第19話 彼は僕のために


「んで、なんで制服なんだよ。女装にでも目覚めたか?」

 目覚めるというか、寧ろ学ランだとおかしいだろう。というか持ってないし。

 いや、学ランは暑いから有ったとしても着ないけど。望むなら普通にワイシャツが着たいのであるが、首元のリボンは義務なので外すことは出来なかった。

「ただの忘れ物だよ……斗真こそ、今度試合あるのに部活行かなくていいの?」

 結構大事な試合……県大会とかそんなのだった筈なのだが、こんな昼間からコンビニに夜食を目当てにのそのそとやってくる暇があるのだろうか。割とどうでもいい不安が、胸を締め付けた。

「あぁ、最終日に早退したせいで『お前もう出なくていい』って言われた。正直俺はどうでもいい試合だから、行かずに済んでラッキーだな」

 こんなにふざけていても、大きな大会に出られるほどなのだ。運動面に関しては全く頭が上がらない。何をすればそんなに足が速くなるのだろうか。というか、僕のせいでこうなった事に強がっているんじゃ無いかという考えが脳裏に駆け巡った。


 暫しの談笑を挟み、馬鹿みたいに口を滑らせた僕は斗真に今日の一連を話さざるを得なくなってしまっていた。本当に申し訳ない気持ちが溢れかえっていた。

「鳴上紫苑……かぁ。あぁ、あいつな」

「知ってんの?」

 同じ運動部のくくりと言えど、活動圏はグラウンドと室内。出会う事そのものが少ない筈だ。ここに至るまで、クラス替えの度に僕と斗真のクラスが離れた事が一度もない事で、更に接触する隙などなかったと考える。

 いや、ストーカーか僕は。何を一人で討論してるんだ。

「知ってるっつーか……前に陸上部辞めてダンス部に移った奴が居てな。まぁそいつはその鳴上に告白するため入部したんだと」

 まぁ確かにあの容姿で抜群の運動能力、キレのある動きとスピード感を見れば同じ男として納得なのだ。男としてみれば、である。

「んで、ものすごい笑顔で『やる気がないなら消えて』って言われたらしくて、そいつ部活どころか学校にも来なくなった」

 見た目の割にかなり口調がかなりアレだが、まぁ熱心な彼女ならあり得なくもないかと割り切ってしまった。なんか、とりあえず気の毒である。名も知らぬその人が立ち直れるのを祈るばかりだ。

「それじゃあ、そろそろ帰るよ。ごちそうさま」

「ほい。お粗末様です」

 いや、普通にレンチンして白米にぶっかけただけだろ。という言葉をお互い心に仕舞い込んで、玄関口で手を振り自宅へ帰ろうと脚を……踏み出して、乾燥した排水溝へ続く溝へ脚をはめた。ちゃんと網を置いておけ。幸いここ最近は晴天続きだったので、足が濡れたりすることは無かったが、単純に痛さと羞恥心が脳を支配した。

「……気をつけて帰れよ」

「うるさい……」

 時刻は、午前11時を少し過ぎた辺りだった。今度こそ本物の帰路に着き、自宅へ向かって歩き出した。自宅で優香が腹を空かせて待っているだろう。早く帰って暗黒物質を作ってあげなければならない。

 いや、暗黒物質にはならないように努力するから、せめて食べられるものを作ってみせるから。と、一人で脳内劇場の様な決心をして自宅へ戻った。

 しかし、こうしてみるとこの街も、昔と比べて変わったなと思う点がいくつかある。勿論都市の発展もそうだが、昔からあった建物や公園の遊具が無くなったり建て替えられると『昔はこんなだった』と思い出してしまう。地元愛とかいうやつだろうか。だが、僕はこの街がとても好きなのだ。

 少し昔と言うだけで懐かしく思える、若くして昔を語れる自分の中に残る小さな歴史の一つである。この街には友達も、理解者も、みんな居る。いつまでもここに居たいと思ってしまうのだった。

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