第2話 記憶を手繰り寄せて

 スイカを食べ終え、ミヤマクワガタを見送った後は、すっかり、先刻までのまどろみからは解放されていた。

これだけ頭が冴え渡った今なら、古い記憶を思い起こす事も可能かも知れない。


 頭の冴え具合というよりも、記憶に呼び起こすのに必要なものは、聴覚や嗅覚の方かも知れない。

 つまり、耳障りなようだが聴いているうちに不快ではなくなり。不思議と心地良さまで感じられる、この引っ切り無しに聴こえる蝉時雨。

 特定の周波数の音は、脳を柔軟にさせる。

 それに、生温かい空気と共に、畑から漂って来るトマトやキュウリやズッキーニやゴーヤやナスなどのウリ系の作物の匂い。

 記憶の管理をつかさどるという海馬や偏桃体は、匂いによって刺激される。


 それらによって導かれる心の在り様こそが、最重要なのかも知れないと、ふと思わされながら、視覚の重要性を忘れている事に気付いた。

 

  一説によると、人間の目には、存在している全ての物のうち数パーセントしか視覚化されていないという。

 残る不可視の領域に、自分は未知なる素晴らしいものの存在を予測せずにはいられない。

 それは、今に始まった事ではなく、夢見がちで多感だった少年時代から続いていた。

 そんな習性ゆえか、自分は、現実と非現実の境界線が曖昧に感じられる事が多々有った。

 特に幼少期には顕著に見られていたが、それは、自分だけに限られた出来事なのか?

 誰もが何度か経験を繰り返して来たのだろうか?


 当時の僕にとっては、忘れ難い大切な思い出なのだが、そんな事さえも、今まで思い出せずにいた自分が情けなくも有り、残念に思わされた。

 

 アヨンサ


 やっと今、君の名前を久しぶりに思い出せたよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る