第13話 大浴場×防具
「これが大浴場……? どう見ても日本の銭湯だよな?」
中世の街並みには場違いな建造物がそこにあった。
──やっぱり、今までに転移者が来ているのは間違いないな。
俺はひらがなで『ゆ』と書かれた
「いらっしゃい! 先程お湯が沸いたところですよ!」
入るなり、番台から元気な声で迎えられた。
番台には料金表が書かれている。
──ここで金を払えばいいのか?
「大人1人で入浴セットもお願いします」
「それでは銀貨8枚ですね」
俺は、銀貨を8枚取り出して番台に置いた。
「はい。ごゆっくりどうぞ!」
番頭は嫌な顔ひとつせず、入浴セットを手渡してきた。
入浴セットを受け取った俺は、脱衣所へ向かった。
「誰もいないみたいだな。番頭がお湯が沸いたところだって言ってたから、俺が一番風呂か?」
脱衣所には小さい扉が並んでおり、奥には浴場に繋がっていると思われる木製の扉があった。
扉には宿屋の部屋鍵に似た木の板が吊られている。俺は適当に鍵を選んで扉を開ける。
「これがこの世界のロッカーってことか? まぁインベントリがあるから必要ないけど」
俺は鍵を元の場所に戻し、服を脱ぎインベントリに収納した。
番頭から受け取った入浴セットの中身は、大小2枚のタオルと石鹸、それと紐が通された布が1枚入っていた。
「この布は何に使うんだ?」
身体を洗う用だとすると紐が着いている意味がわからない。
──とりあえず持ってくか……
俺は大きいタオルをインベントリに入れると、木製の扉を開いて浴場へ向かった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「──ふぅ。あー久しぶりの風呂だ」
身体をさっぱりさせた俺は、湯船に浸かり1週間ぶりの風呂を満喫していた。
「俺が一番風呂だ!」
「汚ぇぞ、カトル! 俺が支払いしてる間に先に行くなよ!」
「お二人とも、公共の場で騒ぐのはどうかと思いますよ?」
「誰もいねぇんだからいいじゃねぇかよ」
俺が寛いでいると、見知った3人が入ってきた。
3人は腰に紐が着いた布を巻いていた。
──あの布は隠す用のものなのか……
俺は湯船の中でそっと布を腰に巻いた。
「どうやら一番風呂はカトルでは無いようですよ?」
「はぁ? どう見たって俺が1番だっただろ」
「あ、なんだユウヤも来てたのか!」
俺に気づいたレクスが手を振りながら近づいてきた。
カトルはすごく嫌そうな顔でこっちを睨みつけている。
「無事に洞窟から帰って来れてよかったな!」
「え? なんで俺が洞窟に居たことを知ってるんだ?」
「あぁ、当人は知らないのか。お前が洞窟に向かった後、捜索依頼がかかって俺たちが捜索してたんだ」
「そうだったのか……」
──知らないところで迷惑を掛けていたのか。
「まぁ、自力で帰ってこれたところを見ると、俺たちは無駄足だったわけだがな」
そう言うと、レクスは笑った。
「でもまさか、シャドウベアーまで倒して帰って来てるとは思いませんでしたがね……」
「どうせ汚ぇ手でも使って倒したんだろうがな」
カトルは皮肉な笑みを浮かべながら言った。
「魔物を倒すのに汚ないも何もないんじゃないか?」
「くっ……」
俺が言い返すとカトルは黙ってしまった。
「ユウヤさん、すみません。カトルはユウヤさんをライバル視してるみたいで……」
「ちょま、サンク……てめぇ」
「はははは、なるほどな! 捜索の時にカトルが張り切ってたのはそういう事か!」
「っ……」
湯船に浸かってもいないのに、カトルの顔は赤く染っていた。
「ちょっと! 先に行くなんて酷くない?」
「──ッ!?」
声の方を見ると、布で前を隠したセットがいた。
女性用の布は胸から膝上まで隠せるほどの大きさのようだが……正直、目のやり場に困る。
「そうツンツンすんなって風呂代は払っといてやっただろ?」
「それはそれよ! って、ユウヤじゃない。無事に洞窟から帰って来れてほんと、よかったわ!
