第36話 ヴェントレー家④

 いよいよだ。ヴェントレー家の隠れ家に突入する日程が決まった。


 親父が参加しないのが不思議なんだが――フェレスとエネが、母さんのそばから離れない方が良いと言いくるめたそうだ。フェレスが言うには、親父が討伐に加わると、辺り一面、草木が1本も残らない状態になって後処理が大変らしい。


 イギリスとフランスの隠れ家に同時刻に突入する。時差があるんだが、フランス時間で23:00。アメリカは、その時間昼間なので遅れて夜に突入することになった。


 エネは母さんの護衛だから参加しないそうだ。俺は、サーマとアスタの順位が抜かれるのが嫌だから一緒に参加することにした。ただ、気を付けないと、俺の血より格上の血を持つヴェントレー家の者がいるかもしれない……対策を考えないとな。


 俺はサーマのCグループで、他にはアスタと『烏天狗』の京極さんと、トップ30位以内の6名が一緒に行動をするそうだ。その中には『夜叉』の八神さんがいた。


◇◇◇

 顔合わせで本社の会議室に集まることになった。部屋に入ると、真ん中に会議用の長テーブルが並べられて四角いテーブルになっている。その周りに椅子が並べられていた。


 ああ、八神さんがいた――今日も黒のパンツスーツで、黒髪をポニーテールにしている。髪の青いリボンは目の色と合わせているのか? 目が合い軽く会釈した。


「八神さん、同じグループですね。よろしくお願いします」


「蓮様! 声を掛けて頂いてありがとうございます。又、御一緒に狩りが出来るなんて光栄です。フフ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 既に、Cグループのメンバーが集まっていて、ゆっくり話す時間はなかったが、可愛いお姉さんがニコニコしてくれるのは嬉しいな。サーマがみんなの顔を1人ずつ見てから話を始めた。みんな気合の入った顔をしているな。


「私がCグループのリーダー、サーマだ。サポートは京極に頼む」


「えっ、アスタさんじゃなく俺ですか?」


 ああ、こういう時は、ランキングの順位でリーダーやサポート役が決まるのか……それで言ったら、4位のアスタがサポートだな。


「京極、アスタは蓮様の護衛だ。当日、狩りに参加するが、単独で動くことは無い。だから、京極にC班のメンバーのまとめ役を任せる」


「分かりました。それで……リーダー、作戦は?」


 おっ、隠れ家突入の作戦か……気が引き締まるな。


「格上のヴァンパイアほど神経質だ。フフ、臆病者とも言うが……。私達の担当は、フランス・アルプス地方のアレク・ヴェントレーの古城。突入日の午後までフランスには入るな。そして、突入時間の1時間前に、隠れ家から10キロ以上離れた場所で待機」


 サーマが、拡大したフランスの地図を開いて説明するが、1時間前の待機で良いのか? 普通は何日も前から待機するんじゃ……まあ、その辺は軍隊じゃないから適当なのかもな。


「えっ、リーダー、それまではどこで待機すれば良いのでしょうか?」


「八神、コンサルタント会社パリ支店の魔法陣を使えるから、自宅でも隣国の観光でも好きにすれば良い。東京タワーの手伝いをしている者はそのまま手伝っても構わない」


「了解しました」


 豆鉄砲を食らったみたいにキョトンとしている人もいるな。


「そして、当日の午後にフランスに入り、突入予定時刻の1時間前に隠れ家から10キロ以上離れた場所で待機。1分前に、古城前に集合してヴェントレー家を狩るだけだ。但し、1匹も逃がすことは許さない」


「「「はっ!」」」

「「「「了解!」」」」


 サーマは、次に古城の図面を開く。


「古城の図面を把握しておくように。先ず、ここに書いてある2階のパーティールームに向かう」


 突入する時、ヴァンパイアを見逃さないように城を囲む。サーマが結界を張るだろうからヴァンパイアが逃げ出すことはないが、どの方角から古城に入るかを決める。サーマは正面から入るらしいから、アスタと俺がその横を付いて行く形になるな。


 だが、1分前に集合って厳しいな。下見も出来ないのに気が抜けない。



 ◇◇◇

 学校のテストも終わり、冬休みが始まった。


 今朝、パイモンが顔を見せに来たから、しばらくは静かだろう。あれからパイモンは、リストに載ることがないから狩られることもなく、少しずつ魔力が増えている気がする。近頃、パイモンの扱いにも慣れて来た。あっ、森さんにメールを送っておかないとな。


