記憶をなくしても、君を見つけたい

ゆーり。

記憶をなくしても、君を見つけたい①




「じゃあ私、そろそろ行ってくるね」


希実(ノゾミ)は大きめのボストンバッグを担ぎ上げると玄関へと向かった。 利基(トシキ)が希実を送り出したことは、今までも何度もある。 しかし、そのいずれの時よりも引き留めたい気持ちが強い。

その後を大人しく付いてはいくが、手を取ってしまいたい衝動を何度も抑え込んだ。


「・・・本当に行くのか?」


別に今生の別れというわけでもないし、どこか遠くへ行ってしまうわけでもない。 なのに、このまま希実がどこか遠いところへ行ってしまうような錯覚を受けてしまう。

彼女は振り返って笑ってみせたが、どことなくいつもより無理して笑っているのが利基には分かった。


「うん。 要件が終わったらすぐに戻ってくるから」

「どうして今日なんだ? わざわざ今日に行かなくても」

「区切りにするには丁度いい日だと思ったの。 今日のうちにスッキリさせて利基と正式にお付き合いするために」

「分からないでもないけどさ・・・」


そう言われたら上手い反論が思い付かなかった。 先程まで楽しくしていたはずなのに、今はお通夜のような空気になっている。

確かに希実が言ったようになれば、利基としても願ったり叶ったりではある。 ただ本当に上手くいくのか不安で仕方がなかった。


―――・・・でも希実の性格上、何を言っても駄目なんだろうな。

―――コイツは物凄く真面目だから。


「荷物は一度全て持っていくね」


大きなボストンバッグはパンパンになっていて、そこに希実の私物が全て入っている。 といっても、同棲していたわけでもないためほとんどが着替え程度のものではあるが。


「警察には?」


尋ねると希実は困ったように肩を持ち上げた。


「・・・やっぱり、警察にも言わなきゃ駄目?」

「駄目。 お前はよくても今後同じ被害に遭う人が出たらどうするんだよ。 それに逆恨みとかされたら危ないだろ?」

「言われてみれば、確かに・・・」

「どこまで頼れるのか分からないけど、念のため警察に言うのは絶対だ」


そう言うと希実は覚悟を決め頷いた。


「・・・分かった。 なら後から言う」

「後から?」

「うん。 だから警察にはまだ話さないでほしい」

「何かあってからだと遅いんだぞ? 早めに警察に行った方が」

「分かってる。 でも警察に任せたら警察に任せっきりになってしまいそうだから。 まず私自身で解決するようにしたいの」

「・・・そうか」


確かに警察に任せたら、もう簡単には相手と会えないのかもしれなかった。


―――まぁ心配だけど、警察に言う前に話をつけたいという希実の気持ちも分かる。


「戻ってくるまでに一時間半もかからないと思うから。 利基はここにいて」

「もし遅かったら連絡してもいいか?」


尋ねると希実は少し考えてから言った。


「うん、いいよ」

「分かった。 ・・・気を付けてな」

「うん。 行ってきます」


どこか震えている希実を軽く抱き締め震えを押さえ付けた。 そうして心配ながらも利基はそんな希実を見送った。


―――本当にこのまま素直に見送っていいのか?

―――これから希実は付き合っている彼氏のもとへ行って別れ話を切り出す予定だ。

―――それが簡単にいけばいいけど、そうはいかない可能性の方が高い。

―――・・・だって今の彼氏は希実に暴力を振るうDV彼氏なんだから。


話によると普段は大人しいが、短気で自分をコントロールすることができないタイプらしい。 だからこそ一人でも大丈夫だと言い張っているらしいが、それでも利基からしてみれば不安で仕方がない。


―――今まで何回も別れ話を切り出そうとしたけど、脅されて別れることができなかった。

―――警察へ行った方がいいと促したけど、自分自身で解決したいからって。

―――・・・誠実過ぎるんだよな、アイツは。


一人でも大丈夫だと言い張る理由は、利基には今の彼氏と会ってほしくないためらしい。 危険なことに巻き込みたくないそうだ。


―――そういう優しいところを俺は好きになったんだよな。

―――好きな奴を信じなくてどうすんだよ、今の俺には待つことしかできないだろ。


一人で大丈夫だという希実に無理矢理介入するのは、信頼を損ねるような気がしてしまったのだ。 確かに利基が間に入れば大事になるようなこともあるのかもしれない。

ただもしそうなったとしても、希実の身代わりに自分がなれるのなら本望。 そのようなことを話したのが寧ろよくなく、希実は利基を巻き込みたくないと強情に言い張るようになってしまった。


―――巻き込みたくないから会わさないっていう気持ちは嬉しいけど、もっと俺を頼ってもいいんだぞ?

―――何でもかんでも一人で溜め込み過ぎなんだよ。

―――・・・でも彼氏の家の住所を教えてくれただけ、少し安心か。


何かあればすぐに飛んでいこう。 そう決意すると、希実の姿が見えなくなるまで見送り部屋へと戻っていった。



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