すごい傷ね……大丈夫?」
俺に気づいたセットが近くまで駆け寄ってきた。
皆の対応を見るに、この世界では混浴が当たり前のようだ。
「大丈夫、大丈夫。それじゃ、俺はそろそろあがるよ」
俺は前を隠しながら、そそくさと風呂場を後にした。
「あー行っちゃった。あれ? カトル、顔が赤いけど何かあったの?」
「うっせぇ……」
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「すみませーん」
夕刻前に防具屋に着いた俺は、奥の部屋に声をかけた。
「もうすぐ完成するからちょっと待ってて!」
奥の部屋からシェリーさんの返事が聞こえた。
少し待っていると、奥から薄灰色の服を持ったシェリーさんが出てきた。
「これを1度着てみてくれる?」
手渡されたインナーを受け取った俺は、その場で着替えた。
「うん。丁度いいよ」
採寸してもらった事もあり、体にフィットしていて動きやすい。
「そ、それじゃ、防具もそのサイズで作っとくから明日の朝に取りに来てね」
そう言うと、シェリーさんはそそくさと、奥の部屋に戻って行った。
「ありがとう。また明日受け取りに来るよ」
奥の部屋に声をかけた俺は、防具屋を出た。
空は赤く染まり始めていた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「朝はすごいな……」
狐の尻尾亭で一晩休んだ俺は、早朝からギルドに来ていた。
前より早い時間だからか、受付と依頼ボードには凄い人だかりができていた。
「お、おはようございます……」
「ッ!? おはよう」
入口に突っ立っている俺に、少し地味なやつれた顔のギルド職員がおどおどと話しかけてきた。
「あ、あなたがユウヤさんですね……ま、マスターから部屋に通すように言われています」
「そうだけど、どうしてわかったんだ?」
「く、黒色の髪と瞳の方は珍しいので……では、こちらへどうぞ」
──そう言えば、この世界に来てから黒髪の人を見てないな。
職員の後をついて行くと、豪華な扉の前に連れてこられた。
「ゆ、ユウヤさんをお連れ致しました。失礼します」
職員がノックし扉を開くと、ギルドマスターのランディが奥の椅子に座っているのが見えた。
「こ、こちらへ……」
職員に促され、ソファに腰掛けると職員は一礼して部屋を出ていった。
部屋は応接室の倍はある大きさで、トロフィーや賞状が飾られている棚がある綺麗な部屋だった。
「コホン。今回来てもらったのは、お主のランクのことについてじゃ」
部屋を見渡す俺にマスターが話し始めた。
「俺のランク?」
「まずはこれを受け取ってくれんか?」
ランディはテーブルにギルドプレートと金貨3枚を置いた。
プレートの色は今持っているアイアンと同じだが『 Ⅰ 』と掘られており、アイアンの中では最上階級だ。
「金は今回のシャドウベアーの討伐報酬じゃ」
「ありがたくいただくよ」
「して本題じゃが、お主はシャドウベアーを単独で倒すほどの実力を持っておる。
それほどの実力があれば、シルバーでも問題ないと思ってのう、本部に推薦したんじゃがな……」
ランディは言葉を詰まらせた。
「各拠点のギルドマスターからの承認を取れんかった。すまんが、通常通り昇格試験を受けてもらうことになる」
──そう言えば、カトル達がシルバーに昇格するための試験に挑戦してるって言ってたな。
「昇格試験はどんな内容なんです?」
「試験内容は
「盗賊の討伐か……」
──マスターが色々手配してくれたみたいだが、シルバーに昇格する必要は今のところないんだよな……それに人は殺したくない。
「お主はまだ若い。受けるかどうかはお主に任せる。その気になればエルに伝えてくれ」
「わかりました」
そう言って部屋を後にした俺は、防具屋に顔を出してみることにした。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「すみませーん!」
「はーい!」
俺が奥の部屋に呼びかけると、元気な返事をしながら、シェリーさんが出てきた。
「あなたの防具は無事に完成したわよ。調整が必要か見てみるから1度着てみてくれる?」
防具を手渡されたので、その場で服を脱いで着替えた。
「あなたは、また……まったく」
「ん? なんか言った?」
「はぁ……何でもないわ……」
シェリーさんは何故か額に手を着いて呆れている。
「それより、着心地はどう?」
「サイズは丁度いいよ。着心地もいい感じ」
「あなたが着てた服をモチーフに作ったんだけど。似合ってるわ。その生地は着てる内に体の形に合ってくるはずよ」
爬虫類っぽい魔物の皮なので、レザーで少し硬いのかと思っていたが、意外と伸縮性があり邪魔にならない。それに通気性がいいのに水などは通さないらしい。フードもついていて、雨の日にも良さそうだ。
「その防具に合うのを選んでみたんだけど、一緒にどう?」
そう言ってシェリーさんがグローブや肩当て、靴など色々持ってきた。
「1度着てみて! 買うかどうかはそれからでも遅くないわ!」
「え、あ、うん……」
シェリーさんに言われるがままに着ていく。
「うん。いい感じじゃない! 気に入ったのはあった?」
「それじゃ……グローブと靴、それとこのカバンを買うよ」
「毎度ありー!」
半ば強引に買わされたが、靴はボロボロだったし素材を運ぶ用のカバンも必要だったので、いい買い物ができた。
「また必要な時は寄らせてもらうね」
「その時は、またいい生地を持ってきなさい」
「うん。ありがとう」
防具屋を出ると、朝の喧騒が嘘のようにギルド内は静かになっていた。
──依頼もほとんど残ってないし、今日はゆっくりするか。
俺はギルドを出て、狐の尻尾亭に向かった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「エル、今回の件で領主にユウヤの存在が知られてしもうた。フジワラ王の耳に入るのも時間の問題じゃ」
「そうですね……なにか対策をしますか?」
「優秀な冒険者には冒険者として功績を上げて欲しいのじゃが……ワシらに強制権はない。ユウヤの決断に委ねるまでじゃ。
にしても、シルバーへの推薦が通らなんだこともひっかかるのう……」
ランディが顎髭を触りながら呟いた。
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