交錯

「なにこれ……」

 葉月は思わずつぶやいた。

 最初見たときは見方が解らなくて、少し混乱した。

 同じアカウント名はたくさん出てくるし、発言番号のようなものは飛び飛びだ。

 その「よくわからない暗黙のルール」のようなものよりも、書かれている内容がどことなく不気味で、不安感を掻き立てられる。

「この、ちがう、とか、死んだのは男とか言ってるとこ、なんか怖い」

 葉月が呟くと、かさねも神妙な顔で頷いた。

「他の人たちは噂話してるって感じだけど、これだけなんだか、当事者みたいって言うか……なんか他と空気が違うよね」

 かさねがスマホを操作する。

 葉月はかさねの横で、さっきの掲示板のことを考える。

 さっきの掲示板は、書き込み番号が千番になるまでみんながワイワイと、ああじゃないこうじゃないと議論をしていた。だけれど、あの雰囲気の違う書き込みをした人物は「死んだのは男」という発言を最後に、二度と現れなかったようだ。おかげで、事件の真相も、廃墟遊園地のこともよくわからなかった。

 ただ、掲示板に書き込んでいた地元人を名乗るアカウントが、廃墟遊園地に実際に行ったと発言し、写真を何枚か上げていた。

 それは間違いなく、あのフラワームーンランドの看板だった。


「ナルホド……」

 かさねがぼんやりと呟いた。

「なになに?」

「この掲示板、こういうのが好きな人たちの中ではかなり話題になったみたい。今でも考察してる人たちが結構いるよ。この『ちがう』とか『死んだのは男』とかの不思議な書き込みが気持ち悪いって、みんな思ったみたい。えーっとね……学校関係者黒幕説……この書き込みをしたのは生徒か、教員説……、警察関係者黒幕説……あ、当時の市長まで疑われてる」

 葉月もかさねのスマホを覗く。

 かさねがどこかをタップすると、秀花の情報を誰かがまとめたというページに飛んだ。


 経営母体:学校法人実佳がっこうほうじんみよし短期大学(現・青鈴せいりん短期大学)

 理事長:実佳みよし雪継ゆきつぐ 元実佳財閥である実佳家の三男。学校法人も、実家の家業であり現在は長男・篤正あつまさ氏が継いでいる実佳造船工業からの寄附を多く受けて創設されている。

 先代の理事長である雪継ゆきつぐ氏の母親によって秀花学園が設立され、雪継ゆきつぐ氏が後を継いでいる。

 秀花学園は当初、神道系の高校として設立される予定だったようだが、それは叶わなかったらしい。その名残か、校庭に神社があるらしい(ただし、祀られている神様は不明)

 長男・篤正あつまさ氏と三男である雪継ゆきつぐ氏の間には、次男の秀月ひでつき、長女で三人目の子供にあたるはなという二人の兄妹がいたが、十代の頃に亡くなっている。

 はなという長女は病死だそうだが、秀月ひでつき氏は飛び降り自殺をしたという噂がある。

 問題の廃墟遊園地。フラワームーンランドは、実佳造船工業が出資した会社が作り、経営陣に、秀花学園を創設した母親の名前が記載されていたらしい。経営破綻し閉園してからは、実佳雪継氏の私有地となっているとの噂あり。


「……うわ、なんかこわ……あっ!」

 

 突然、かさねのスマホが振動して、着信を通知する画面に変わった。

 大きく「お母さん」という文字が表示される。

「ごめん、葉月、電話出るね!」

「うん……あ、私も電話来てるかも……」

 かさねが素早くカーテンをしめて、ベッドの上に移動した。

 かさねのもとに母親から電話がきたのは、間違いなくテレビのニュースを見て心配してのことだろう。おそらくオンエアでも、全国ニュースになったのだ。

 葉月は普段、朝のアラーム以外、振動も着信音もすべてオフにしている。授業中に音がしたら嫌だからだ。うっかり失念していたが、自分の両親からも電話がきている可能性が高い。

 慌ててスマホを手に取ってみると、やはり着信通知が出ていた。

 父親のスマホ、母親のスマホ、それから自宅の電話から、とっかえひっかえ何度も電話がきていた。

「うわあ……」

 間違いなく心配している。心配性の父親が、寮に殴り込んでくるかもしれないと、葉月が思った瞬間、母親のスマホから着信の表示が出た。

「も、もしもし、お母さん、ごめん、気付かなくて……!」

『あ、葉月ちゃん? 葉月ちゃんよね? もう心配したのよ、テレビで見て。葉月ちゃんは大丈夫なの?』

「う、うん、大丈夫。この通り元気だよ。友達が一緒にいてくれたから」

『本当? 怖いもの、見たりしてない?』

「えっあ、うん……大丈夫!」

 お母さんが言う、怖いものとはあの人影のことだろう。見たけれど、見たと言ったら、連れ帰られてカウンセリングに連れていかれそうな気がする。そうでなければ、スクールカウンセラーを予約されて面談をセッティングされるに違いない。

 通院も面談も面倒というのもあるけれど、一番はやはり、心配をかけたくない。

『お父さんもすごく心配してるのよ。今はまだお仕事中だけど……あとでまた電話すると思うから、出て頂戴ね』

「わかった。今日の夜だけ、マナーモード切っておくね」

『よろしくね。あ、これからね、オンラインで緊急保護者説明会ってのがあるのよ。お母さんそれ見ないと、お父さんに叱られちゃう。もっと話したいけど、一度切るわね』

「うん、わかった。じゃあね」

 通話を終了して、ふうっと一息ついたところで、かさねのベッドのカーテンが開いた。

「お母さんめっちゃ心配してた~。仕方ないっか。全国ニュースレベルだもんね。葉月の電話も終わった?」

「うん、うちもすごい心配してた。これから、オンラインで保護者説明会だって」

「あ、うちのお母さんも言ってた!」

 と、ラグの上に放っておかれていたかさねのタブレットから、自動再生のまま流れ続けていたオンラインニュースチャンネルの、アナウンサーの声がした。


『えー、さきほどお知らせしました、高校生が集団パニックを起こしたニュースの続報が入りました。生徒たちが目撃したと訴えている、人が飛び降りた、とされる現場に残っていた血痕ですが、鑑定の結果、男性のものであると発表がありました』


 ――死んだのは男。


 顔を見合わせた葉月とかさねの脳裏に、掲示板の文字が浮かんだ。

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