第五話『実戦を賭けて』

 俺が初めてラフィさんと会ったのは、異世界に来た翌日。オルデンさんの話が終わった後だ。


 俺達の今後について、三ヶ月の訓練期間がある事を知った俺達は、寮の隣に在る訓練所へと向かった。

 学校の体育館の倍の大きさを持つ訓練所の中心に、騎士団長達は居た。


 灰色の頭髪に力強い眼光と洗練された槍を持つ、第二騎士団団長〈老鷹〉アルバス・ウィクロス。


 癖毛気味の短い黒髪と穏和な口調。二振りの剣を腰に差した、第四騎士団団長 クザキ・シビドウ。


 白に近いブロンドの髪と、女性にしては比較的高い身長。七つの宝石が埋め込まれたレイピアを腰に差した、第五騎士団団長 レフェリア・アレス。


 黄緑色の髪を伸ばし、おっとりとした雰囲気でとんがり帽子を被る、第六騎士団団長 セレーナ・ジェフェリン。


 無造作に伸ばした茶色の頭髪と、オルデンさん以上の体格。脇に片刃の大きな斧を置いて仁王立ちをしている、第七騎士団団長 ガドナ・ルスタリオン。


 周りと比べて若く、恐らく最年少。鎧の一切を着用せず、複数のナイフと一本の剣を腰に差した、第八騎士団団長 マルス・コンバット。


 そして、短く整えた黒の頭髪を後ろのみ伸ばして一本に纏め、腰には二対の短剣。膝までの脚鎧のみを着用して、鋭い目線で俺達を射抜いていた、第三騎士団団長〈風迅〉ラフィ・レグムント。


 俺達の訓練の監督をする騎士団長達の紹介。

 これが、俺がラフィさんと初めて会った時の事だ。これと言って特別な事は無く、目を付けられる様な事はなかった。

 では何故、俺がラフィさんと戦う事になったのか。それは、俺達が異世界に来てから約二週間後の、実戦訓練についての話が出た時の話になる。




「────実戦訓練、です....か!?」


「ああ。そろそろ、実際の戦いの経験を積んだ方が良いだろうからな」


 そう言って、目の前で剣戟を繰り広げるのは、オルデンさんと優人だ。

 訓練が始まってから約二週間。俺達は、幾つかの話と質問や返答を行いながら、オルデンさんと模擬戦を行っていた。

 今は優人が模擬戦をしており、俺達はある程度離れてその様子を観察していた。


「でも!まだ僕達じゃ.....戦え、無いと!思います」


 オルデンさんの攻撃を避けながら、木剣を打ち込みつつ優人が話した事は、俺達にとっても疑問であった事だ。

 俺達がその辺の魔物や魔獣にも簡単に倒されてしまうと言われたのは、つい二週間前。


 確かに、筋肉や体力は付いてきた。武器もある程度は扱える様になったし、騎士団の人達との模擬戦でもそれなりに戦える様になって来た。

 とは言え、俺達の実力は未だ素人レベル。流石に、皆んなも実戦で戦える気はしない様だ。


 しかし、そんな俺達の不安に対して、オルデンさんは「そんな事はない」と切り返し、


「お前達には、着実に実力が身に付いて来ている。確かにっ!......今のままでは不安が残るが、やるとするならば、少なくとも二週間後。そこまで訓練を続けていれば、しっかりと戦えるだろう。それに、参加しても大丈夫かどうかっ!実戦訓練の前に、騎士団の人員で模擬戦を行うからな。安心しろ」


