黒髪の魔女は金属バットを振るう
蝶つがい
第一章
第1話 鏡の中へ
貴子は、魔女になりたかった。
魔法が使えるようになりたかった。
これまでに貴子は、数多の魔術書を読み、魔法が使えるようになる儀式も試し、夢が叶った時のために魔女が着るような黒いローブに黒いとんがり帽子も用意していた。
しかし、なれなかった。
今日、貴子は、誕生日を迎えた。
この年齢までに魔女になれなかったら魔法はあきらめようと決めていた二十歳になってしまった。
いつまでも魔法だ魔術だと言っているわけにはいかない。
自分で決めた通り、魔法研究は今日でおしまいだ。
そう自分に言い聞かせながら、貴子は今、自身の部屋にある魔法関連のグッズを片付けている最中だった。
貴子が魔術書を段ボール箱に入れ、
「魔術書ってどれも高かったなぁ……」
寂しげに言って、押し入れの中にしまう。
次に、魔法の儀式で使った祭具を段ボール箱に入れ、
「なんにも起こんなかったなぁ……」
虚しさを思い出し、押し入れにしまう。
そして最後に、魔女の服を段ボール箱に入れ、
「……」
やっぱり取り出した。
しまう前に、もう一回着てみることにしたのだった。
貴子が黒いローブを羽織って袖を通し、黒いとんがり帽子をかぶり、部屋の隅にある姿見の鏡の前に立った。
魔女の格好をした、デニムのショートパンツに白いTシャツを着ている黒髪おかっぱヘアーで地味な容姿の女が鏡面に映った。
「いい……」
貴子は、おのれの姿に見惚れた。
自分の容姿はさておき、良い。
最高だ、と。
しかし、この服ももう着ることがないのかと思うと、すぐにまた寂しさがこみ上げてきた。
「あ~あ、誰か私を魔法のある世界に連れてってくんないかなぁ」
などとつぶやき、貴子がいつもの空想の世界へ飛び立とうとした、その時だった。
『マァリヤ!』
「ん?」
貴子の耳に叫び声が聞こえてきた。
甲高い子供の声。
今、部屋の中には、貴子以外誰もいない。
貴子がキョロキョロと室内を見やる。
テレビはつけていない。
スマホでもない。
「外か?」
そう思い、貴子が窓越しに休日昼下がりの外の景色へ目を向けると、
『マァリヤッ、エレェイ メオ!』
また聞こえてきた。
しかし、今度はハッキリと聞こえてきた方向を把握できた。
それは、
「鏡?」
貴子の前にある、姿見の鏡からだった。
「……何? どゆこと?」
薄気味悪そうに眉をひそめ、貴子は、護身用に置いてある銀色の金属バットを手に取り、鏡に顔を近づけた。
貴子がバットのヘッド部分で鏡をつつく。
鏡面に波紋が広がった。
「……!」
貴子は、驚きに目を見開き、今度はバットの先端を鏡に強く押し当てた。
水面さながらに金属バットのヘッド部分は、鏡の中へと沈み、
「ウソでしょ……」
貴子のつぶやきを否定するように、鏡はバットをどんどん飲み込みはじめ、
「えっ!? うわっ!?」
さらにはバットを握っていた貴子の手を飲み込み、
「な、何これ!? ヤバいヤバいヤバい!」
体を引いて逃げようとする貴子の腕、肩、首と飲み込んで、
「だ、誰か助」
言葉と一緒に頭部も飲み込み、ついには貴子の全身が鏡の中へと消えた。
◇◇◇
「ぶはぁっ!」
鏡に飲まれて数瞬後、貴子は、水の中から現れた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒く息を吐いて呼吸を整える。
貴子は今、小さな泉の浅瀬で四つん這いになっていた。
「み、水? ど、どこ? な、何が起こったの?」
混乱した頭のまま貴子が顔を上向ける。
「空?」
貴子の視界に青い空が広がった。
徐々に視線を下げていくと、
「鳥?」
空中を飛ぶ鳥が見え、
「木?」
新緑眩しい森の木々が見え、
「……お尻」
白い尻が見えた。
十メートルほど先で、ヒゲ面の中年男が貴子に背を向けて立っていた。
男は、全裸だった。
全裸男の正面には、色白で綺麗な顔立ちの、十歳くらいの細身の子供が尻餅をついて倒れていた。
二人とも、目を点にして貴子を見ていた。
「ど、どちら様? な、何してんの?」
貴子が尋ねると、
「ハ、ハァテ ダ エィグ!?」
男は異国の言葉を口にして、体の正面を貴子へ向けた。
陰茎が、へそにくっつきそうなほど反り返っていた。
「ほぎゃーーーーーーーーーー!」
叫ぶ貴子。
「ホントに何してんだお前っ!?」
本気で尋ねた。
「ジュウ ディ シウ!? ハァテ ディ シウ カァフィン トア!?」
しかし、言葉は通じずイラついた顔で何事かを叫ぶ全裸男。
「答えろっての! もしかしなくてもその子にエッチなことしようとしてたんじゃないのか!?」
こちらも通じず怒鳴る貴子。
「チィシェ!」
会話が成り立たないことにじれた全裸男は、歯を剥き眉間に皺を寄せて目を怒らせ、
「カァギン グォム!」
貴子へ向かって駆け出した。
「ちょっ!? こっちくんな!」
貴子がシッシッと手を振るが全裸男は止まらない。
固く陰茎をいきり立たせたまま走ってくる。
「くっそっ、ざけんな! こんなかたちで初体験してたまるか!」
貴子が泉から立ち上がり、手中の、水を滴らせる銀色の金属バットをきつく握りしめた。
「かかってこいやぁっ!」
打ち気満々のスラッガーのように構えた貴子。
「ガァァァ!」
走ってくる全裸男との距離を測り、
「くたばれぇぇぇぇぇっ!」
メジャーリーガーばりに、思い切り金属バットを振り抜いた。
チッ、という擦過音を鳴らし、金属バットの先端が男の肉バットの先端を擦った。
「ギョーーーーーーーーーーンッ!?」
男は奇声を上げ、
バシャッ
泉に膝をつき、
「あばばばばば」
泡を吹いて前のめりに倒れた。
「ふぅ~。あっぶね~」
貴子は、息を吐き出し、額の冷や汗を拭って、
「死ね」
ドゲシッ
男の白い尻を蹴った。
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