第259話 新たな平和条約


 俺たちが人間の軍勢の指揮官を伝令役として王都へと向かわせてから数時間後……。


 目の前に大きな魔法陣が現れた。


「マスター、多数の生体反応が転移してくるようです。」


「あぁ、そうみたいだな。」


 そして魔法陣が光を放つと、目の前には先ほど伝令役として向かわせた指揮官の姿とイリアス等々複数人が魔法陣から現れた。


「やっと来たか。」


 ポツリとそう口から溢すと、たまらずイリアスが声を上げた。


「き、貴様等っ!!国王はどこだっ!!」


 相も変わらず最初の威勢だけは一丁前だな。だが、この場では立場をわきまえてもらわないといけない。


「おい、口の利き方に気をつけろよ。こっちがせっかくそっちと会談をしてやるって言ってるんだぞ?」


「ぐっ……。」


 圧を掛けながらそう告げるとイリアスは口を閉じた。その代わり、彼の横にいたヒュマノの偉い人たちのうちの一人が口を開いた。


「私は王都ヴィルシアで国王補佐兼、政務大臣を務めていますルメラと言います。」


「あんたがこの中で一番決定権があるのか?」


「そうですね。」


「なら、今からこちらの要求を伝える。要求をのまないのであれば、国王の命も後ろの兵士たちの命もないと思え。」


「その要求とは何でしょう?」


「要求自体は単純だ。古い平和条約の破棄……そして新しい平和条約の制定だ。」


 こちらの要求を伝えると、ルメラを含めてヒュマノの偉いやつらの表情が一気に曇る。


「新しい平和条約の内容はこの紙にまとめてある。」


 俺はあらかじめ用意していた、新たな平和条約の内容が事細かに明記された紙をルメラに手渡した。彼がそれに目を通している最中、他のやつらもどんなものかを確認するために横から覗いたりしている。


 そして一通り目を通し終えたルメラは額から脂汗を流しながらこちらに向かって言った。


「こ、これは……い、今決められることでは……。」


「ダメだ、今ここで決めてもらう。」


 この案件を持ち帰られたのではこの場を設けた意味がない。


「何を迷う必要があるんだ?そんなにヒュマノと魔族が対等な立場になるのが嫌か?」


 ルメラが悩んでいるであろう項目のことをつついてやると彼は、図星を突かれたらしく黙るこくる。


「これでもかなり譲歩してやっているんだぞ?勇者という存在を失ったお前たちヒュマノと、魔王様が健在な魔族の立場を対等にしてやるって言っているんだからな?本来なら……。」


 俺はルメラへと歩み寄ると強烈な殺意と圧を掛けながら、彼の耳元で囁いた。


「魔族がヒュマノを好き勝手出来るようにするはずだったんだぞ?」


「うぅ……。」


「まぁ、それを受け入れないのなら……これからヒュマノは常に危険に晒されることになる。もちろん俺に顔を覚えられたお前らは眠れない夜を過ごすことになるぞ?いや、もしかすると……永遠に眠ることになるかもな?」


「わ、わかりました!!す、すこし話し合いますのでどうかお時間を……。」


「あぁ、ここで話し合うなら構わない。」


 許可してやるとルメラ達ヒュマノの偉いやつらは話し合い始めた。聞こえてくる声でも意見が割れているのがわかる。自分の命を惜しんでいるやつは要求を呑むべきだと訴えているが、魔族と同じ立場になりたくないという変にプライドの高いやつは拒否すべきだと訴えている。


 だが、どうやらこの要求を呑むべきだという意見のやつが多いみたいだな。


 そしてしばらくすると、ルメラが結論を出したのかこちらへと歩み寄ってきた。


「わかりました、新たな平和条約を受け入れます。」


「賢明な判断だな。じゃあこの誓約書に名前を書いてくれ。」


 ルメラに誓約書を手渡すと彼は少し手を震わせながらその誓約書にサインをした。そして俺がその誓約書を受け取ると、彼はこちらに向かって問いかけてきた。


「こ、これで国王を返してくれるんですよね?」


「ん?何を言ってるんだ?俺は今までの会話で一言もお前たちの国王を返すなんて言ってないぞ?」


「「「「なっ!?!?」」」」


 俺が保証したのはアリスの命と後ろの兵士たちの命だけだ。


 それに今新しい平和条約を結んだことで、こいつらに突きつけられるものがある。


「さて、今この場で平和条約を結んだわけだが……早速平和条約にお前たちは違反してるなぁ?」


「な、何をですか?」


「これを見ろよ。」


 俺はルメラにヒュマノで秘密裏に行われていたキメラの製造の証拠を突きつけた。


「その資料はヒュマノの科学者たちが魔族に侵攻する際に生物兵器として使う予定だったキメラについて書かれている。」


「な、こ、こんなものが!?」


 ルメラの反応を見る限り、こいつはキメラの件にはかかわっていないようだな。その代わりイリアスや、その他平和条約に反対していたやつらの表情が曇っているようだが……。


「平和条約には侵略目的の生物兵器の開発は禁止と明記している。これについてはどう説明する?」


「わ、私は……。」


「知りませんでしたじゃすまされないぞ?この平和条約を結ぶ前とは言え、お前たちが開発したキメラで魔族が何人も殺されてるんだ。その紙きれで証拠が足りないってなら、そっちの国から連れてきたキメラの研究員を連れてきてやるぞ?」


「そ、そんなことが……。」


「……あんたはどうやらキメラの件については関わってなかったみたいだな。とりあえず、新たな平和条約の締結はここに成された。この件についてそっちがどういう補償をしてくるか……で国王を返すかどうかは決めさせてもらう。」


 がっくりと膝を崩したルメラに背を向けると、俺はナインが切り裂いた空間へと入った。


 さて、これでヒュマノがどういう行動に出るか……見定めさせてもらおう。

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