第19話

 学校に行くと、森さんが1年の教室前に来て、伏見稲荷へ行って白狐がやっと出て来なくなったと報告を受けた。


「森さん、まだ5月の末ですよ。1カ月足らずで魔力の制御が出来るようになったんですか? 早いですね。おめでとうございます」


 俺は、完全に魔力を押さえるのに何カ月も掛かったのに……。


「ああ、嬉しくて婆ちゃんに言ったら喜んでくれたよ。親父に、いつも魔力を消すように心掛ければ、魔物に襲われる回数も減るんじゃないかって言われた。今は親父が練習しているんだ。『お前に出来たなら、俺も出来るはずだ』って言うんだぜ。ハハハ」


 やはり、森家は血のせいで、魔物に襲われる回数が多いようだ。霊力を持つ陰陽師たちも同じだろうな。


 森さん家は、護符が貼られていて安全だが、外で襲われることがあるそうだ。だから、小さい頃から魔物の倒し方を教わり、ナイフを肌身離さず持っていると教えてくれた。


「森さん、小さい頃から魔物に襲われたんですか?」

「いや、中学生になってからかな……年に数回襲われる。だいたい、クラブの帰り道が多いけどな。冬場は、日が暮れるのが早いだろう?」


 森さんには、年の離れた弟がいて今年中学に入ったそうだ。弟も体を作る為にバスケ部に入り、冬にはクラブ帰りに魔物に出会うだろうと言う。


「弟も自分の魔力を感じ取れるように練習しているよ。その内、魔物に出くわすようになるだろうからな」


 早い時間に現れるのは、餓鬼がきや小鬼と呼ばれる弱い鬼が多く、稀に悪鬼が現れるが、森さん1人で倒すそうだ。弱い鬼でも魔物の血を持つ森さんが倒したら、森さんの魔力も少しずつ増えて強くなるな。


「この前の学校の鬼は驚いたけどな!」

「ああ、あれは俺も驚きましたよ」

「じゃぁ、授業が始まりそうだからいくわ。月城君、またな!」

「はい」


 森さんと別れて席に戻ると、伊藤さんがニヤニヤしながら絡んで来た。


「月城君、森先輩と仲良いよね~」

「あっ、伊藤さんは森さんが気になる? 森さんに、伊藤さんが気にしているって伝えようか?」

「ええっ! 伊藤、そうなのか!?」


 前の席の中井君が立ち上がり、目を見開いて伊藤さんに聞いている。


「えっ、ええっ~! 違うよ~!?」

「えっ、伊藤さん、違うの?」

「もう~! 月城君、変なこと言わないでよ~!」


 からかったつもりはないんだが、焦って顔を左右に振りながら否定する伊藤さんが面白い。フフ。


「伊藤、違うのか……ハハ」


 中井君が、力が抜けたようにストンと座った。もしかして、中井君、安心したのか? なるほど、そう言うことか。


 授業が終わり、中井君と伊藤さんはクラブへ向かった。俺は帰宅組だから真っ直ぐ帰るんだが、玄関で加茂さんに会った。


「あっ、君は確か……森に絡まれていた1年生」


「こんにちは。加茂さん、月城と言います。あれは、森さんに絡まれていたんじゃないですよ」


 俺と同じ位の身長で、生徒会に入っていそうな雰囲気だが、俺と同じ帰宅組っぽいな。涼しげな表情のイケメンだ。


「じゃあ、君は……月城君は祓い屋なのか?」


「いえ、祓い屋ではないですが、森さんから色々と話を聞いているんです」


「ああ、関係者なのか」


「はい。そんな感じです」


 平穏な高校生活を送りたいから、自分が『狩り人』だということは隠したい。特に同業者には……このまま、関係者だと思ってもらっている方が都合が良いな。


「そうか。月城君、もし何か相談事があれば、森以外だと、僕か渡辺先生に相談すると良いよ。大体のことは把握しているから」


「はい。ありがとうございます」


 案外、加茂さんは面倒見の良い人なのかも知れない。


「僕はこれから陰陽師の仕事なんだ。ああ、月城君、今夜は満月だから出歩かない方が良いよ。フッ」


 加茂さんが軽く茶化すように言う。ああ、これから封印の警備なのか。ん、満月……?


「加茂さん、満月の夜って何かあるんですか?」


「えっ、月城君は、満月の夜に狩りをする魔物の話を聞いたことがないのか?」


 加茂さんが驚いたように言うが、知らないな……帰ってサーマに聞いてみよう。


「はい、聞いたことがないです。この春、京都に引っ越して来たので……」


「それなら知らないか……悪いけど、僕からはこれ以上話せないんだ。でも、森も知っているから、彼に聞いてみると良いよ。じゃあ」


 加茂さんは、陰陽師として魔物の情報を話せないのか? 知りたいなら、森さんに聞けば教えてくれるってことか。


「はい。加茂さん、ありがとうございます」


 加茂さんは手を上げて、玄関から出て行った。良い人じゃないか。


 ◇

 いつも夕食の後は、TVを見ながらゲームをしてのんびり過ごしている。近頃は、魔物の気配にも慣れてしまった。茨木童子の狩りが終わっても、週に何日か魔物の気配を感じるんだ。京都は本当に魔物が多いと思う……あっ、森さんの一族の可能性もあるのか。


 そうだ、サーマに聞こうと思っていたんだ。


「サーマ、加茂さんから、京都に満月の夜に狩りをする魔物がいるって聞いたんだが、サーマは知っているか?」


「満月の夜ですか? 蓮様、ヨーロッパやアメリカにはウェアウルフやワーウルフと呼ばれる狼男がいますが、もしかしたら、日本にも入り込んでいるのかも知れませんね」


「あ~、なるほど。狼男か……」


 狼男なら、海外の映画やドラマでも満月の夜に変身する話が多いが、本当にそうなんだな。


「もしくは、マルカール家がいるのかも知れません」

「マルカール家……ヴァンパイアの血統か?」

「はい。月の一族とも呼ばれています」


 月の一族と呼ばれるマルカール家は、満月の夜に宴を開いていたそうだ。


「へえ~、カッコイイ呼び名だな。メールで森さんに聞いてみよう」


 どちらもあり得るが、ヴァンパイアだったら有難いな。森さんにメールを送ったら、直ぐに返事が帰って来た。


『月城君、加茂が言っていた満月の魔物はヴァンパイアのことだ。1年前の夏、満月の夜に鹿苑寺ろくおんじに現れた。』


 おっ、当たりだ。森さんからのメールをサーマに見せると、サーマが微笑んだ。


「ほお、1年前……京都に、静粛対象が現れたという緊急メールはありませんでしたよ。まだ、狩られていないかも知れませんね。フフ、この前の陰陽師の粗相は許してあげましょう」


 サーマ、まだ怒っていたのか。


 今夜は、アスタがヴァンパイアを探しに出掛けている。今までは、サーマがヴァンパイアを探しに出掛けていたが、アスタがやる気になったので、依頼のない夜は交代で探しに出掛けているんだ。


「蓮様、明日の晩は鹿苑寺へ様子を見に行ってきます」

「ああ」


 鹿苑寺って金閣寺だよな。金閣寺は俺も見てみたい。


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