第7話:復讐しに帰郷:ざまあみろ!。マウント取り直してぶん殴ってやる!

緊急事態宣言が解除されて、金持ちになった私は、地元に行き、かつての工場長と、派遣会社の私の担当営業と、そして数少ない高校の友人に会いに行った。

悪趣味である。

でも、どうしても、会って決着を付けたかった。

とにかく会って、当時とは違う、対等な立場で話がしたかった。


まずは工場長。絶対、工場長。

私を廃人になるまでコキ使った男。

連絡を取り、工場の応接室で会った。

私は、ロロピアーナのスーツにタグホイヤーの時計を着けて工場長の眼前に出ていった。

その姿を見るなり、工場長は、苦々しいおそれ泣きそうな顔をして私に深々と頭を下げ、何ともしがたい渋い苦痛な笑顔で私を迎えた。

そして細々と言葉を落とした。

「いや……どうも……その節は……大変お世話になりました……」

工場長は涙を流し、ビビッてVIP並みに私をソファーにうながし、事務員にお茶を持ってこさせた。

私は、ラルフローレンのハンドタオルを土産に渡し、工場長と対峙した。

「これはもったいない……恐れ入ります……。大変なご活躍だそうで……」

工場長は私の動画を見ていた。

私は無駄話などせずハッキリと、なぜ、私に不均衡労働をさせたのかを問いただした。

工場長は、ガックリ背中を丸め、肩を落とし、ずどんと項垂うなだれてハンカチで涙をぬぐいながら


「それは、本部の生産統括の課長代理をしてらっしゃる、高見さんに聞いてください。

私は、彼の言うことを聞いただけです。

結果的に、貴方に過重な労働、その……貴方の言う不均衡労働ですか……、それをさせていたのは事実かもしれません。

しかし、労務管理の問題からして、日本では解雇要件が高いものですから、『出来ない人はすぐにクビ』と、そういうアメリカのようなわけにはいかないんです。

それは分かってください。

我々も、もう、ホントに削るところまで削って、あとは人件費を削るしかないんですよ。

もちろん、その結果、貴方に3人分・4人分の仕事をさせてしまったことは申し訳なかったと思っています。

しかし、私も、上からの命令で……。

分かってください、私も、使われる身なんです……。

確かに、現場で指示を出したのは私のせいなんですが、どうしてもノルマが……。

出来ない作業員を育てるにも、その時間と予算がないのが現状で……。

だからといって、一度正社員として雇用したからには、辞めさせるわけにはいかないわけで……。

いや、だからって、一人の人間に集中的に仕事を押し付けるのも、もちろんいけないわけで……。

つまり、今の日本の解雇要件が悪いわけで……。

欧米みたいに、出来ない人間はすぐにやめさせるようになればいいのですが……、今の政府もその法律を作ろうとはしませんし……。

ですから、どうしても出来る人に仕事が集中するわけでして……。

しかし、上が、どうしても……。

本部がどうしても……。

お身体、いかがですか?。

どこか、後遺症などは残っていませんか?。

先月も2人の作業員さんに突然辞められましてね……。

貴方が辞めたあとは大変でしたよ……。

もう、本当に、出来る人がいなくてね……。

まあ、辞めたあと、昔の上司をぶん殴ってやりたいなどとネットで叫ぶやからもいるようですが、貴方は違うッ。

貴方は素晴らしい。

いや、貴方は本当に優れた人でした。

貴方のおかげで生産性はかなり上昇していました。

貴方のおかげです。

貴方はご立派です。

あの頃から私は、貴方が今のように成功すると思っていました。

『ああ、この子はどこに行ってもやっていけるッ』。

そう思って感心して見ていましたよ。

本当に、これからも、どうぞ、頑張ってください。

ご活躍を動画サイトで拝見しております。

いや、今日は本当にわざわざ遠いところからありがとうございました。

こんな、結構なものまで頂きまして……いや、こりゃどうも……」


工場長は、あわあわおどおどして口の両端から唾を吹かせながら最後は汗をかきながらまくし立てた。

私はこんなちっぽけな老いぼれジジイに会いにきたのか……。

ゴミのような人間だな……。

相手にするのが時間の無駄だった。

バカらしい。

私は、次の、派遣会社に向った。


私は、薄化粧でアクセサリーのたぐいは一切せず、黒のVネックのセーターに白いタイトパンツと、極めてシンプルな服装にただロレックスだけを着けて当時の担当営業の男の前に座った。

