第4話 魔女

「マァリヤ!」


 ダニェルが喜色満面の笑顔を貴子に向けた。


「ダニェルッ、ディ シウ タァク スナァイ!?」


 男に投げられたダニェルを女性が心配げに抱き起す。


「ハァラ、マァリヤ! タカコ シィ エ イォ マァリヤ!」


 ダニェルは、貴子を指さし女性に言った。

 ダニェルに怪我はない。

 目がキラキラと輝いている。


「マァリヤ……」


 女性は、ポカンとした顔で貴子を見た。


 男が突然吹き飛ばされたところを見た縄で繋がれている女性たちは、静まり返ったあとざわめきはじめ、半裸の男たちは、ダニェルの言葉を聞いて鋭い視線を貴子へと向け、全員がその視線の先へと歩き出した。


「ハァテ ビウ トォメオ キオ!? ホウディ ノルイ ディ シウ!?」


 先頭を歩く男が怒りをあらわにして貴子に問いかけた。


「……」


 だが、貴子には言葉が通じないし、そもそも聞いていない。

 貴子は、自分の身に起きていることについて考え中だった。


「……ジィグ タリヤ。コルゥチ サフィ!」


 先頭の男が言うと、他の連中が斧やナイフ、小振りの剣を取り出した。


「タカコ!」


 ダニェルが女性を引き連れて貴子の元へ来た。


「え? あ、ダニエル」


 それでようやく貴子は、意識を目の前に戻した。


「エ ロォロ テカグ!」


 慌てた表情でダニェルが半裸の男どもを指さす。


「げ」


 自分のことを睨む、手に凶器を持った二十人近い男たちに気づき貴子がたじろいだ。


 あいつらが何者かはわからないが、その様子から敵意を持っていることは明らか。

 どうしようと考えるまでもなくどうしようもないことが貴子にもわかる。


「だったら……」


 しかし、そのことで貴子が腹をくくった。

 どうにもならないなら自分の想像が当たっているかどうか試してやる、と。

 想像とはもちろん、すでに男二人を倒した風の力のことだ。


「つまるところ魔法とは集中力と想像力だ、か」


 貴子は、尊敬する魔術師の言葉を思い出し、


「すぅ〜〜〜はぁ〜〜〜」


 目を閉じ、深呼吸して集中力を高め、使う魔法のイメージを頭の中に描きはじめた。


「相手は二十人。そいつらを、全員同時にやっつけるには……」


 イメージが出来上がってくると、貴子の胸に熱い塊が生まれた。


「エイ! ディ シウ ハモォトフィン!?」


 怒声をあげるむくつけき男たち。


「タカコ? タカコ、シウ タァク スナァイ?」


「ダニェル! タカコ! ワァナ イス アシィ タァキエィ! テカ アゥス!」


 不安そうに貴子の魔女ローブを握り締めるダニェルと、二人の肩を掴んで逃げようと促す女性。


「テビ シィギン コンデェオ!」


 逃がさないとばかりに、先頭の男の合図で、後ろにつづいていた連中が貴子へ向けて駆け出した。


「!」


 貴子は、その足音で目を開け、魔女の杖代わりの銀色の金属バットを頭上へ掲げ、


「風よ吹け! あの男どもを巻き上げろっ!」


 振り下ろした。


 直後、貴子と男たちの間にある空気が地面に対して円を描くような回転を始める。

 回転速度は徐々に早くなり、周囲の空気を絡めて膨らんでゆき、草原の草花を巻き上げ、石を巻き上げ、ついには岩を巻き上げるほどの巨大な暴風と化した。


 貴子が頭に思い描いたイメージは、竜巻。

 それが、現実のものとなって貴子の前に現れた。

 さらに竜巻が貴子のイメージに従い男たちに迫る。


「テ、テ、テグロォフ! テグロォフ!」


「ア、アシィ タァキエィ!」


「マ、マァリヤ! ザノ ジェイ シィ エ マァリヤ!」


 男たちは、慄き、口々に恐怖を叫び、散りぢりになって逃げだした。