 そして、明日はクリスマス・イブ――隠れ家の突入日だ。


「サーマ、明日のフランスの突入時間は23:00だろう? 俺達はどうするんだ?」

「そうですね……フランスの突入時間が、こちらでは25日の朝方になります」


 ああ、そうか、フランスとは7時間程の時差があるんだったな。


「向こうのお昼12時が、こちらの夜20時頃になります。蓮様、昼寝でもしてから夜に移動しましょう。蓮様は、フランスは初めてですから夕方まで観光でもしませんか?」

「サーマ、それは良いわね。蓮様、あちらの伝統的なケーキや焼き菓子も美味しいですよ」


 伝統的なケーキって、貴族とかが食べていたんだよな……興味はある。


「じゃあ、アスタのおすすめを食べに行こうか」

「はい。蓮様、調べておきますね。フフ」


 ◇◇

 翌日の夜、東京の本社に魔法陣で移動するとフェレスが現れた。


「蓮様、良い所に来られました。昨晩来たヴェントレー系の者が、質問に答えてくれないのです。蓮様、突入前のお忙しい時に申し訳ございませんが、お手伝い頂きたいのですが……」


 フェレスの顔が、「まだ、お時間ありますよね」と言っている。観光しながら移動する予定なんだが……。


「フェレス、今からか?」

「はい」


 フェレスがにっこりと頷く。チラッとサーマを見たら、鉄仮面を付けているように瞬きもせず、フェレスをジッと見ている。アスタは眉間に皺を寄せて……あぁ、フランス菓子を食べる時間が減るから、どこの観光を削ろうか悩んでいるんだろう。


「分かった。フェレス、予定があるから30分だけで頼む」


「蓮様、ありがとうございます。別室にご案内します……あ、ヴァンパイアは英語圏の女性です」


 英語かぁ……。フェレスに連れられて、俺とサーマとアスタが部屋に入ると、金髪碧眼のモデルみたいな綺麗なお姉さんが座っていた。アラサーくらいか?


『こんにちは、ヴェントレー家のお姉さん』


 英語で軽く挨拶をしながら目の前の席に座ると、スッとフェレスが質問事項を書いたメモを渡して来た。丁寧に日本語と英語で書かれていて、ルビも振ってある……CMの録音以降、英語の勉強をして多少は話せるようになったんだが言わない。


『お前が……あの声の主ね。裏切り者め!』


 お姉さんは睨みながら吐き捨てるように言うが、俺はお前達の仲間になった覚えは無い。それにしても、綺麗な顔が台無しだな。メモには、②と③の質問に反応したが痛みを我慢して答えなかったと書いてある。


『時間が無いので手短に質問します。まず③番、ヴェントレー家の隠れ家は3か所以上ありますか? Yes か、Noで答えて』


『そこまで突き止めているのか……グウッ、Noよ……ハァ』


 お姉さんが抵抗するから苦しいんだ。答えるなら素直に話せば良いのに……斜め後ろで、フェレスが微笑みながらメモを取っている。


『じゃあ、お姉さん。その3か所以外に、序列が上の……始祖に近いヴェントレー家が使っている屋敷を知っている?』


『なっ、聞くな! グフッ……アッ……』


 お姉さん、「聞くな!」って「屋敷がある」から出て来る言葉だよな。普通に答えれば痛みはないのに。


「なんだ、あるんだ。『俺に、そのヴァンパイアの名前を教えてくれ』」


『グアァ……イーサン・ヴェントレー様……お前、許さないわよ!』


「えっ、他のヴェントレーの名前が出て来た……」


 これは驚いたな。サーマから報告で聞いていた名前じゃなく、初めて聞く名前だ。


「「「……」」」


 一瞬で周り空気が張り詰めた――後ろにいる3人が固まったんだが、フェレスの顔から微笑みが消え、鉄仮面を付けてお姉さんを見ている。何を考えているのか分からないな。サーマも、ずっと鉄仮面のまま瞬きもせずお姉さんを見ている。


 アスタは……眉間の皺が増えた気がするな。あごに手を置き何か考えている。きっと、もう1件どの店を減らそうか考えているんだと思う。この後、更に細かい質問をしないといけなくなったから、30分では終わりそうにないからな。



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