第38話 ヴェントレー家⑥イギリスの隠れ家

 イギリスのイングランドにある川岸に建てられた古城が、僕が率いるBグループが攻略するトーマ・ヴェントレーの隠れ家だ。


 今夜、フランスと時間を合わせて突入するんだが、時差があるから突入時間はイギリス時間で22:00だ。


 20時を過ぎた頃、コンサルタント会社のロンドン支社で、既にBグループ全員が待機している。集合時間は21時なのに……普段、時間にルーズな奴ほど、狩りの時は早く来る。ここから目的の古城まで、飛んで20分も掛からない……出発の21:30まで何をしようか……。


「氷室~、突入時刻を早めたらダメかな? この後、僕だけ、カナダに行くことになったんだよね。フフ」


 氷室が、また我儘わがままが始まったと冷めた目で見るけど、隠れ家の突入だよ? 浮かれても仕方ないだろう。冷静でいられる氷室が信じられないな。


「アジル、突入時間を早めたらフェレスに知られるぞ」


「あ~、それは嫌だな……あいつに弱みを握られるのだけは避けたい。後で嫌な仕事を押し付けられるか、ストレス発散に剣の相手をしろとか言われそうだ」


 僕の知る限り――あいつは悪魔の中では、CEOと冥界の王に次いで3位を争う強さだと思うんだ。CEOの前では猫を被っているが、怒らせるとマズい。


「アジル、さっき戻って来た密偵の話では、城でクリスマスパーティーを開いていると言っていたから、22時まで待つ方がヴァンパイアの数が増えるんじゃないか?」


 パーティーか……確かに、1匹でも多い方が獲物の取り合いも減るな。氷室は、いつも僕がセーブ出来る言葉をくれる。


「そうだな。しかし、こんな捕り物劇は久しぶりだな。ハハ、ここでジッと待っていられないな~。ゆっくり走って行こうか」


「アジル、先に隠れ家に向かうのは構わないが、行くならベレトを連れて行け」


「えっ、ベレトを……」


 氷室が僕に付き添えない時、いつもはオセなんだが、あいつは今回フェレスのグループだ。氷室がベレトを呼んで、僕のお目付け役だと命じている。


 深緑の髪で琥珀色の目をしたランキング8位のベレトは、会話が苦手な奴と言うか冗談が通じないんだ……氷室には他のメンバーをまとめてもらわないといけないから仕方ないな。


 ベレトを連れて支社を出ると、街はクリスマスモード一色だ。フフ、テンションが上がるな。人で賑わう通りを歩きながら、ベレトを揶揄からかった。


「ねえ、ベレト。2人で先に隠れ家の城に突入しようか。フフ」


 冗談半分に言うと、


「ああ、2人で突入しても問題ない」


 えっ……イヤ、問題あるよ。ベレト、ここは僕を止めないとダメなんだよ。今はそれがお前の仕事。こいつ、『お目付け役』の意味が分かっていないんじゃないか?



 川沿いにぶらぶら歩いて行くと、目的の城が見えて来た。中世に作られた石造りの古城……さぁて、何人のヴァンパイアがいるかな♪


「アジル、突入するか?」

「ベレト……さっきのは冗談だ。もう直ぐみんな来るし、突入時間は守るからね。フェレスに知られると僕達が狩られるよ」


 ホント、冗談が通じない悪魔なんて世話が焼ける。


「アジル、私は、一度フェレスとやり合いたいと思っているんだ。フフ」

「お前……止めとけ」


 フェレスと戦いたいだって……こいつ、危ない奴だな。やる時は、冥界に行ってやってくれ、後処理が大変だからな。


 ◇

 21:50。Bグループが来て、川岸に建つ古城を囲むように配置に着いた。城の向こう側に、川が左右に流れている。僕が6時の位置で、氷室が3時の方向。ベレトが9時の位置につく。その間に他の『狩り人』が配置についた。


 川の向こう岸には誰も配置していないが、氷室とベレトが川近くにいるから、逃げる奴がいれば、あいつらが気付くだろう。


 後10分、こんなに時間が経つのが遅いと感じたことはないな。フライングする奴がいても……って、まさか氷室! 城に近付くな! せめて後5分待て……うわっ、ベレトが突入したし……お前らのせいで他のメンバーが戸惑って僕を見ているじゃないか! 仕方ないな、突入の合図をして僕も行こう。


 銀製の片手剣を取り出し、城の中に入ると――ヴァンパイアの数が多くて取り合いになることもなく、2~3体まとめて相手をする。ハハ、なかなか楽しい狩りだ。マッチョタイプのヴァンパイアが多いな~。そうだ、目当ての獲物を探さないと……。


 あっ、見つけた。あの背が高くて派手なブロンドのヴァンパイアが、トーマ・ヴェントレーだろう。こっちを見て剣を構えた。


「お前達、ルシフェルの配下か! ヴェントレー系のヴァンパイアの声を使って下僕を誘き寄せるとは汚い奴らめ!」


 か弱い咲希様を攫おうとしたお前達の方が汚いだろう。女性は大切にしないとダメなんだよ。トーマ・ヴェントレー、青い目が血走って良い表情だな。


「アジル、もうカナダに向かっても良いぞ。アレは私が仕留めておくから」


 氷室が近寄って来て何を言うかと思えば、お前が冗談を言うなんて……フフ、お前も浮かれているんだな。


「氷室……突入時間を守れなかったお前に任せる訳にはいかない」


 反対からベレトも近寄って来た。


「氷室、時間を守らなかったのか……ダメだな。アジル、あれは私がヤルから用事があるなら帰って良いぞ」


「おい、ベレト……氷室だけじゃなくお前もフライングしただろう!」


 ふざけたことを言うな。正確に言うと、動き出したのは氷室だが、城の中に入るのはお前の方が早かったぞ。


「ああ、アジルも釣られて突入したな。フフ」

「ベレトの言う通りだ、私だけではなく全員フライングしたな。フフ」


 うっ、お前らのせいだろう! 誰も引こうとしない……仕方がない。


「おい! トーマ・ヴェントレー、お前に選ばせてやる。誰に狩られたい?」


 僕の言葉に氷室とベレスが、トーマ・ヴェントレーに自分を選べとアプローチし始めた。長く生きているヴァンパイアほど強いからな。


「私なら、瞬殺してあげますよ。フフ」

「私と楽しもうではないか、トーマ・ヴェントレー! お前の最後にふさわしい相手は私だ」


「お前達……ふっ、ふざけるな――!」


 怒りが爆発したのか、突っ込んで来たトーマ・ヴェントレーは、俺達3人の武器――銀製の2本の片手剣と銀製の刀に心臓を貫かれた。


 あっ、もう終わってしまったじゃないか……。


「お前達のせいで……氷室、ベレス、放置したままの灰を集めて送っておくように。じゃあ、2人の言葉に甘えて、僕はカナダに行くね。後のことは任せたよ~」

「「……」」


 誰も狩りが終えるまで灰を取ろうとしない……放置されたままだ。これじゃあ、誰が狩ったか分からないから、今回はみんなでポイントを分けることにしようか。


「そうだ、お前達、フライングのことは秘密だからな」

「「ああ……」」


 時間はまだあるから、ニューヨークの彼女と食事してから向かおうかな。あっ、クリスマスプレゼントを買って行かないと怒られるな。



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