第90話 託された思い

「あとはわかるだろう……操られた私が何をしたか」


「……それは……僕じゃ想像できないほどです」


「…今でも夢に見る、毎日のように彼らの最後の顔がな。何度命を絶とうとおもったか。だから早く私を殺してくれ」


「もうどうすることもできないんですか?」


「ふふ、お前も優しいな。少しサシャに似ているか?」


「そんなこと…」


「だがダメだ。彼は復活する。少しの間だが同期した私にはわかる。そしてまた私は操られ人間を襲うだろう。もうあんな思いをさせないでくれ」


 剣也は闘鬼から聞いている。

あの日世界に何が起きたかを、それは新訳ラグナロクの話にとても近い物語。


 かつて世界は魔物が溢れていて、神器が溢れていた。

まるで物語のような話だが、それは事実だったのだろう。


 しかし神器はなくなり、魔物はいなくなった。

そのあと世界に何が起きたのか、それは闘鬼も知らない。


 操られてからの記憶は曖昧だ。


 あの日操られた闘鬼は、目につく人間を殺した。

混濁する意識の中、殺された人達が何を思ったのか。

大好きだった人達を殺した闘鬼が何を思ったのか。

想像するだけで胸が張り裂けそうになる。


「ここはお前達を修練する場でもある。私が知っているのはその程度だがな」


「どこで知ったんですか?」


「私の意識が明瞭になったとき、私はここにいた。操れている時の記憶は曖昧だが確かに理解している。私があの町を滅ぼしたと」


「そして声が聞こえたんだ、私を倒せる戦士だけを通せと。そのものが彼を打つと。不思議と信じられる声だった」


 闘鬼の聞こえた声とは剣也達をダンジョンに呼んだあの声のことだろう。

 