この営業も私の動画を見ていた。

営業は自分の15万のハミルトンをそでの中に恥ずかしそうに隠した。

営業は背筋を伸ばし、軍人が上官に報告するようにおびえて、私の不均衡労働についての弁明をした。


「あの女性、貴方の隣の席の、あの人を採用したのが間違いでした。

あの方は明らかに処理能力が低かったです。

その点で貴方に彼女の分まで過重な労働をさせてしまったのは申し訳ないと思っています。

しかし、これは私の上司の命令でありまして。

私には拒否する権限はありません。

それに、契約で彼女とは3ヶ月間雇用することを約束していましたから、突然辞めさせるのは契約違反になります。

会社の存続にかかわるような重大な過失を犯したわけではありませんから。

今回の件は、あの銀行が一番悪かったと思います。

あの女性リーダーが貴方を酷使したんです。

この件に関しては、銀行側に問い合わせるべきだと思います。

そのほうが貴方のためにもなります。

あの女性リーダーの言動は明らかにパワハラだと思います。

銀行側に行かれてみてはどうでしょうか?。

連絡先を教えます。

訴えれば勝ちますよ。

だって、貴方は、契約上、不正入金だけをチェックする業務だったのに、ATM高額入金のチェックまでやらされていたのですからね。

しかも、貴方だけ残業させられて。

これは契約違反です。

訴えてみてはどうですか?。

いや、確かに、貴方に執拗に契約更新を迫った我々に落ち度がなかったとは言いません。

しかし、クライアントとはこれからも長くお付き合いしていかなければならないし、私も、自分のノルマがあるんです……。

そこはご理解いただければ……。

いや、それに事実、貴方は無事、契約更新を拒否できて辞められたわけです。

これは貴方の希望が叶ったのです。

我々は貴方の意思を尊重しました。

ですから、訴えるとしたら銀行がいいでしょう。

どこも、大企業というのは、派遣社員を虫けらのように使うんですよ。

これには我々も断固として抗議していかなければならないわけでして……。

つまり、私が言いたいのは、貴方は優れた方なので、やはり銀行と交渉すべきであって……。

いや、貴方は素晴らしかったんです。

これは、お世辞抜きで。

貴方が辞めたあと、次々に派遣さんを投入していったわけですが、みんな、すぐに辞めてしまってね。

病気したとか子供の世話だとか嘘ばかりついて。

ちゃんと契約期間をまっとうしたのは貴方だけでした。

貴方みたいに責任感のある人は最初で最後です。

まあ、だから、こうして成功してらっしゃるわけですが……。

どうです?。銀行を訴えませんか?。

我々も当時の資料提出など、出来る範囲内でしたらご協力いたします。

いや、これは、もちろん法律の範囲内ですがね。

どうです?。やりましょうよ。

いや、でも、「やる・やらない」にしても、我々の実名をSNSに上げるのはいけませんよ。

これは、貴方も当然ご存じのように、名誉棄損といって確実に罰せられる犯罪行為ですから。

そこのところは頭に置いておいてください。

いやあ、いつもユーチューブ、拝見させて頂いていますよ。

素晴らしいですね!。

あのスイス旅行は素晴らしかった!。

あとニューヨークも。

いやあ、そのお歳で海外旅行なんて羨ましい。

見てくださいよ、私なんて、ホント、安月給のサラリーマンですから。

そちら、ロレックスですか?。

いやあ、私のじゃ太刀打ちできないな。

いやあ、お恥ずかしい。

でも、ご成功、心よりお祝いさせていただきます。

銀行を訴えるなら言ってくださいね。

資料をお出ししますから。

銀行が悪い。

そう、銀行なんですよ」


もう、最後は立派な演説になっていた。

見苦しい。

どれも一緒だな、人間なんて……。

おおかた予想通りだったと言える。

さもしい……。


私は、最後に高校の友人と地元の喫茶店で落ち合った。

別にイジメられたわけでもなんでもないんだが、でもなんか会ってみたかった。

何か期待している自分がいた。

少し心はずませて、フレッドペリーのサマーセーターにワイドパンツ、時計はフランクミュラーを着けて行った。

能天気な女2人と男1人。

明るいッ!。

めちゃめちゃ明るいッ!。

とことん明るいッ!。

果てしなく明るいッ!。

えッ、ちょっと待ってッ、なに?、これ?。

私の方がキラキラじゃないの?。

男が何の屈託もなくニコニコハキハキ言いやがる。

「なにッ!。どうしたのッ!。めっちゃ久しぶりじゃん!。何してるの、今!」

「え……?」

3人は私の動画を見ていなかった。

おまけにフレッドペリーもフランクミュラーも知らない。

クラっとめまいがした。

何してるの?、と聞かれてせどらーだとは死んでも言えなかった。

『せどりと言うな物販と呼べ』……。

社長が口を酸っぱくして言っていた言葉が骨身にみた……。

「何って、会社員だよ。東京で。みんなは?」

「俺、結婚してパン屋やってる」

「私も結婚して、今、1歳の子供が」

「私は地元のテレビ局で総務やってる」

私は、言葉が出なかった。

男がまたハキハキと言いやがる。

「ねえ、これから海いくんだけど、来る?」

「え……」

「今、一番きもちいいよ。オープンのレンタカー借りていくんだ。どうする?」

「え……、ああ……、ごめん、私、忙しいから……」

私、何で、断るんだろう……。

「OK。じゃあ、また何かあったら」

「うん……」

「じゃあッ」

3人は私を残してさっさと出ていった。

私の分の会計も済ませて。

独り残る私……。

まだ生暖かいコーヒー。

何なのこのモヤモヤ……。

みんな私のこと、覚えていなかったんだ……。

私はこんなに、こびりついて離れないしつこいカビ汚れのように覚えていたのに。

そして今もぐるぐる頭の中でうず巻いて覚えているのに。

馬鹿野郎!。覚えていろよ!私のこと!。

馬鹿やろおおおおおお……。


……………………………………。


叫びたい私……。

でも叫んだって誰もいない……。

独りの喫茶店……。

馬鹿みたい私……。

土産みやげに自慢するためのカルバンクラインのハンカチも、渡す暇がないくらいの一瞬の出来事だった。

独り、帰りの新幹線で重いスーツケースを棚に持ち上げた。

背骨がゴリッと折れそうになった。

私は独りビールをかっくらった。

夜の新幹線……。

車窓に厚化粧した女の顔……。

私の方があいつらより美人じゃないか……。

金も持っている。

なのに、なんだよ、この、説明できない、じわじわにぶく頭が締め付けられるような痛いともかゆいとも言えない感覚は……。

私ってなんなのよ……。

…………。

トンネルに入ると気圧が鼓膜をギュッとつんざいた。

(つづく)

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