サハツキ -死への案内人-

まっど↑きみはる

負け組

負け組 1

「まだ死ぬ理由の説明が足りませんか、だから人間って生まれた時点で人生が、勝ち負けがほぼ決まっているじゃないですか」


 少しイラついて淡々と男はそう言った。諦めの中に少しだけの自嘲が混じった顔をしている。


「そもそものスタートラインや環境が、人より不利なのに努力しろ、甘えだ努力が足りないと言われても本当うんざりですよ」


「客観的に見て俺は家庭も底辺だし、顔も頭も、スポーツが出来るとかも無い負け組です。クソ親のクソ遺伝子で周りの環境も悪い、詰んでるんですよ。生まれた時点で。既に、俺の人生は」


 段々と声を荒げて最後は絞り出すような叫びに変わっていた。やめろ、それ以上言うなと松雪は思いながら聞く。


 それ以上言われてしまったら、自分もその考えに説き伏せられてしまう。


 自分の中で見て見ぬふりをしていた、心の底でくすぶっていた死にたいという火種がバチバチと燃え上がって……


 それに、これ以上聞いたら目の前のこの男を殺さなくていけない。


「松雪さん、もう終わりにしましょう。死が…… 死だけが救いになる人間だっているんです。お願いします、お願いしますから……」


 男の喉仏より少し上に真っ黒な手の形が入れ墨のように浮かび上がっている。それを見てドアノブに手を掛けていた松雪は呼吸が荒くなった。



 あぁそうだ。



 これから松雪は男の首に浮かび上がる手形通りに手を置いて、彼を絞め殺すのだ。




 明け方のコンビニの駐車場、ホウキを持って一人の男が掃除をしていた。


 彼の名は松雪まつゆき総多そうたといい、少し小太りで背が高く、人によっては『ガタイの良い』っといった印象を受けるだろう。


 松雪は明け方に駐車場を掃除するのが好きだった。


 東側の太陽が登りきらない内は、出入りの業者以外あまり人が来ない店なので、この時だけは美しい朝日を眺め、やかましい人間共から解放さる。


 世界中が自分一人になった気分になれるのだ。


 だが、その清々しい感情もすぐにかき消されてしまう。


 駐車場に落ちるタバコの吸い殻、店外のゴミ箱にギュウギュウに押し込められた持ち込みのゴミ。


 缶用のゴミ箱には不思議と毎日入っている。吸い殻が詰め込まれたコーヒーの缶。


 松雪は人間が嫌いだ。マナーもモラルもない醜い人間が嫌いだ、腐った社会も嫌いだ。


 舌打ちしながら持ち込みゴミを分別する、不機嫌さを表面に出しても良いのも、誰にも顔を見られない早朝の特権だ。


 燃えるゴミに詰め込まれた、白いスーパーのレジ袋には、紙類の他に空き缶やペットボトルが詰められて、口を固く結ばれている。


 これを分別をしないと業者に文句を言われ、店長が不機嫌になる。


 大まかにゴミ袋の物を取り出して分別をする、指先にじっとりとした重くて嫌な感覚。最悪だと松雪は思った、子供用のオムツを思い切り掴んでしまった。


 死ねばいいと思った、こんな子供を育てる資格も無いのにガキを作った親も、その親の遺伝子を受け継いで、これからクソな人間になるであろう、このオムツにクソを出してくれた子供も。


 少し関係が無いかもしれないが、松雪は子供に罪はないと言う奴は嫌いだ。クズな奴は子供の内からクズだ。


 クズな上に親もクズだから教養も道徳心も無く育つ。存在している事自体が罪なのだ、それは松雪が幼少期イジメに会っていた為よく知っている。


 クソだ、本当に世の中はクソだ、人も社会も何もかも。


 松雪は分別用のビニール袋にこれを捨てた家族が死ぬように呪いを込めてゴミを投げ入れていく。


 朝日が赤みを失っていくと、店内が忙しくなる。仕事に向かう人間が、わっと店内に入り、思い思いに買い物をしていく。


 松雪はひたすらにレジを打ちながら自分が解放される朝の8時を待つ、松雪の目はこのレジの画面の左上、時刻の所ばかりを見ていた。


 この一番左が8に変わるだけで自分は帰ることが出来る。


 7時55分、間抜け面をした引き継ぎのアルバイトの女が化粧もせずに店内に入ってきた。


 少し慌てながらおはようございますと言っているのを見るに、どうせ寝坊だろうと松雪は思う。


 8時05分、あの女、まだバックヤードに消えたまま店内に出てこない。


 オーナーに説教でもされているのだろう、それから1分後女がやっと店内に出てきたので松雪の労働は終了だ。


 6分間のサービス残業、ブラックアルバイトだと松雪はバックヤードに入った瞬間オーナーに気付かれぬように舌打ちをした。


 オーナーは悪びれる様子もなくパソコンのモニタを見つめている。老害め。


 白髪と浅黒い肌に弛んだ頬の肉と腹の贅肉。絵に描いたようなこの古狸のジジイがオーナーだ。


「失礼します、お疲れ様です」


「おう」


 オーナーはそっけなくそう言った。松雪はパソコンを触ってそそくさと退勤の処理を済ませる。

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