第57話 白銀の世界

まえがき

日曜なので、もう一話。




 剣也達が見たのは白銀の世界。

20階層は一面が雪に覆われる。

とはいえ吹雪いてはいないので、まるで天気のいい日のゲレンデのような場所だった。

気持ちがいいぐらいあたり一面雪しかない。


 一面白銀の世界、白しか存在しないこの世界。

これほど手付かずの美しい雪景色は現実でもなかなか見ることができないだろう。

雪はふかふかの絨毯のような柔らかさ。


 そしてその美しい景色を見た美鈴の第一声は…。


「さむすぎぃぃぃ!!!!!」


 半袖一枚の美鈴が白銀の世界にどこまでも違和感を感じさせる。


「先輩早く! 帰りましょう! 風邪ひくわ、何ここ北海道?」


「そうだな、次来るときはある程度厚着してこようか」


 剣也も手で体をこすりながら暖を取ろうとする。


 今塔の外は7月 初夏。


 美鈴も剣也もレイナも半袖の薄着だ。

美鈴に関してはいつも通り生足をこれでもかと出しているため相当に寒そうだ。

こんな見た目でも装備品さえ付けていれば問題なにのだからやはり便利だ。


 レイナは、動きやすそうなモノクロで決めているがそれでも寒そうだ。


 そして一同は、1階層へのゲートを通りこの階層を後にした。


「おかえり、剣也君! 初見で10階層から20階層まで半日クリアするなんて、すごいよ」


 一階層の中央ロビー。

そこで愛さんに探索終了の報告をする。

席をはさんで僕とレイナと美鈴が座る。


「装備がいいですし、レイナが強かったですから(ほとんど何もしてなかった気がするが)」


「次からはもう30階層目指す? 20階層からは相当寒いらしいから厚着していかないと凍死するからね、毎月何人か遭難してるし…」


「了解です、ちょっとだけでしたけど真冬の北海道かと思いましたよ…。あ、それと一つ聞きたいんですが」


 そして剣也は、不思議な声について聞いてみる。

封印がどうのと言っていたあの声について。


「うーん、そんな話は聞いたことないなー。気のせいじゃないんだよね…」


 でも愛さんも知らないようだ。

剣也自体もそんな話は聞いたことがない。


「わかりました! ありがとうございます! また明日学校帰りにダンジョンに来ようと思います!」


「はーい、じゃあお疲れ様」


 愛さんも知らないようなので、多分誰も知らないだろう。

考えても無駄なことは考えないようにする。


ピロン♪

======================

ご飯の用意できてるからダンジョンから帰ったら

そのまま来てね。

======================


 すると奈々からメッセージが飛んでくる。

時刻は19時、夕飯時だ。


「奈々がご飯用意してくれているしみたいだし家に帰ろっか」


「もうお腹ペコペコ、お風呂入りたーい」

「私もお腹すきました」



「おかえりなさいませ、御剣様」


「ただいまです…」


(ほんとにここが我が家になったんだな)