 だが、竜巻は男たちを追い回し、あっという間に一人残らず吸い込んだ。


「ギャーーーーー! エレェイ エレェーーーーーイ!」


 竜巻が、泣いて喚いてもがく男たちをグルグルグルグル高速で回す。

 一緒に回る石や岩が男たちにぶつかるたび、竜巻の中から悲鳴が聞こえてきた。


 竜巻は、一分ほども男たちを回すと、だんだんと旋回速度を弱め、連中を四方八方へ飛ばしていった。

 男たち全員が暴風の外へ出ると、竜巻は、周りの静かな空気と同化するように消滅した。


 あとには、風でえぐれた大地と、痛みや酔いでまともに動くことができず、うめき声をもらす男たちが倒れていた。

 縄で繋がれている女たちは、口をあんぐりと開け、呆然とした顔でその一部始終を見ていた。


「……思った通りかも」


 竜巻が消えたあとの静寂の中、最初に口を開いたのは貴子。


「私、魔女になれたかもしれない」


 夢が叶ったことを知った。


「タカコ!」


 貴子の魔女ローブを掴んでいたダニェルが、興奮に頬を火照らせて貴子の腰に抱きつき、


「テビ シィ メセナフィン、タカコ! テビ シィ メセナフィン ザノ ルゥデ ルルゥカ ゼス ベェウ ジャグセオ! テビ シィ メセナフィン シュ バァラ ロォロ タァク ダ トゥシィトグ ヒクシキィ! ウィッフ!」


 喜びを爆発させた。貴子は、


「ダニエルーーーーー! 魔女になれた魔女になれた! 私ついに魔女になれたよ! 魔法使い貴子爆誕だーーーーー! バンザーイ! バンザーイ! いぃぃやっほーーーーーーーーーーぅい!」


 ダニェル以上にはしゃいだ。


「ワァナ イス ケェオ シュ トア、タカコ!」


 ダニェルは、貴子へ手招きしてから女たちのところへ駆けて行き、


「オゥ、ダニェル!」


 金髪の女性があとを追い、


「オゥ、イェア、ダニエル!」


 貴子もテンション高くついて行った。

 貴子が走り出すと、その姿に気づいた男どもは、


「ヒィィィッ!? マァリヤ!」


 と怯えた声を上げ、震える足を強引に立たせて動けない仲間に肩を貸し、右へ左へとふらつきながらこの場から去って行った。


「結局あいつらは何だったんだ?」


 貴子は、足を止め、半裸のむさくるしい男どもがいなくなるのを見届けてから、再び走り出した。


 ダニェルに遅れて貴子も女性たちのいる場所に到着。

 先に着いていたダニェルと金髪の女性は、みんなの首と手首の縄をナイフで切っており、誰もかれもが自由になったことを涙ながらに喜んでいた。


 しかし、貴子の姿を見ると、全員が緊張した表情に変わった。

 彼女らにとってはまだ、危険な魔法を操る謎の魔法使いだからだ。

 そんな注目の中、貴子がハイテンションのまま挨拶した。


「こんにちはー! 貴子でーっす! 本日二十歳になりました! おまけに魔女になりました! アハハハハハハハハッ!」


 何を言っているのかまったくわからないが、貴子の無邪気な笑顔を見てみんなの緊張が解けた。


「マァリヤ……」


「マァリヤ、サリィシャ……」


 女たちが貴子のそばに来て、口々に「マァリヤ」とつぶやき、瞳を潤ませ貴子を見つめた。

 表情や口調からとても感謝していることが、言葉がわからない貴子にも色濃く伝わってくる。


 そして貴子は、ここでようやっと、「マァリヤ」が「魔女」や「魔法使い」という意味なんだろうと予想がついた。

 ということで、


「イエス! アイム『マァリヤ』! 魔女です!」


 ビシッと親指で自分を指さし、大声で自己主張した。

 何もない草原に貴子の声が良く通る。

 それを聞いたみんなからは、


「ワァーーーーーッ!」


 大きな喜びの声が上がった。

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