第14話

 母さんの付き人はエネと言って、ショートヘアの金髪に澄んだ碧い目をしている。彫刻みたいに綺麗な顔をしている女性だが、昨年、月城グループ3位の成績優秀者だ。


「咲希様、お部屋の用意が出来ました。休憩されますか?」

「休憩はいいわ。エネ、蓮と話をしたいからお茶を入れてね。ふふ」

「畏まりました」

「咲希様、私がご用意させて頂きます」


 すかさずサーマがキッチンに向かい、その後をエネが付いて行き紅茶の葉っぱを何にするか議論している。


 リビングで、俺は母さんから学校の話を聞かれていた。


「ねえ、蓮。クラスに可愛い子はいたの?」

「ん……特には、いないかな」


 ここで、迂闊うかつに誰かの名前を出すと大変な目に遭うんだ。


 小学1年生の時、何も考えずに数人のクラスの女の子の名前を言ったら、母さんが笑顔のままサーマとアスタにどういう家柄の女の子達かと追及が始まった。そして、母さんが女の子に会いたいからと、パーティーを開くことになったんだ。


 日曜日、数人の女の子だけを呼ぶのは変なので、クラス全員誘って離れの屋敷でランチパーティーをした。どっかの有名パティシエを呼んでのデザートブッフェだったから、その後、クラスの女の子から、次のパーティーは何時するのかとしつこく聞かれて面倒だった。


「蓮、彼女が出来たら母さんに教えてね~。ふふ」

「ああ……」


 俺の行動は、毎月、サーマとアスタが報告しているはずだ。そこには、残念だが『デート』なんて文字はないだろう?


 サーマとエネが紅茶とお茶請けの菓子を持って来た。ケーキと、あんころ餅も添えてある。


「まぁ! このお饅頭好きなのよ。サーマが用意してくれたの?」

「はい、蓮様に教えて頂きました。咲希様、あんころ餅用にお茶もご用意しておりますのでお出ししますね。フフ」


 サーマが嬉しそうに返事をしながら、あんころ餅を小皿に取り分けて母さんに渡した。


「ふふ、美味しそうね~。サーマ、ありがとう」

「咲希様に喜んでもらえて、私も嬉しい限りです。フフフ」


 サーマ、そんなに優しい笑顔が出来るのか……。


「蓮様、こちらのケーキは、咲希様が、今一番お気に入りのパティシエが作ったイチゴのミルフィーユとザッハトルテになります」


 エネが女神のような微笑みを浮かべて、ケーキの説明をしてくれる。サーマが真剣な顔をして『咲希様が、今一番の……』と、つぶやいてケーキを見ている。フッ、笑ってしまいそうだ。


「そうなのよ。蓮に食べて欲しくて作ってもらったの。味見してね。ふふ」

「ああ、両方食べるよ」


 エネが2種類のケーキを皿に乗せて、手渡してくれた。


「エネ、ありがとう」


 ふと、冷たい空気を感じて……アスタを見ると、エネを見て微笑んでいる。アスタ……獲物を狙う目だよ?


 その後、母さんに学校で友達が出来たことを話した。中井君と森さんの話をして、他に関わった人のことは言わない。



 夜は、母さんと焼き肉を食べに行った。5人で個室に入り、何処に誰が座るかで揉めた。四角い6人掛けの広いテーブル……どこでも良いのにな。


「蓮は、母さんの隣ね。ふふ」

「ああ」


 母さんと俺が並んで座るから、護衛3人は向かいの席へと言うと、3人とも嫌だという。サーマが、「咲希様と蓮様のお世話をさせていただきます」と言うと、


「サーマ、蓮の肉は私が焼くわ~」

「では、咲希様のお肉を焼かせて頂きます」


 母さん、肉ぐらい自分で焼いて食べるよ? 母さんも自分で焼けるだろう。


「サーマが咲希様のお世話をするなら、私が蓮様のお世話をさせて頂きます」


 と、エネが言うとアスタが目を吊り上げて怒った。


「エネ! 手出し無用です。蓮様のお世話は私がします」


 焼き肉を食べる時、いつも自分でやっているじゃないか。お世話はいらないんだが……3人は座ることなく、母さんと俺の世話をするが、時々、アスタがエネに殺気を飛ばしている。ケンカはしないでくれよ……店が壊れたら困る。


 ◇

 マンションに戻って、リビングで明日は何処に行こうかと話をしていたら、親父が突然現れた。母さんの横に座って、母さんをハグしている……。


「フェル、おかえり」

「ああ。咲希、ただいま。咲希の――良い香りがする」


 親父は力の抜けた声を出して……あっ、母さんが俺をハグするのは親父のせいかもな。同級生でハグしている親子なんて見たことがないよ。


「あら、フェル、今日は疲れたのね。ふふ」


 親父は、30歳前後の人間の姿で身長は190cm近くあるかな。筋肉質の体に、黒い髪を後ろに撫でつけオールバックにしている。力強い金色の目で、精悍せいかんな顔付きをしているんだ。俺はこの姿の親父しか知らない。


「蓮、元気そうだな」

「ああ、親父もな」


 母さんの指輪には、細工がしてあって、親父がどこからでも転移できる魔法陣を埋め込んでいるんだ。ただし、爺ちゃん家には飛べない。仲が良いのは良いことだが、息子の前でイチャつくなと言いたい……。


 3人でたわいもない話――今夜食べた焼き肉の話――をして、2人は寝るからとリビングを離れた。俺は、部屋でしばらくゲームをした後ベッドに入った。


 バサバサッ――


 夜中、誰かが出かけた……夜は護衛達の自由時間だしな。ていうか、元気だな。


 ◇◇

 翌朝、親父はもう仕事に行っていなかった。母さんと嵐山を観光して、母さんはその日の夕方に帰って行った。


 疲れたよ……サーマが母さんの世話を焼くと、エネが俺の世話をしようとする。すると、アスタが張り合うんだ。爺ちゃん家では、こんなことなかったのに……。


「蓮様、来月も咲希様は来られるでしょうか?」

「どうだろうな。所でサーマ、夜中に出かけていたのは誰だ?」

「ああ、それはアスタです」


 アスタは、ヴァンパイアを探しに出掛けたそうだ。


「蓮様、私です。エネの順位を抜きたくて……このままでは、いつ蓮様の護衛をしたいと言い出すか分かりませんからね……」


 ああ、上位の優秀者は配置の希望も言えるんだったな。だが、2人は俺が成人するまでの契約だから変更はないと思うよ。去年の順位は、エネが3位でアスタが5位だったから、かなりポイントを稼がないとエネの順位には届かないだろう。


 8月に、月城グループの成績優秀者の発表があるんだ。先ずは、去年4位のアジルさんのポイントを抜くのが目標だな。彼はコンサルタント会社のトップで、情報が早く手に入る地位にいるから彼を抜くのは難しいだろう。


「アスタ、無理をしないように」

「はい。蓮様、ありがとうございます。フフ」

「アスタが3位に上がってくれれば、私も安心ですね」


 昨年のサーマは2位だった。1位とは3桁のポイント差があったが、サーマも1位を狙っていると思う。負けず嫌いだからな。


 夜、依頼が無ければ、2人で探しに行っても良いと言っておいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る