第3話 クロスケとお散歩
「天気も良いから、皆でクロスケとお散歩に行きましょう!」
週末の晴れ上がった朝、家事を済ませた母が提案し、クロスケを連れて、ドッグランも有る近所の広い公園へ出かけた。
クロスケのリードを恵梨奈が持つと、クロスケは恵梨奈のペースに合わせて歩き出した。
「リードに繋げている時にも、クロスケはお利口さんね」
他に散歩している犬達を見ると、飼い主を振り回している犬達も少なくなかった。
ドッグランに入ると、大型犬が沢山走り回っているせいか、クロスケは、リードを外しても、恵梨奈のそばから離れようとしなかった。
「臆病だな、クロスケは」
怖気づいているクロスケを見て笑った父。
まだ慣れてないのと体格差も有るから無理に走らせようとせず、リードを父が付け、ドッグランから出て、また恵梨奈がリードを持って歩き出した。
前方に見た事の有る姿が恵梨奈の目に映った。
杏とその家族だった。
杏の自慢の可愛いヨークシャーテリアを連れているのを見ると、恵梨奈は自分がフレンチブルドッグのクロスケを連れているのを見られるのが恥ずかしくなり、出くわさないように、方向を変えようとした。
「やっぱり、こっちの道に行こう!」
慌てて言ったが、既に、杏のいる進行方向を目指して歩いていた両親の方をクロスケも進みたがる。
杏に見付かりそうで焦り、思い付いた事を口にする恵梨奈。
「恵梨奈、ちょっとトイレに行くから!」
クロスケのリードを母に手渡し、走ってその場を離れた。
もちろんトイレは逃げ口実で、取り敢えず、杏に見付からないよう、反対方向へと猛ダッシュした。
杏は、犬の散歩だから、あの進行方向に有るドッグランへと向かう事と睨んだ恵梨奈は、その方向を避けた。
その判断が正しく、杏と鉢合わせする事は無かったが、恵梨奈は、両親達のいる所へ戻る事も出来なくなり迷子になった。
困って、あちらこちらへキョロキョロしながら歩いていると、知らない何人もの大人から声をかけられた。
「どうしたのかな、お嬢ちゃん?迷子だったら、一緒に親を探してあげるよ」
当然、知らない人の言葉に付いて行くのは、危ない事くらい教えられていた恵梨奈は、その度に走って逃げた。
それでも、これほどずっと探し回っても見付からずにいると、心細くなって、一緒に探してくれる良心的な大人に付いて行きたい気持ちにもなる。
散歩に出かけたのは朝だったが、もう日が傾きかけ、お腹も空いて、水筒のお茶だけが頼りだったが、それすら尽きていた。
身体も、休憩もせず歩いていたから、疲れてクタクタになっていた。
暗くなる前に両親を見付けられないと、さすがに、この公園で夜を明かすのは危ないと感じ、なおも歩き続けた。
ふと恵梨奈は、自分がトイレに行きたいと言って、両親から離れたのを思い出した。
もしかすると、両親は、トイレへ探しに行っているかも知れないと思い、公園に有る一番近いトイレに行ってみた。
はぐれて何時間も経過していたから、両親の姿は無かった。
他にも、トイレが有るかも知れないと思い歩いたが、その頃には、街路灯の明かりが頼りになっていた。
やっと見つかったトイレにも、他の人影は無かった。
他の人達から声をかけられないよう、ずっと我慢していた涙が、その時、恵梨奈の頬を伝った。
これだけ探しても見付からない、もうダメかも知れないと思えて来た。
次に、誰か人を見かけたら、その人を信じて、交番への行き方を教えてもらう他ないだろうか?......だが、その人物が悪い事を考えていたら、そう考えると怖くなり、もう、どうしていいか分からなくなった。
その時、草むらから何かガサゴソと音がして、ビクッとなった恵梨奈。
誰か怪しい人物が出て来て、恵梨奈に襲いかかるのではと思い、身体を固くして、ジッと音のする方を見た。
「ウ~、ワンワンワン!」
現れたのは、クロスケだった。
「クロスケ!ママとパパは?」
衝動的に恵梨奈は初めてクロスケを抱き上げた。
この時ほど、クロスケを頼もしく思えた事は無かった。
「ワンワンワン」
今まで、クロスケは恵梨奈の前で吠えた事など無かったが、その時は違った。
「クロスケ、どうしたの、急に走って行って......あっ、恵梨奈!」
クロスケの吠えた声を聞き付けて、駆け寄って来た両親。
「恵梨奈、こんな所にいたのか、良かった!」
クロスケが恵梨奈の臭いを覚えて探し出したおかげで、はぐれていた両親の元に戻る事が出来た。
それ以来、恵梨奈は、クロスケに対し、恩人のようでもあり、家族のような気持ちを抱くようになった。
クロスケをお迎えして1週間が経過した時、先日のお散歩以来、恵梨奈とクロスケの距離は急速に縮まり、もはや愚問と思いながらも、母が尋ねた。
「恵梨奈、今日で約束の1週間だけど、クロスケ、どうする?」
「何のこと?クロスケは、私の大事な家族だよ!今度、学校の友達呼んで、紹介していい?」
お試し期間の事など、まるで無かったかの口振りの恵梨奈。
「もちろんよ!いつがいい?」
母は、初めてクロスケをお迎えした時には、正直、恵梨奈が気に入るか不安を抱えていたが、杞憂で終わり心底喜んだ。
いつの間にか、クロスケは、無関心だった恵梨奈からも家族の一員として迎えられ、満足そうにその黒い潤んだ大きな瞳を輝かせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます