第8話 弁慶 博雅

「牛丸さんが知っている人かどうかはわからないけど、黒装束で剣の使い手はひとりしかいません。おれらは被験者Aと呼んでいるんですけど、これ、多分女性です」


 なんだとぉ!? 大声が出る前に口を押さえたものの、驚きが隠せない。


「ひょっとして、連続女性失踪事件の被害者なんじゃ!?」

「おれたちはそう踏んでいます。もちろん、彼女たちの記憶が操作されているであろう予測や、肉体改造されて男性ホルモンを多量に投与されることにより、男性よりも軽やかに動くことができるわけですが、それにともない、少なからず副作用もあって」


 おれの頭に正美の顔が浮かぶ。頭巾を目深にかぶって、目だけしか見えなかったけれど、あの黒装束はもしかして正美!? でも、どうしてっ。


「副作用ってどんなっ!?」


 熱くなるおれに、泉が冷ややかに口の端で笑った。


「女性ホルモンの減少。つまり、完全に男性の体になってしまう可能性があるんです」

「そんなのっ、すぐ辞めさせろっ!!」

「できません」


 申し訳なさそうに頭を下げた泉を、なぜか責めていた自分を恥じる。


「黒装束に関しては、本当になんの足取りもつかめないんです。あの身のこなし。防犯カメラでさえ追いきれない」

「じゃあ、正美は? どうなるんだ?」

「牛丸ちゃん。まだ正美ちゃんかどうかまではわからないじゃない」


 連続女性失踪事件で発見された女性たちのことを探っていた時、警察病院で厳重に管理された病室を、ほんのわずかだが見ることがあった。


 彼女たちの本来持つ女性らしい丸みが取れ、まるですっかり別人のようになっていたのだ。やつれた。そういう見方もあるかもしれない。だが、なんらかの薬物を与えられたであろう影響を考えなかったわけじゃない。


「じゃあ、戻ってきた女性たちは? 記憶がないってのはどうして?」


 おれの言葉を飲み込むように、若林のスマホが振動した。


「ああ、いいわよ。入って」


 話しながら若林は、玄関のドアを開ける。暗がりで立っていたのは、どう見ても中学生くらいの美少年。


「こんばんは。あがらせてもらいますね。いやー、お父様の目をぬって、ここまで来るのが大変でしたー」


 私立の制服姿の少年は、学生鞄をその辺に置くと、若林さんの頰に軽くキスをした。


「ああ、彼は弁慶 博雅。中学一年生よ」


 弁慶といういかつい苗字からはかけ離れた幼さの残るルックスで、彼は自分の価値を理解しているかのようににっこりと微笑んだ。


「どうもー。弁慶です。未成年なので、コードネームなんですけど、弁慶って呼んじゃってください。牛丸さん」


 そのキラキラと輝く笑顔の前では、おれはくたびれたただのおじさんにしか見えないだろう。


「よろしく。で? 弁慶も臨時職員なの?」

「ざーんねん。ぼくは武器商人なんですよ。あはっ」


 あざとい。あざとすぎる笑顔で、弁慶はケラケラと笑うのだった。


 こんな子供が武器を作っているだなんて、ありえないぜ。


 つづく

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