。


 でも、だから何?って感じだ。


 小一時間ほど経っただろうか。

 乾いた服をリッシュモンに着付けてもらう。自力で着替えくらいできると言ったが、利き手の負傷を理由に「着替えを手伝う」と言って譲らなかった。強情な奴め。


「ラ・トレモイユは、いつもこうして王の着替えを手伝っているのですね」

「まぁ、それが大侍従の仕事だからな」


 肌着を身につけて、各所を紐で結びつける。


「あの男は、大侍従ではない人間が着付けたことに気づくでしょうか。誰かが王の服を……、肌着や脚衣ショースまで剥ぎ取って、再び着替えさせたことに気づくと思いますか」


 リッシュモンが妙なことを聞く。


「たとえば、紐の結び方にしても、輪の作り方や、紐の末端のくぐらせ方に個性が出るものです」

「貴公じゃあるまいし、そんなこまかい事まで気にするだろうか」

「私なら気づくとお思いで?」

「どうだろう。ただ、貴公はこまかいことまできっちり仕事をするから」


 やけに突っ込んでくるなと思いながら、話を続ける。

 もしかして、リッシュモンは大侍従の仕事に興味があるのだろうか。


「何か気になることでもあるのか?」

「この肌着……、市民にまぎれるために砲手に変装しているとはいえ、ボロすぎるのではありませんか」


 何を言うかと思えば。


「……変装のためじゃない。自前のものだ」

「冗談でしょう? ここ、擦り切れているではありませんか」

「本当にこまかいところまでよく気づくな、貴公は!」


 普段使いしている肌着のボロさを指摘されて、かなり恥ずかしい。


「やはり、大侍従は更迭しなければなりません……!」


 リッシュモンは静かに怒っているようだ。語尾に力がこもっている。

 大侍従は王の衣装を管理しているから、職務怠慢だと思ったのだろう。

 大元帥と大侍従はかねてより宮廷闘争をしているが、王の下着のボロさが新たな闘争の火種になるのは避けたい。


「待て待て。この件に限っては、ラ・トレモイユのせいではない」

「奴をかばうのですか」


 やめてほしい。こんなことで争われては、私が居た堪れないではないか。


「そうではない。濡れ衣は良くないからな」

「理由を聞かせてください」


 やれやれ、今夜は公務から私生活まで質問責めだ。

 こんな話はしたくなかったが、やむを得ない。


「私がボロい下着を着ている理由は……」

「理由は?」

「……率直に言ってお金がないんだよ! フランスはずっと財政難で、私もできるだけ王室費を節約している。だが、王としての矜持は保たなければならない。人々は、私の一挙手一投足をいちいちチェックして、フランス王にふさわしいだのふさわしくないだの、すぐに中傷するからな!」


 だから、衣服は王侯貴族らしいものを身につけなければならない。


「だけどな! し……下着は外から見えないだろ。だから、少しくらい古くても、ちゃんと清潔にしていれば問題ないと思ってだな……。言わせんな、恥ずかしい!」


 ものすごい早口で、一息に説明した。

 リッシュモンは、私の羞恥心などお構いなしで、「そうでしたか」と一言で済ませると、黙々と着替えの手伝いを続行した。


(それだけか?)


 一応納得したようだが、今度は私のほうが、リッシュモンがどう感じたのか気になってきた。


(呆れている? この王国はもうだめだと失望している?)


 こっそり様子をうかがったところ、いつもと比べて眉間がゆるい。


「終わりました」

「あ、うん……」

「のちほど、良質の亜麻布を献上しますから肌着を新調してください」

「えっ!」

「次に謁見するときまでに必ず!」


 絶句する私を尻目に、リッシュモンは微かに口角を上げて笑っていた。

 きまじめで強面の大元帥が笑っているのを見たのは、これが初めてだったかもしれない。







(※)貧乏時代のシャルル七世が、財政を切り詰めるためにぼろぼろの下着を着ていたエピソードをいつか書きたかったので大満足!

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