 優人からの攻撃を避け、防御し、受け流して、時折打ち込みながら答えた。


 息すら切れておらず、随分と余裕がある様にも見える事から、圧倒的な実力差がある事が分かる。

 だが逆に言えば、それだけの実力を持つ人が大丈夫と言っているのだ。きっと大丈夫だろう。

 そんな風に納得していた所で、


「ふっ!」


「ッ!」


 優人が腹に木剣を打ち込まれた事で、模擬戦が終了した。


 優人がオルデンさんに手を借りながら立ち上がると、すぐさまセレーナさんが駆け付け、優人に回復魔法を掛ける。


「さて、他にやりたい奴は居るか?.....いないならこれで終わりに───」


「少し良いか?」


 オルデンさんが俺達の方を向いて、模擬戦をしたい者が居ない事を確認した時だった。

 風の様に清々しい中に、刃の様な冴えが含まれた声が横から飛んできたのだ。

 その声の正体は───、


「ラフィか。どうした?」


「少し、そいつらの何人かに用がある。借りて良いか?」


「ああ、構わないが」


 ラフィ・レグムント。

 諜報や暗殺等の『騎士道精神どこ行ったんだよ』な、隠密的な任務をこなす第三騎士団の団長だ。

 そんなラフィさんが、オルデンさんからの返答に続けて喋る。


「そうか。んじゃあ───久遠凛、蛇ヶ崎咬牙、稲葉優人、神崎詩音、柊奏人。こっちに来い」


「えっ、俺?」


「オレもかよ」


 名前を呼ばれた事に驚きつつ、近くに居た蛇ヶ崎と一緒にラフィさんの近くに向かう。

 他の名前を呼ばれた人もラフィさんの前へと集まっていた。


「.....良し、集まったな」


 横並びの一列で集まった俺達に、ラフィさんは一言言うと、自身の手を腰の辺りに添えながら話しを始めた。


「まぁ、特に何がある訳でもねぇんだけどよ。ま、取り敢えず───」


 ───瞬間、腰に差してあった二振りの短剣を引き抜き、全力の殺意を込めて俺達へと振るった。


「───」


 目の前には刃の切っ先。

 確かな死を予感しながら振るわれた短剣は、しかし俺達を切り裂く事はなく、スレスレの目の前を通過していた。


 ───とは言え、殺意の込められた刃を向けられた事には変わりなく、俺や優人、神崎さんはその恐怖に何も出来ぬまま硬直していた。

 .......二人を除いて。


「何、しやがんだよ....!」


「.......」


 僅かな後方。そこには、蛇ヶ崎と久遠が居た。

 体勢からして、短剣が振るわれた時、俺達が硬直する様に二人は後ろに飛び退いたのだろう。

 しかし、蛇ヶ崎の震えた声からして、やはり恐怖は感じていたようだ。久遠に関しては何も言わず、顔の表情も変わっていない事からどうなのか分からないが。


「.....オルデン」


「なんだ?」


 俺達の反応を見ながら、傍に居たオルデンさんにラフィさんが声を掛ける。

そして、


「実戦訓練参加の模擬戦、蛇ヶ崎咬牙、久遠凛、柊奏人。この三人、俺と戦うって事でも良いか?」


 ラフィさんが放った言葉は予想外の物だった。

 先程、オルデンさんが優人と戦いながら言っていた、実戦訓練に参加しても実力的に問題無いか判別する為の模擬戦。

 勿論、俺も騎士団の誰かと戦うのだろうとは思っていたが、流石に騎士団長と戦うのは予想していなかった。

 当然、こちらとしてはやめて欲しいが───、


「理由は?」


「言えねぇ。模擬戦の結果に影響が出るかも知れねぇからな。───まぁでも、流石に手加減はする。安心しろよ」


「......分かった。良いだろう」


「オルデンさん!?」


 聞かれた理由すらはぐらかしたままだと言うのに、了承を貰った事実に驚愕する。


 手加減はすると言っていたものの、仮にも騎士団長。手加減をしても、その実力は並の騎士以上だろうラフィさんに怯えながら、こうして俺はラフィさんと戦う事になったのだ。




 ─────そして、その二週間後。


「さぁ──」


 俺は現在、ラフィさんと対峙していた。


「──早く来いよ。柊奏人」





ーーーーーーーーーーー





 体育館数個分の巨大さを誇る訓練場に、硬い木材がぶつかる音が木霊する。


「っぶねぇ!!」


「その程度ですか!」


 短い言葉の応酬を挟みながら、背中程に伸びた水色の癖毛をはためかせ、赤木練に細身の木剣を打ち込む男が居た。

 彼の名はファムス・カートリッジ。

 オルデンが団長を務める第一騎士団の副団長だ。


 現在、奏人達は訓練場を使って例の模擬戦を行っていた。

 クラスメイト達の大半は終わっており、残るのは数人。奏人もその残りに数えられていた。


「......ふぅ」


 赤木とファムスの戦いを視界の端に写しながら、訓練場の端で、不安からくる動悸を落ち着かせる為に深呼吸を繰り返す奏人。


 模擬戦は訓練場の全体を使って行われるが、実際の所、そんなに大きな範囲を動き回る者は居らず、ある程度の周囲にはクラスメイトや騎士団の人達で人集りが出来ていた。


「よォ奏人。大丈夫か?」


「蛇ヶ崎....うん。多分───いや.....大丈夫って言いたいけど、物凄く怖い」


 焦る奏人の様子を見かねてか、声を掛けてきた蛇ヶ崎咬牙に返答する奏人。

 反射的に強がりで大丈夫だと言いそうになった物の、強がっていても仕方が無いと、言葉を変えた。


 二週間前、ラフィに本気の殺意と刃を向けられた事で、奏人はラフィに対してかなりの恐怖感を持っていた。それ故、先日も焦っていた上に、現在もそれ程の不安を持っているのだ。


