30.バスでのハプニング

「発車します。おつかまりください」


運転手さんの声と共にこのバスは発車した。そこそこ人が乗っていたのでつり革に手をかけて立っている。観光シーズンならもっと人は乗っているのを考えると今日は少ないのだなと感じる。


バスに揺られながらふとあることに気が付いた。昼ごはんを食べていないということだ。朝ごはんがあまりにも多かったというのも影響しているのだろう。あまりお腹が空いていない。もうお昼の時間になっているので食べてもいいのだが、あまり食べようという気持ちになれていない。そして、飲食店をあまり見ていない。正確には手ごろな飲食店が目についていないということか。ここまでは南禅寺と永観堂という隣接しているようなお寺に行っているのであまり移動していない。このまま進んで祇園に向かってそこで考えることにしよう。


(腹減らねぇな)


祇園なら何かしら食べるところはあるだろうし、手ごろな飲食店はあるだろう。果たしてお腹がその時空いているかは甚だ怪しいが。


(普段朝食べない身としてはあの量は昼飯の容量だよ)


仕方がない。というか、お金があまり無い大学生からすれば昼飯を抜くことは普通にあり得る。ただでさえお金ないのにホテルやら何やらお金を使いすぎて大変なので昼を抜くのはあり。明らかに大学生1人旅の予算を越している。楽しいからいいのだが、もっとこう貧乏っぽい旅をするのが大学生の1人旅だと思うのだ。


(前回はまさしくそうだった)


ビジネスホテルやらファストフード店やら交通費切り崩したりなど、恐らくこちらの方が大学生っぽい。今回の旅は大学生としては豪遊だ。


(贅沢万歳)


もう今回は贅沢だと割り切って楽しむとするはずだが、お財布と要相談。


「ハハハハハ」


お腹との相談をしていると大学生らしき男女3人が目の前で談笑している。いかにも大学生という雰囲気だ。同い年くらいに見えるので間違いないだろう。こういう時人の話を聞くのは良くないのだろうが、バスで喋っているのは彼らだけだし、目の前で会話が繰り広げられているので聞いてしまうのは問題ない。いや、これで「話を聞くな」というのはもはや不可抗力。聞いてしまってもしょうがないので大丈夫だ。


「××がさ、彼女と喧嘩したらしくて」

「えぇ!なにしたのよ」

「え、なんかよくわからないけど報告せずに異性と遊んだらしい」


(いや、よくわからないってどゆこと。わかりやすいだろ。もっと面白い理由期待したわ)


「うわぁやってんな」

「飲み屋行ったらしいんよ」

「そりゃ彼女も怒るよ」

「めっちゃ謝ってたぞあいつ」


(なんでこんなベタな話題を京都で聞いてんだ俺は)


ここまで面白みのない話をおれはこのまま目的地まで聞かなければならない。もう先は大体想像できるからだ。誤って仲直りするか、喧嘩継続中かどちらかだ。


(京都にまで来て大学でも聞ける会話すな)


この話題はどうやら全国共通ということがこれで認識できた。


「なんで連絡しなかったの」


確かにそこは気になる。連絡すればいいのに何で連絡しなかったのやら。倦怠期とかそういった感じなのだろか。


「え、あぁまぁ」

「何。意味ありげな感じで」

「俺も一緒に行ってたんだけど」

「そして?」

「連絡いらんやろって俺が言った」


(犯人お前や!何他人事みたいに話してんねん!)


「うわぁ酷い」

「かわいそうやな。その彼氏の方」

「まぁね。やっちまったとは思っているよもちろん」


(とんでもない話を聞いてしまった気がするな)


彼女とのただの喧嘩話かと思いきや話を切り出した本人が原因という意味の分からない話。逆に面白かった。


「謝ったの?」


まだ話は続いているようだが、この男が犯人であったこと以上の驚きはなさそうなので深く話は聞かないことにする。そして、俺はアナウンスに耳を傾けて驚いた。


「次は~東山三条~」


目的地であるバス停「神宮道」を通り過ぎてしまった。


(うわぁやらかした!こいつらの話聞いてたら通り過ぎてしまった)


通り過ぎたといっても1駅分なのでまだどうにかなる。神宮道の次が東山三条だからまだよかった。3駅過ぎていたら笑えない。


(オーマイガー)


一応大きな道なので道に迷うことはないのだが、そこそこめんどくさい。これも全てはあの大学生達のせいなのだ。思わず俺がツッコミをしてしまったが故に、神宮道を通り過ぎるてしまったのだから俺のせいでもあるが。


神宮道に向かうために道を戻っているが、何とも都会とか違った都会の形相を見せている。ただのコンクリートではなく、雰囲気を壊さないために歩道が茶色っぽい。ただそれだけかもしれないが、それだけでも一層京都の雰囲気を保っている。


(お店も凄い)


語彙力は相変わらず低下の一途を辿っているが、気にしない。

大通りということもあり、和雑貨や和菓子などの店がある。そして、ホテルらしきものがやや等間隔に並んでいる。観光地ならではのお店の配置と言ったところか。


(こうやってお店を見るのも東京ならやらない)


なんとなくお店を見ながら歩いてはいるが、地元や通い慣れた都会ならまずやらない。俺で言えば東京だが、ここまでお店の並びを確認しながら歩くことなんてココ最近はやっていない。これも1人旅の魅力。下ばかり見て歩いてる日常に気づかされるし、上を見る大切さも気づける。そして、上を見ることで誰かが意味を持って作った街並みを感じ取れる。これは街づくり者との勝負でもあるのだ。街づくりの意図を感じ取れたら勝ちで、感じ取れなかったら負け。答え合わせはないけど、何か感じ取れたらそれは街づくりとしての本望。


(あぁ遠いぃ)


しっかりと遠い。昨日の足の疲れがあるため、足は痛くなりやすい。本当に歩きやすい靴で来るのをオススメする。

そんな感じで文句を垂れながら神宮道まで戻った。



神宮道に近づいてきたので俺はスマホの地図アプリで青蓮院門跡の場所を調べた。


(あ、あそこ右折か)


一直線に大通りを歩いていたがやっと曲がるらしい。俺は地図の通り右折した。

先ほどの大通りとは打って変わって小さく細い道に合流した。細いと言っても嵐山ほどではない。いかにもお寺がこの先に待ち構えているのではないかと思わされる雰囲気。坂になっており、そこを上る。RPGなら絶対この後にボス戦が待ち構えている。大通りの騒がしさが一切無くなり静寂が現れる。その静寂に答えるようにお寺らしき建物が全貌を現してきた。これが「青蓮院門跡」だ。


(さてと、対戦よろしくお願いします)


何に対戦を申し込んでいるのかは置いておこう。それほどの意気込みで来ているということだ。バス停1駅分歩いているのだから気合いも入る。


(寄り道と呼ぶには遠かったぞ)


まぁいい土産話だ。人の話を盗み聞きして心の中でツッコミしたら目的のバス停を通り過ぎているなんて経験した人はいないだろ。


(さて、入るか)


ここまでの苦労を嚙みしめて青蓮院門跡に足を踏み入れた。

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