第076話 踊る者


 結局自分で連れてきた鑑定士の言葉すらも信じようとせず、城の裏にあったステータスの木を実際に目にするまでイリアスは悪あがきをつづけた。しかし、実際にそれを目にしたときイリアスは愕然とし、あがく気力もなくなったようで呆然とステータスの木を眺めながらぶつぶつと独り言を話し始めた。


「な、なぜここにこれが……いったいどうなっている。」


 愕然とするイリアスのそばにジャックは歩み寄ると口を開いた。


「いやはや、これには私どももとても驚きました。今朝目を覚ませばこれが突然生えていたのですから。これも平和を望むでしょうかな。」


「ぐぐぐっ……。」


 自慢の口ひげをくるくると弄りながらそう言ったジャックに、イリアスは怒りのこもった視線を向ける。


「おや?何をそんなにお怒りなのですかな?あなた方が欲しがっていたものは全てこうして揃えましたというのに。」


「チッ、急用を思い出した。急ぎ帰らせてもらう。カナン、行きますよ。」


「…………。」


 強引に勇者の少女の手を引くとイリアスは馬車に乗り込み帰っていってしまった。


 それをジャックとアルマ様とともに見送っていると、ポツリとアルマ様が呟く。


「ねぇジャック、あのカナンって子すっごく無口なんだね。」


「そのようでしたな。感情も一切表情に映っていませんでしたし、この表現が正しいのかはわかりませんがまるでのようでした。」


 俺は例の作業をしている間があったため、アルマ様と勇者の少女の会話の内容や部屋の中の状況はわからない。ただ、いまの会話を聞いている限り特に勇者とアルマ様が親交を深めれたということはなさそうだ。


「友達ができるかと思ったのにな~、ざんね~ん。あ、そういえばカオルが作ってくれた料理いっぱい残ってるしラピス誘って一緒に食べよ~っと。」


 気分を切り替えるとアルマ様は残った料理を食べるべく城の中へと戻っていった。


 そして、アルマ様がいなくなりジャックと二人になった時彼が笑いながら口を開く。


「ホッホッホ、それにしてもよもや花畑にステータスの木を移植するとは……。思いもよりませんでした。昨日花畑に穴を掘ってよいか尋ねてきたのはこのためでしたか。」


「そういうことです。」


「あのイリアスという男の表情の変わりよう……無表情の勇者とは正反対でしたな。」


 愉快そうにジャックは笑う。


「まさか本物だとは思いもしなかったんでしょうね。」


「えぇ、そうでしょう。こちらが偽物を用意することまで計算していたようですからな。」


「ご丁寧に鑑定士まで連れてきてましたからね。」


「ホッホッホ、平和条約の破棄を確実とするために余程計画を緻密に練っていたようですが……。カオル様のお陰で全て水の泡になりましたな。」


「俺だけの力じゃないですよ。ナインがいなかったら、誰にも見付からずに王城に入ることもできなかったので……。」

 

「ですが、ナイン様の力を使ったのはカオル様でございます。」


「ま、まぁそうなんですけど……。」


「ですからそんなに謙虚になることはありません。カオル様も、ナイン様もお二方ともいなければ成し得なかったことなのですから。」


 すると、彼は突然頭を下げた。


「この度は誠にご助力感謝いたします。」


「い、いえ!!とんでもないです。頭を上げてください。」


「これで少しはご自分がどれだけ魔王様に貢献したか……わかりましたかな?」


「うぅ、良くわかりました。」


「ホッホッホ!!よろしいです。」


 愉快そうに笑うと、ジャックは城の中へと戻っていった。


 この人には敵わない……そう痛感させられた瞬間だった。










 それから長い道のりを経て、ヒュマノの王城へと帰って来たイリアスは守の果実があったはずの庭園へと迷わずに向かった。

 そして衝撃的な光景を目にすることになる。


「こ、これは……まさかっ!?」


 こつぜんと消えた、元それがあった場所の付近に転がる果実の食べ残し……。それを見たイリアスの顔が怒りに染まる。


「~~~ッ!!衛兵っ!!」


 彼が大声でそう叫ぶと、城を守る兵士たちが集まってきた。


「はっ!!イリアス様如何いたしましたか?」


「如何いたしましたか……じゃない!!これを見ろッ!!」


「これは……果物の食べカスですか?」


 城を守る兵士達にも、ここにステータスの果実があることは知らされていなかった。それ以上に、兵士でさえもこの庭園の中へと足を踏み入れるのは禁止されていたのだ。


「そうだッ!!もとはここにステータスの果実が実っていた……だが何者かが侵入し食い荒らしたんだ!!」


「イリアス様、お言葉ですが……それはあり得ません。ご存じの通り城の周りには強力な結界が張ってあり、許可のない者は入ることはできません。それに仮に結界を貫通するにしても魔力を使わずに突破することは不可能なんです。」


「~~~ッ!!ならこれはどう説明するッ!?」


 イリアスは地面に転がる果実の食べ残しを指差して叫ぶ。


「恐らくですが……結界を超えることができない以上内部の者による仕業かと思われます。」


「何ィィィッ!?ヒュマノに……しかも王城に務める者のなかに裏切り者がいるというのかッ!!」


 イリアスは策に嵌めるつもりがまんまと策に嵌められ、いるはずのない裏切り者を探す羽目になるのだった。

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