「そうか。......でもまァ、それなら引き伸びて良かッたのかもな。心の準備に掛けられる時間が増えたんだからよ」


「でも、増えても準備し終わるかどうか。正直、戦いたくない気持ちの方がまだ強い」


 咬牙の話に自信なさげに返す奏人。

 実は咬牙が言ったように、ラフィと奏人の模擬戦は本来の開始時間から引き伸びている。


 それは、ファムスと赤木の模擬戦が始まる前、ラフィと咬牙。続けて久遠凛との模擬戦が行われたのだが、その際、長時間の打ち合いにラフィの木剣が壊れてしまったのだ。


 数十分以上も自身を近付けさせず、あまつさえ、武器を壊した事に久遠は無事合格となった物の、ラフィが新しい木剣を持ってくる事に。

 そしてその間に、ファムスと赤木の模擬戦が始まったと言う訳なのだ。


「.......なァ」


「?」


「ンな状態ならよォ、今回の訓練は参加しなくても良いんじャねェのか?別にこれが最初で最後ッて訳でもねェだろうし、辞退したッて、誰も止めねェと思うぜ?」


「あー........うん。それはそうなんだけど、でも、やっぱり俺も参加したい。皆に置いてかれるのはなんとなく嫌だから」


 蛇ヶ崎の心配から来る提案を、奏人は断った。

 実戦訓練では、魔物や魔獣を相手に実際に戦い、ステータスのレベルアップや経験を積む事が目的。

 最初だからこそ、後から挽回出来る物もあるだろうが、それ以上に序盤での差は後に響く。

 奏人はその事を理解し、皆んなとの差が開く事を懸念して、今日までの間にラフィと戦う事を決めていたのだ。


「.....そうか。まァなら、オレからは何も言えねェわな。お前なりに考えてやるッて決めたんだろうしよ。......頑張れよ」


「うん......」


 応援の言葉と共にその場を後にする蛇ヶ崎に、不安げな顔で応答する奏人。

 戦うと決めていた物の、未だ覚悟は決まらず、刻々と迫る時間に自身の焦りは大きくなっていた。


 ───とは言え、何もこれらは奏人の心情に配慮した出来事ではなく、突発的な出来事。

 いつまでも打ち合いが続く訳もなく、練の「くそっ!」という声が、練とファムスの戦いが終わったか事と、ラフィとの模擬戦が始まる事を告げた。



ーーーーーーーーー



 無言で訓練場の中心に集まるラフィと奏人。


 咬牙の近距離での目まぐるしい攻防。

 久遠の凄まじい槍捌き。


 先にラフィと戦った二人の戦いが素晴らしい物だった事から、必然的に周囲から奏人に注目が集まる。

 だが、周囲のそんな期待とは裏腹に、奏人は今も尚、ラフィと戦う覚悟すら出来ていなかった。

 数十秒、睨み合う位には。


 そんな奏人にラフィが語り掛ける。


「なぁ、早く来いよ。柊奏人」


 怒っている訳では無い。

 ただ単に、いつまでも来ない事から、もう来て良いのだとラフィはそう告げたつもりだ。


 しかし、奏人はそうでは無かった。

 ラフィに対する以前の出来事のイメージからして、怒っているのだと感じ、足が竦んでいた。


「......来ねぇなら、こっちから行くぞ」


「っ───」


 自ら戦いを仕掛けると宣言したラフィに、奏人は木製の短剣を強く握って身構え、ラフィは同じく木製の短剣をくるくると回して、姿勢を低くして奏人を見る目を大きく開く。

 そうして数瞬後、────ラフィの短剣が奏人の眼前に迫っていた。


 瞬きの瞬間に合わせられたのか、いつの間にか眼前にまで迫っていた短剣。それが視界に写った瞬間、奏人は反射的に自身の短剣でそれを弾き返した。


「ッ────!」


 だが、それだけで終わりではない。