「ここは、そのための場。こちらから話しかける手段もないのでな、信じるしかないのだが」


 闘鬼も多くは知らないようだ。

しかし。


「それでも、私は、私にあの町の人々を殺させた彼を止めたい。しかし奴が復活したとききっと私はまた操られるのだろう、だからそれまでに私を殺せ」


 闘鬼がこの世に生きている理由はただ一つ。

あの少年を倒すこと、彼を倒すものに託すこと。

その一心のみでここにとどまっていた、何度も自ら命を絶とうとしたらしいが踏みとどまったのはあの日の怒り。


 自分に何ができるのかわからない。

それでも自分には役割があると信じて待つ。

それが自分に対する罰だと思ったから。


「随分と時間がたってしまったがな、お前達の話では20年か」


「このダンジョンが現れて20年です、その時からここで一人待っていたんですね」


「あぁ、後悔する時間だけはたくさんあったな」


 闘鬼の意識が戻ってから20年。

ダンジョンが生まれてから意識は戻りこの場に立っていた。

あのアナウンスの声のみを信じて20年一人絶望と後悔の中待つのはどれほど辛いことだっただろう。


「僕が倒します。必ず」


「そうだな、お前と、あの少女。二人ならきっと勝てる。彼を止めてくれ」


 そして闘鬼は剣也の頭をなでる。

その手は優しくて、とても温かくて。


 そして彼と呼ぶのは、きっとその少年の心に同化してしまったから。

殺したいほど憎いのに、憎み切れないのはきっと彼の悲しみを共有してしまったから。


 だから。


「もう私達のように悲しい思いをしなくて済むように終わらせてくれ」



 あれから一月。

剣也とレイナの訓練は続く。


「お前達はウジムシだぁ!」


「はい!」


「だが……お前は…少しまともなウジムシのようだな」


 剣也はついに闘鬼から一本を一人でとる。

この一月で、見違えるように戦士として成長した剣也とレイナ。


 装備品による能力の上昇、急激な身体能力の上昇を使いこなせていなかった二人がついにその力を自分のものにする。


「では、やるか。剣也、そしてレイナ」


「これが最後なんですか、教官」


「あぁ、きっとお前達なら最後までたどり着ける、私が知ることもすべて伝えた。あとは私を倒すだけだな」


「どうしよもないんですね……」


 すると闘鬼が二人に真っすぐと歩いてくる。

その大きな手で二人をなでる。


「お前達には感謝しているんだ、最悪な思いのまま死んでいくと思っていた私にとても素晴らしい思い出をくれた。

人の世は続いていることも、この手ですべて終わらせてしまったと思っていた人間の世界は繁栄していることも。本当に救われたんだ。ありがとう」


「だって……だって……」


「泣くな! バカ者! まだ何も終わっていないぞ」


「闘鬼こそ…」


 そして闘鬼が二人をぎゅっと抱きしめる。

そして距離を取って、大きな声で戦いの合図をする。


「いくぞ、剣也、レイナ! 笑え! 辛いときこそ笑うんだ」


 涙をぬぐう剣也。

レイナも一月共に過ごした闘鬼が結構好きになっていた。

だから目が潤んでいるが、まっすぐとみて答える。


「はい!!」


 闘鬼が構える。

本気の構え、全身全霊で剣也達を殺しに来る。

その気持ちを、意思をひしひしと剣也は感じる。

もしここで自分に勝てないようならきっと先には進めないし、最後には敗北するだろう。


 だからその時はせめて自分が引導を渡してやる。

その気持ちで本気で剣也達を倒そうとする。


「では始めよう。剣也レイナ! 武を…示せ!!」


 闘鬼が開始の合図と言わんばかりに地面をけりこんで剣也に向かう。

地面が割れる、衝撃で空気が爆ぜる。


 剣也とレイナVS本気の闘鬼の戦いがはじまった。



「いいぞ! 剣也! その動きだ!」


「何度もおしえてもらってますから! はっ!」


 剣也が剣で切りかかる、それを避けられた後足蹴りで距離を取る。

なんども教えてもらった剣以外も使う戦い方。


 そして背後からレイナの一撃。

肩を切り裂かれる。


「す、すみません!」


「ぐっ! 何を謝る! 素晴らしい攻撃だ! 容赦なく2VS1の構図を使え!」


「はい!」


 闘鬼は戦いながら何度も教えたことを実践できたら褒めてくれる。

血を流し死に向かっているのに、その顔は嬉しそうで、楽しそうで。


 その戦いは、長かった。

戦いというにはあまりに辛い、一太刀入れるごと傷を負っていく。

切られたほうではなく、切ったほうに。

しかし戦わなくてはいけない、それが彼の願いだから。


 終始剣也とレイナが押していた。

そもそも装備の力によって地力は二人の方が上。

それを技術で優っていた闘鬼が異常なだけだった。



「はぁはぁ…どうした。まだ私は生きているぞ。甘ったれたわけではないよな!!」


 すでに勝敗は決していた。

剣也達の勝利で。


 闘鬼の腕は上がらず、血も止まらない。

すでに満身創痍、このままでも絶命は免れない。

だから。


 剣也が剣を下げるのをみて闘鬼がどうしたと声に出す。


「わかってます、でもきっとこれが最後だから…最後だから言わせてほしい」


 声を震わせ剣也が伝える。


 最後の言葉を。


「ありがとう、闘鬼。そして安心してくれ。僕が倒すから、世界を救ってみせるから。だから安心して眠ってくれ」


「……ふふ、相変わらず甘いやつだ」


 そして剣也は小手の装備の力を発動した。

龍神骨の籠手の特殊能力。


・龍神の一撃(日に一度のみ発動可能 一度のみ攻撃力2倍の一撃)


「ステータス錬金!」


 そしてほとんどのステータスを攻撃力へ。

光の粒子が剣也の手に集まる。


 日に一度のみの一撃。


 この一撃は必要ないだろう、でも彼には見てほしかったから。

今自分にできる精一杯の攻撃を。


 安心してほしかった。きっとこれなら倒せると。

敵が何なのかすらわかっていないが、それでも世界を救えると。

だから最強の一撃で闘鬼を倒す。


 闘鬼も構える。

全て受け止める気持ちで。


「こい! 剣也!」


 そして剣也は足に力を入れる。

地面が爆ぜる。


 その力で生み出された推進力は、神のごとき速さ。

まさに、神速、目で追う事すら叶わない。


 そして。


「見事だ……」


 剣也のつるぎが、闘鬼の身体を貫いた。

闘鬼の口から血が漏れて、力なくうなだれる。

それを支えるように剣也は抱き締める。


 それでも闘鬼が最後の力を振り絞る。


 しかし剣也は抵抗しない。

わかっているから。

ゆっくりと延ばされた手には攻撃の意思はないことを。


 そしてその手は優しく剣也の頭をなでる。


「素晴らしい一撃だった……」


「は˝い˝…」


「まったく……戦場で泣くな、バカ者が…」


「は˝い˝…」


「託したぞ……ふふ。久しぶりに笑え…た気が…する……な」


 そして闘鬼は灰になって消えていく。

その顔は優しく満足そうで、そして確かに。


 笑っていた。

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