第40話 ヴェントレー家⑧ラスベガスの隠れ家

 日が暮れる前からネオンが輝き始め、派手な看板やモニュメント、噴水のショーがある――24時間眠らないカジノの街――ラスベガスは、街全体がテーマパークのようだ。


 有名な老舗ホテルの最上階は、ある大富豪が住むエリアになっていた。今夜、その下の階にあるパーティールームで、華やかなクリスマスパーティーが開かれている。


 その会場で一際目立つ女性がいた。


 真っ赤なマーメイドラインのドレスは、スパンコール刺繍とオーガンジーで飾られている。大きく開いた胸元にはゴージャスなネックレス――パールのネックレスに赤い宝石で薔薇のような花がいくつもかたどられている――が、ふくよかな胸の上に添えられていた。


 近寄って見ると、ブロンドの髪をアップにして、パールの髪飾りを付けた大きな青い目の――左の目元に泣きぼくろがある――美しい淑女。


「ああ、女神より美しいカトリーナ様……是非、ダンスのお相手をさせて下さい……」

「カトリーナ様、クリスマスパーティーのお誘いありがとうございます。今夜は一段とお綺麗ですね。ご機嫌も麗しいご様子で、何か良いことがありましたか?」


 新しく下僕になった茶髪や金髪のイケメン達が、カトリーナの手の甲に口付けをし、その美貌を褒めたたえる。


「フフ。ええ、やっと欲しいが手に入りそうなのよ」


 イケメンに囲まれたカトリーナは、嬉しそうに微笑んで答えると、


「カトリーナ様、それは何よりです。フフ」

「なんと、カトリーナ様に『欲しい物』と言わせるなんて妬けますね」

「確かに。ハハ」


 古株の下僕達は、カトリーナの機嫌が良さそうなのをうかがい見て、こぞって挨拶をしに来る。間もなく、ワルツが流れ始め中央でダンスが始まった。着飾った紳士淑女が優雅な所作しょさで、まるで映画に出て来るヨーロッパの舞踏会のようだ。


 そして、壁にあった時計が22:00になった瞬間、パーティー会場が停電になった。暗闇の中、あちこちで呻き声が聞こえた。


「グアッ……」「ギャッ……!」


 会場がザワつき始めると、ピンと会場内に響く声がした。


「誰か! 明かりを付けなさい!」


 再び明かりが付いた時、見るからに招待客ではない者達が、武器を持って乗り込んでいた。そして、足元には招待客――下僕が倒れていた。


「「キャ――!」」「「ギャングか!」ここに殴り込むとは、ふざけた奴らだ!」


「お前達、侵入者を片付けなさい!」


 カトリーナの一声で、会場にいる50人以上いる下僕達が、10人足らずの侵入者達を逃がさないように取り囲んだ。銃を取り出す者もいる。カトリーナは、余裕の表情で取り巻きの下僕達にガードされていた。


「ハハ、お前がカトリーナ・ヴェントレーだな。逃げないでくれて助かるよ。お前ら! 手加減しなくていいからな!」

「「「了解!」」」

「オセ、魔力全開で良いんだよな?」

「ああ、レラジュ、今夜のラスベガスでは問題ない。上が話を通しているからな」

「それは有難いな。みんな聞いたかー? 今夜は無礼講だぞ!」

「「おお――!」」「「やったぜ!」」


 あちこちで魔力を開放し、本来の魔物の姿になる者もいた。


「ブハッ、無礼講だと? レラジュ、その言葉は使い方がおかしいぞ。フハハ、レラジュ、悪いが、カトリーナ・ヴェントレーは俺が始末する」


 魔力を開放したオセと呼ばれた男は、猫のような瞳でカトリーナを捕らえ銀の剣を構えた。レラジュと呼ばれた緑の髪の男は、銃口を取り巻きのヴァンパイアに向ける。


「フフ、仕方ねえな。オセ、雑魚は任せろ」


「魔物? お前達……月城の者か! 忌々しい……」


 カトリーナは、顔を歪めてオセとレラジュを睨む。カトリーナの瞳が赤くなり、2人に魅了を掛けようとしている。


「おっ! オセ、赤い目のべっぴんさんに見つめられたらゾクゾクするな! 俺が相手をしたくなったぞ」

「レラジュ……アレは、俺とお前を魅了しようとしているんだ。お前、ちょっと痛い趣味を持っているな。雑魚は任せろと言ったじゃないか」


 ヴァンパイアの魅了など、悪魔の2人には全く効果が無い。レラジュがゾクゾクしたのは別の理由のようだ……。


「あー、言っちまったな。しゃーねえ、雑魚で我慢するか!」


 レラジュは、カトリーナの前にいた取り巻きのヴァンパイア達を、躊躇ちゅうちょなく銃で撃った。


「銀の弾で心臓を撃ち抜かないようにするのは面倒だな……ヴァンパイア用に小さいクロスボウを作ろうか」

「レラジュ、銀の銃弾と同じように、銀の矢も心臓で止まるように魔力でコントロールするんだろ? それならクロスボウにしても変わらんと思うぞ」


 このレラジュは、弓の名手で狭い場所では銃を使う。銀の銃弾なら、撃ち抜いてもヴァンパイアを倒せるのだが、彼は自分が狩った印として心臓に留めたいようだ。


「そうか……オセ、賢いな」


 スカートの中から銃を取り出したカトリーナは、隙を突いて銃を撃った。と、同時に「銃なんて効かないぞ」とオセが目を光らせ、剣で銃を持っていたカトリーナの腕を斬り落とした。


「ギャ――ッ! な、何故、ヴェントレー家を目の敵にする!」


 斬られた腕を庇いながら、カトリーナが牙をむいた。


「そんなことはお前が1番良く知っているだろ。主のお気に入りに手を出したお前達が悪い」


「それは私じゃないわ! チャールズ兄さんよ!」


「チャールズ兄さん? 誰にしろ、お前らヴェントレーが誘拐を企てただろうが! お気に入りが怪我でもしたら……この世界を地獄にする気か! 波風を立てるな」


 オセは、チャールズなんて名前は聞いたことがないなと思いながら、一気にカトリーナの心臓に銀の剣を突き刺した。


「グフッ、何故……」

「そのチャールズって奴を恨め」


 戦いが始まって1時間も経たない内にヴァンパイア達は全て狩られることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る