 無言のまま、ラフィは弾き返された短剣を持つ右手を握り直し、奏人の顔面へと振り抜く。

 奏人はそれに何とか反応して、体をしゃがませ回避。その勢いのまま、転がるようにして後方に下がっていた。


「はっ、はっ、はっ........────?」


 一連のやり取りに心臓の鼓動を激しくしながら、奏人はラフィに向き直る。もう一度、追撃が来るんじゃないかと。

 ────がしかし、予想していた攻撃は来ず、ラフィは奏人を追わなかった。


 ......追えなかったではなく、追わなかった。

 意味合いに大きな違いがあるこの二つだが、何故ラフィは奏人を追わなかったのか。

その事を疑問に思った奏人だが、直後、ラフィがその口を開き───、


「......もう、戦えるか?」


「!」


 いつなのかは分からない。

 だが、ラフィの発した言葉からして、奏人はラフィが自分が戦えない事を見抜いていたのだと確信した。

 そして、ラフィのその質問に対し、先程の自分の行動。心臓の鼓動を照らし合わせて、


「────もう、大丈夫です.....!」


「そうか」


 どれだけ怖かった事も、一歩踏み出せば予想以下。

 ちゃんととは言えないが、それでも対処出来ていた自分。思っていたよりも怖くなく、それどころか、自分の心情に配慮してくれたラフィに、はっきり戦えると、奏人は確信した。


 そうして、再び対峙する二人。

 静かな時間が過ぎて行き、またもや数十秒程睨み合うが───、


「灯火ある所に我は在り、故に我はその火を手に取ろう。火より強く炎となれ」


 ───今度はその時点で、戦いが始まっていた。


「『火炎球ファティア』!」


「!」


 睨み合う間に静かに詠唱していた、『火炎球ファティア』を放つ奏人。それと同時にラフィに詰め寄り、戦いを仕掛ける。

 対してラフィは、迫る炎の球を避け、詰め寄る奏人に自身も接近。短剣を互いに振り、硬質な木のぶつかり合う音が訓練場に響く。

 そして僅か数瞬。二人の間に空白ができ、時間がスローになった次の瞬間、ラフィが凄まじい速度で、短剣を何度も打ち込み始めた。


「ッ!」


 ラフィのその攻撃に、奏人も自身の短剣を合わせ、打ち込み、何度も何度も互いに刃を弾き合う。


 ......しかし、残念ながらその攻防は互角では無い。ステータス上でも、経験でも、肉体でも上回るラフィが、手加減しているにも関わらず徐々に奏人を押して行くのだ。

 そうして数秒後、何度か奏人の身体に短剣を打ち込んだラフィは、その短剣を大きく弾き、奏人の懐に蹴りを放った。


「かッ──」


 蹴りが直撃し、吹き飛ばされる奏人。

 その様子を周囲で見ていたクラスメイトや騎士団の者達も、それには流石に顔を歪め、終わったと思っていた。

 だが、


「っ......ま、だ...!」


 そんな考えを覆す様にして、奏人は、腹の内側に残る痛みに悶えながら立ち上がった。


「良いじゃねぇか」


 苦痛に耐えながら、その足で立ち上がった奏人に、一言賞賛の言葉を上げたラフィ。


 とは言え、あの蹴りが効いていた事に変わりはなく、立ちながら蹲る奏人に、ラフィはとどめを入れようと一瞬で肉薄し───、


「.....豪火へと至れ」


(こいつ、詠唱して───)


「『豪炎球ウル・ファティア』」


 立って蹲りながら、右手を足の内側へと入れ、隠していた奏人。

 聞こえない様、分からない様、先程の『火炎球ファティア』同様に声量を落として、早口で詠唱を済ませ、下からラフィに向けて放たれたのは、何とか習得する事の出来た中級炎魔法『豪炎球ウル・ファティア』だった。