 帰るとホテルのロビーのように、マンションの受付のお姉さんが挨拶してくれる。

相変わらず顔すら映りそうなほどピカピカの廊下を渡りエレベーターで32階層へ。


「では! これで全部ですので! 失礼します!」


 すると我が家から宅配業者のような人達がぞろぞろと出てきた。

通り過ぎるその人達に会釈をし、剣也達も家に入る。


「兄が帰ったぞー! 奈々!」

「帰りました。奈々さん」

「帰ったよ! 奈々!」


 リビングに三人が入る。

中には大中小の段ボールに入った荷物が散乱している。

まるで山のように積まれているその荷物達。


「あ、お、おかえり、お兄ちゃんと、美鈴とレイナさん」


 するとその山から奈々が申し訳なさそうに顔を出す。


「奈々これは一体…?」


 剣也があたりを見渡しながら問う。

段ボールと家具が広いリビングの真ん中に山のように積まれている。


「へへへ…。ちょっと買いすぎちゃった…」


「買いすぎたって、これなに?」


「先輩これ、冷蔵庫って書いてますよ?」


 美鈴がその段ボールに書かれたラベルを見る。


「家具とか家電とか…。必要なものを揃えようと思ったらすごい量になっちゃって…ほら! 古い布団とか捨てたでしょ? ベットとか必要だと思って…」


 剣也は段ボールを見る。

確かにラベルには冷蔵庫や、洗濯機、布団のようなものもあった。


「これ一体いくらぐらい…」


「200万ぐらい…かな?」


「そ、それは随分と買ったね」


「全部必要なものだから! 贅沢したわけじゃないから!」


「いや、奈々が必要だと思ったものなら自由に買っていいけどね」


 想像していたよりも妹は大胆な性格だったらしい。

今まで貧乏生活だったのに、一日で200万も使い切るとは…。

とはいえまだ億単位で貯金はあるので問題はないが。


「と、とりあえずお風呂にする? それとも…」


 すると奈々がその段ボールの中から何かを取り出す。

それは…。


「焼肉?」


 ホットプレートだった。


「今日は焼肉か! いいね! そういえばいい匂いすると思ったらこれはお米炊いてたのか!」


「うん! 最近の炊飯器ってすごいんだよ! 米が躍るらしいの。…10万ぐらいしたけど」


「奈々、気にしなくていいよ。お金のことは。今まで散々我慢したんだ。豪遊したっていいじゃないか。それに必要なものばかりだしこんなの豪遊に入らないよ!」


 値段のところで小声になる奈々は少し後ろめたさもあるらしい。

とはいえ美味しいご飯を作りたかったための炊飯器だし、ベッドは僕達の安眠のため。

良いものではあるけど、一つも無駄なものはない。

ブランドなだけの高級品ではなく、どれも良質ゆえの高級品ばかりだ。


「そっか、うん!ありがとお兄ちゃん!…あと、はい! 返すね」


 すると奈々が剣也のブラックカードを返す。


「いや、奈々が預かってくれ。自由に使っていいから」


「無駄遣いしちゃうかもよ?」 


「奈々が喜ぶなら無駄じゃないよ」


 剣也は笑って返す。

甘やかしすぎといわれるかもしれないが、剣也にとって奈々を甘やかせることができることは幸せだ。

いつもいつもモヤシを食べる生活にも一切文句言わず、家のことも母さんのことも全部やってくれていた。

だから甘やかせれる今は全力で甘やかせてあげたい。

美鈴とは違う、あいつは、甘やかすと駄目になる。


「ふふ、ありがと! みんなが快適に過ごせるように頑張るね!」


 とはいえ奈々が豪遊するとは思えないが。

世話好きの奈々は、きっとこのギルドのためにあくせく働くんだろうな。


(まぁホスト狂いとかにさえならなければいくら使ってもいいしな)


 このお金で悪い男に貢いだりしなければ問題ない。

そんなことしたらその男をまた殴りに行ってしまうかもしれない。

僕達に父はいない、だから僕が父親のようなものだ。


 娘はやらーんとか言ってしまうんだろうか…。

いや妹はやらんか。


「ねぇせんぱーい、おなかすいた」


 すると美鈴がもう我慢できないと僕の裾を引っ張る。

まるで子供が母にねだるように。


「よし! じゃあ、焼肉の準備をしようか」


「やったー! 焼肉大好き!」


 奈々はちゃんと炭も買っていたようだ。

焼肉のための一式がそろっているので、そのまま荷物をバルコニーに運ぶ。


 さすがは高級マンション。

バルコニーもあり得ないぐらい広い。

どれぐらい広いかというと、バトミントンができるぐらいは広い。


 そしてそのバルコニーの横には露天風呂もある。


(今日露天風呂入りたいな…でもさすがに女の子達の前じゃダメか)


 ダンジョンの虫のエキスで汚れた体を流したいなと思ってバルコニーに隣接して作られた露天風呂を見る。

この露天風呂は、部屋の中の巨大なお風呂から扉一枚で直通しており通常の湯舟のように使える。

とはいえ、女性陣も住むギルドなのでさすがに自重する。


 すると僕が露天風呂を眺めていると、用意を手伝ってくれていたレイナが横に来る。


「露天風呂ですか……私も入りたいです」


 レイナもお風呂は好きなようだ。

それに今日はいっぱい汚れたから女の子なら入りたいだろう。


「レイナも入りたい?」


(レイナも入りたいなら交代でちゃんとルールを決めればいけるか?)


「じゃ、じゃあみんなで(交代で)今日露天風呂入ろうか! 僕も入りたいし」


 するとレイナが驚いた顔で僕を見る。

身体をくねくねさせて、恥ずかしいというポーズで僕を見る。


「……………わかりました。みんなで(一緒に)お風呂に入りましょう」


(なんでくねくねしてるんだ?)


(剣也君。みんなでお風呂入りたいなんて……恥ずかしいけど剣也君が望むなら)

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