第23話 でも殴りたいやつがいる、貫きたい思いがある

「あ! でも…」


「ん?」


「今一番やりたいことは、ぶん殴ってやりたいやつがいることですね!」


「殴りたい!? 穏やかじゃないね…」


 優等生の剣也君が、そんな思いがあるとは…。

続けて驚く顔をする田中。


「はは、そうですね。穏やかじゃないです…でも」


 このまま泣き寝入りするのか?

そんな馬鹿なことがあるか。


 きっと佐藤は、このまま成功していくんだろう。

多くの屍を踏み台にして、自分が踏んだ踏み台達すら忘れて。

いつの間にか結婚して、いつの間にか子供が生まれて、親の会社を継いで、幸せな家庭を築く。


 そんな普通な幸せを、享受するんだろう。

気まぐれの悪意を振りまいてまわりの幸せを壊してきたのに。

多くの人を不幸にしたことも忘れて。

だから…。


「正義は勝たないと!」


 僕の中の僕だけの正義。

誰にでもあるその正義を貫くこと。


 殴るという暴力で。

暴力は悪いこと? そんなもんは知らん。

やはり暴力、暴力はすべてを解決する。


 ってのは冗談で、力なき正義の無力さを僕は知っている。

では、無意味なのか? 力がないと無意味なのか? それは違う。

力及ばなくても否といえることこそが強さであり勇気であり、僕の正義。


 でもその思いを貫く難しさを僕は知っている。

力及ばず、挫ける者の多さも、泣き寝入りしてしまう人が大半だということも。

だから僕はあいつを殴る。そうでないと僕の正義は折れてしまうから。


「ふふ、正義ときたか! その意味を知らんわけではないだろうに、なんと青臭くて……素晴らしい理由だろうな。貫きたまえよ、その想い! 僕は応援するよ、モヤシの同盟としてね!」


「はい!」


 にっこりと笑いサムズアップする田中さんに、僕も笑顔でサムズアップをする。

そして僕はその場を後にする。


「…しかし、少し危ういな」


 田中は、その背中をみて危ういと思った。

向こう見ずなその性格を好ましいとは思いつつ、まだまだ詰めが甘そうな同盟相手を危ういと。


(少し調べさせてもらうよ、剣也君。僕は君を本当に気に入ってしまったからね)


 真っすぐで向こう見ず、それでも優しく温かい。

どうしよもなくお人よしで、どこにでもいる普通の学生、なのにその目指すところは誰よりも高く、全てを手に入れて、正義をなすときた。


 田中はそんな剣也が好きになった。

自分に重なるところが多い剣也が好きになった。 


(君ならばいずれはあの塔の頂へ行けるかもしれないね…)



「よし! 明日からダンジョンに潜ろう!」


 納品は来月から、ならばあとひと月自由にする時間がある。

だから僕は、この一月で佐藤を超える。


 そして…。


「謝らせてやるよ、佐藤」


 お前の大好きな…『暴力』でな。



 半月後。


「やっと、揃った。それにスキルも上げることができたし。これで…」


 進化♪ 進化♪ 進化♪ 進化♪


 ダンジョンの13階層。

一人の少年が、騎士シリーズを集め、錬金する。目的は王シリーズを集めに集めること。

そしてその上の装備品にする。

ただ一人、この世界で彼だけが許された錬金という力によって。


 王の力を持った少年は、さらにその上の力を手に入れる。

しかしそれを知る者はまだ本人だけ。



 剣也がダンジョンで装備を進化させた翌日。

学校への登校時間。

柄の悪い高校生たちが、我が物顔で電車の一車両の大部分を独占する。

押し込められた人々は、ただでさえ満員なのにより狭い。

しかし誰も注意できなかった。


「佐藤さん! 最近あいつ全然こたえてないみたいっすよ!」


 佐藤の取り巻きAは、あの耐えるだけで何も反応の見せない、いじめ相手の話をする。


「あぁ、ちょっと手を変えないとな、あの目が気に食わねぇ。また泣かせてやるか!」


(気に食わねぇんだよ、俺より弱いくせに俺のことをまっすぐ見やがって)


 電車で胡坐をかいて、たばこを吸う佐藤。

そしてそれを注意した正義の会社員。

全員が頑張れと心で応援する。


 しかし結果は、


「ぐはっ!」


 後を付けられ、路地裏へ連れていかれる。

腹を殴られ嘔吐するまで蹴られ、血反吐を吐かされる。

人すら殴り殺せるその暴力を、ただの一般人にも振るうその悪童。


 それを傍目で見る通行人たちは、佐藤達の怒声に急いでその場を後にする。

力のない正義は、力のある悪にはなにもできないのだから。

だから見過ごすしかないのだ、それが正解なんだ。


 でもその正解のはずの回答に疑問を投げる少年がいることを佐藤はまだ知らない。


(あーなんかめっちゃいらいらする…あの無能でもボコるか、本気でボコボコにする方法はねぇかな)


 そこで佐藤は閃く。

最高のストレス発散方法を。


自分のことは別にいい、でも妹のことは許せない。


(あいつ妹のことになるとすげー怒ったな、そうだ!)


「ふひっ!」


 変な笑い声をあげながらゲスの聖騎士はゲスな発想を思いつく。

公然と、堂々と、合法で、全力で、あの無能をそれこそ死にかねないほどにボコボコにする方法を。

あの真っすぐな目をぐちゃぐちゃにする方法を。


(やっぱり俺って天才だわ)


 そしてその毒牙にかかる哀れな少女が一人。

剣也の大事な、大事な少女が一人、邪気にまみれた悪意にさらされる。

それをまだ剣也は知らない。


 ダンジョンで、必死に装備を集め錬金する剣也はまだ何も知らない。

自分の最も大切なものが傷つけられることを…。



「奈々?」


 剣也が佐藤に呼び出された場所に行く。

そこには、ぼろぼろの制服の少女がいた。

震える体を抱きしめて、冷たい地面の上に力なく座る少女が。


 兄に気づいた妹は、それでも大好きな兄に心配かけないように、なんとか笑顔を作って見せた。


 泣きはらした真っ赤な目をしながら…。

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