「はっ.....はっ....」


 体力的に限界な為、視線を下に落として座り込む奏人。流石にこれには反応出来ないだろうと考えた所で、


「こっちだ」


「!───」


 背後から聞こえた声に、奏人が振り向く。

 それと同時に、奏人の頭へ振り下ろされた短剣は、直撃の寸前で止まり、ラフィは奏人の額を軽くコツンと小突いた。


「.......速すぎないですか」


「この程度、反応してもらえる様になってもらわないと困る」


 敗北を察した奏人。

 最後の渾身の一撃を避けられた事に驚きの言葉を発するが、それすらもこの程度とラフィに言われてしまった。

 しかし、ラフィはそれに「ただ」と続けて、


「───合格だ」


 確かに合格だと、そう言った。


「?......えっ、って事は、良いんですか?実戦訓練──こんな、ボロボロなのに」


 あまりにも嬉しいのか、それとも衝撃的過ぎたのか、合格と言われた現実に戸惑う奏人。

 それをラフィは鼻で笑って、続けて話す。


「こんだけ戦えてたら問題ねぇどころか、余裕だろ。心配すんな。────サレーナ!!」


「はいは〜い」


 奏人からの質問に答えたラフィはその場を後にしようとすると、サレーナ・ジェフェリンの名を呼び、治療を呼び掛けた。


 サレーナはすぐさま奏人の元に駆け寄ると回復魔法で治療を開始。奏人は訓練場を後にして行くラフィの背中をいつまでも見ていたのだった。



ーーーーーーーーー



 訓練場を後にしようとしたラフィが、外に出る為の通路で立ち止まる。


「.....んだよ」


「いや、どうだったかと思ってな」


 薄暗い通路の中、オルデンが自身を待つようにして壁に寄りかかり待っていたのだ。


「才能のある奴らは、期待通りだったか?」


「......理由、分かってたんだな」


 ラフィが、自身が奏人達と戦いたかった理由を口に出したオルデンに驚くと、オルデンは「当たり前だ」と話を続けた。


「お前が才能に拘っている事は知っているからな。───それに、そもそも理由が分かっていなければ、許可しないだろう」


「まぁ、お互い付き合いも長ぇしな。そりゃそうか」


「ああ。.......あぁいや、だが一つ質問があるのだが」


「あぁ?」


「どうして、彼等以外の者達とは戦わなかったんだ?特に、稲葉優人は勇者のスキルを持っているだろう。才能という点なら、ピカイチだと思うが」


 オルデンの素朴な質問に、ラフィは納得した様な声を漏らすと、その質問に答え始めた。


「そりゃあれだ。俺が求めてる才能と違ぇんだよ」


「ほう?」


「俺が重要だと思ってんのは、どれだけ戦闘で動けるかだ。この世界じゃ、特にそうだろ。───まぁそう言った意味じゃ、稲葉も才能があるのかも知れねぇが、あれは違う。大抵の事は高い水準でこなせるってだけで、俺が求めてる突出したものとは違ぇ。久遠や蛇ヶ崎、マルスみたいな、戦いの才能とか、そういう突出したのが俺にとっての才能なんだよ」


 ラフィが説明した自身の才能観。

 これまでの訓練において、転移者の中でもトップの成績を持つ蛇ヶ崎咬牙や久遠凛。

 同じ騎士団長でありながら、戦いの才に溢れるコンバット家の青年。

 才能という点において申し分ない者達を出され、オルデンは「成程」と頷くと、更なる疑問をぶつけた。


「しかしそうなれば、柊奏人は違うんじゃないのか?お前が試した時も、蛇ヶ崎咬牙や久遠凛の様に反応は出来ていなかっただろう?」


 オルデンからの更なる質問。

 確かに以前は反応出来ていなかった奏人だが、ラフィにはそんな奏人を選んだ理由があった。


「まぁ、反応はな。───けど、あん中で唯一、目線が俺の動きを追ってた。あいつは動体視力が良い。それは戦いにおいて重要だろ。.....それに、さっきの戦いで身構えてさえいりゃあ、反射神経も良いって事が分かった。個人的な才能としちゃあ十分だよ」


「成程な。確かにそうなれば、お前が柊奏人を選んだ理由も分かる」


「だろ?───ンじゃ、もう何も無ぇみてぇだし、俺は行くぜ」


 自身が語った理由にオルデンが納得したのを聞いて、オルデンの脇を通り抜けるラフィ。


「オルデン」


 振り返らず、ただオルデンの名を呼んで──、


「あいつ等は強くなるぜ。きっとな」


 自身が選んだ三人に、期待の声を宣言したのだった。

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