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ドラゴン最大のコロニーは南の陣地北部、北の陣地に程近い森に囲まれた湖のほとりにあった。


コロニーを治めているのは全ドラゴンの長ヴァオヴァブ、深い森に守られ、街人が訪れることはまずない。


時には迷い人もあるにはあったが、そんな時、ドラゴンは魔導士ギルドへ鳥を使いに出し、引き取りを求める。


ギルドはすぐさま魔導士を派遣し、迷い人を引き取り、ドラゴンについての記憶を消した後、迷い人を元の街に帰した。


ドラゴンは基本的にお人好ひとよししで、人好きで、おしゃべり好きで、茹で卵好き、それが魔導士たちの常識だが、魔導士たちはそのことを街人たちには教えていない。


漏らすことは魔導士の誓約で禁じられている。


ドラゴンのウロコやひげや爪のあかなどは利用価値が高く、高価で取引された。


街人たちが知れば、欲にまみれ、ドラゴンのコロニーを襲うかもしれない。ドラゴンとの間に魔導士たちが苦労して築いた平和を壊されかねない。


魔導士ギルドはドラゴンを襲わない条件に、がれたウロコや抜けた髭、その他の引き取りをドラゴンに求め、ドラゴンはそれを承知した。


もともと人は食用とするためドラゴンを襲った。


体の大きなドラゴンは、一頭で多くの人の命をつなぐ。が、それも大昔の話だ。


今ではドラゴンが食用になり、美味であるなど、知っているのは魔導士だけだ。


ただし、時にドラゴンが駆除対象となることもある。


どこにでも変わり者はいるわけで、ドラゴンとてそれは同じだ。


そんなドラゴンが時にコロニーを離れ、街や人を襲い、火を吹いたり、人を食ったりした場合、殺しても構わないと、ドラゴンと話はついている。


だが、その時も、まず魔導士は、呪文を唱えるふりをしながらドラゴン語を使い、コロニーに返れと説得するのが定石だ。応じない場合、勇者に助言を与えつつ、駆除する。


間違っても勇者たちがドラゴンを食べないようにするのも魔導士の仕事だった。


その味を知り、食用としてのドラゴン討伐が始まるのを防ぐためだ。


事前処置として、ドラゴン肉は有毒とデマを流したのは魔導士ギルドだ。勉強不足の魔導士の中にはそのデマを信じている者もいるらしい。


そのほか、街人たちに知られることなく街の近くに住み、街の魔導士と交流し、穏やかに暮らすドラゴンもいる。


「それはビルセゼルト、少しばかり難しい話だぞ」


ビルセゼルトが殻をいた茹で卵を食べながら、上機嫌のヴァオヴァブがいつものように明るい声で言う。


「ドラゴンの肉が欲しいって、何を言い出すんだか」


笑うヴァオヴァブの口から、砕かれた茹で卵が少し飛び散る。それを残念そうにヴァオヴァブが目で追う。


「知っての通り、我らドラゴンの寿命は長い。死んだドラゴンの肉だって簡単に手に入るものじゃなし・・・まぁ。寿命が長い代わりに、子はなかなかできない。俺とてまだ子どもがいない。寂しいもんさ」


「子か・・・私も欲しいと思っているが、こればかりはどうにもならないな」


卵の殻をむいてヴァオヴァブの大きな掌に乗せながらビルセゼルトも同意する。


茹で卵好きのドラゴンは鍋を持っていないし、必要もない。つまり卵を茹でられない。


せいぜい焼き卵は作れるが、それとてあの大きな手では殻をむくことができない。すすけた殻ごとガリガリと噛み砕く。


だから魔導士が手土産に茹で卵を持ってきて、殻をむいてやると大喜びする。


ドラゴンに頼みごとがある場合、茹で卵を持参すれば大抵の交渉はうまくいく。


「人はポロポロ子を産むと思っているのはドラゴンだけなんだね」


これにはビルセゼルトが苦笑する。


「街人の中には五人だ六人だ、と子沢山もいるにはいるが、魔導士は力を他に使うせいか、持てても一人か二人だ。三人いれば子沢山と言われるな」


「魔導士ってヤツ等は街人とは違う人種なのかと思う時があるぞ」


「どうだろうね。街人との間に子を持つ魔導士も大勢いるし、街人が魔導士になることもある。それを考えると、やはり同じ『人』なのだと思う」


「おまえの妻、なんだっけ、ジョゼシラ、あの魔女は子どもを欲しがらないのか?」


微かにビルセゼルトから笑顔が消える。


「さぁねぇ。話したことがない」


「夫婦仲は良いと聞いているけど? あぁ、一緒になってまだ二年ってところか。ビルセゼルトは魔導士としては晩婚だったよね」


これにはビルセゼルトが笑う。


「一緒になったのは二十二になる少し前だ。晩婚と言うほどではないさ。皆が早いのだと思っている」


「他が早い、か。その考え方、俺は好きだぞ、ビルセゼルト。おまえの弟は十八で結婚したんだったな」


「そうだね、魔導士は十八、九で結婚する者が多いね。あるいは相手がその年になるのを待つ、か。私がそれだね」


「営みが魔導士の力を強め、新たな閃きを与えるというのは本当なんだ?」


「うーーん、まぁ、本当なのだと思うよ。少なくとも、魔女には必要らしい。肉の喜びが魔女の力を強め、不足すれば魔女は弱る。それも、男を知らなければそう影響ないって話だ」


「なるほど、なるほど」


ヴァオヴァブがまた笑う。


「それでジョゼシラはこの二、三年、とんでもなく力を強めているわけだ。コロニーにもビシビシと伝わってくる」


苦笑するビルセゼルトを尻目にヴァオヴァブが続ける。


「だが、最近は落雷がどおだね、ビルセゼルト。南の城にも魔導士学校にも落雷の気配がない」


ヴァオヴァブは、魔女が絶頂で落雷を呼ぶことを言っている。ビルセゼルトとしては苦笑するしかない。


「ドラゴンは何でもお見通しだね・・・さぁ、これが最後だ」


ヴァオヴァブのてのひらにビルセゼルトが茹で卵を乗せる。顔をヴァオヴァブに見られないようにしている気配がある。


そんなビルセゼルトをヴァオヴァブが横眼で、面白そうに見る。


「ビルセゼルト、おまえは賢いが、複雑に物を考えすぎる。それに、弟のサリオネルトと同じで、我慢しすぎだよ」


「?」


「素直になればいいと、俺は思うぞ、ビリー。大事なのは、自分が選んだものに自信を持つ事なんじゃないかな」


「・・・なんのことだか、さっぱりだ」


ビルセゼルトのその言葉が、本心なのかとぼけているのか、表情からは読み取れない。


ヴァオヴァブがため息を吐く。


「ドラゴン肉の事は考えてみるよ。だが難しい。代替案を考えた方がいい ―― 話しは終わりだ、ビルセゼルト。そろそろ帰れ」


ドラゴンはおまえの味方だという事を忘れちゃだめだよ、とヴァオヴァブは最後に言った。

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