第058話 対魔物用拘束具


 ギルドの扉を開けて入ってきたのはカーラだった。どうやら話の流れ的にリルが魔道具の作成を依頼したのは彼女なのだろう。


 そんな彼女が入ってきて発した一言にラピスがピクリと反応した。


「おいデカメスっ!!おぬし今我のことをチビすけと呼んだか!?」


「で、デカメスだって!?チビッ子の癖に口だけは大したもんだねぇ?」


 お互いに自分のコンプレックスのことを言われ、入って来て早々に二人はバチバチとぶつかり合うことになってしまう。


「ちょ、ちょっと二人とも……。」


 止めようとするが既にヒートアップしてしまっている二人の間に割って入ることができない。そしてリルは二人の喧嘩を肴に酒を飲むばかりで何もしてくれる様子がない。


 止めに入れないことで二人のボルテージはどんどん上がっていき、もうどちらが手を出してもおかしくない状況にまで発展してしまっていた。


「よいだろうデカメス、我がこの体にどれほど巨大で強い力を宿しているのか思い知らせてくれるわァッ!!」


「ハンッ!!ちょうどいいね、アタシもこいつの使い心地を試したかったんだ。」


 ラピスが両の手に瑠璃色の鱗を纏わせている最中に、カーラはどこから取り出したのか一本の長いロープをラピスに向かって放り投げた。

 そして大きな杖をラピスに向けると、一言口ずさむ。


拘束バインド。」


「ふむぐぅっ!?」


 すると、まるでロープが意思を持っているかのように動きだし、あっという間にラピスの体を拘束してしまったのだ。


 ロープで俵巻きにされ、芋虫のようにのたうち回ることしかできずにいるラピスに、カーラはニヤリと笑いながら話しかけた。


「どうだい?アタシの開発した拘束具は、便利なもんだろ?」


「ふぐぐっ……!!」


「あ~、そんなにもがいても無駄さ。なんたってアタシが魔力を込めて編んだロープだからねぇ、強度はお墨付きなんだ。」


 カーラはもがくラピスに背を向けると、先程までラピスが座っていた席に腰掛け、リルに話しかける。


「とまぁ、こんな感じの性能だが……満足かい?リル。」


「うん、十分十分。やっぱり魔道具はカーラに頼むのが一番。ちょっと値は張るのが玉に瑕だけどね。」


「最後の一言は余計だ。これでもリルのとこには安く卸してるんだから、文句は無しで頼むよ。」


「はいはいっわかってるよ。いや~それにしても強力だね、この捕獲用拘束具。どんな魔物にも対応できるの?」


 俵巻きにされたラピスのことを指でつっつきながら、リルはカーラに問いかけた。


「形を保ってる殆どの魔物には対応できるように作ったよ。ただまぁ、ゴーストみたいに壁とかを貫通するようなヤツには効かない。だけど、話を聞いた限りその氷魔人ってのはそういうのはできないんだろ?」


「うん、今入ってる情報ではそういうのはないみたいだね。」


「なら問題なく拘束できるはずだ。」


「使い方は?」


「ロープに軽く魔力を流して拘束バインドって唱えるだけさ。簡単だろ?」


「なるほどね。魔力が使えるなら誰でも使えるね。」


 リルとカーラが会話を弾ませていると、拘束されているラピスからとんでもない量の魔力が溢れ始める。


「あれ……カーラ、これ大丈夫?」


「この魔力量はちょいと不味いかもしれないねぇ。」


おふひはおぬしら……ひょうしにのるはぁっ調子に乗るなぁっ!!」


 ラピスが本気で力を込めると、ロープからミチミチと不吉な音が鳴り始めた。

 

「ふんっ!!」


 そしてラピスが意気込んだ瞬間、彼女を拘束していたロープがバラバラになって弾けとんだ。


 俵巻きのロープから解放されたラピスは、四肢が瑠璃色の鱗で覆われていて、背中には大きな翼、そして腰からはゴツゴツの尻尾が生えていた。


 どうやら先程の拘束具を人間の姿では打ち破ることができなかったため、徐々に本来の姿に近付けていった結果なのだろう。


 そして黄金色に光る瞳をリルとカーラに向けると、怒気を含んだ声で言った。


「おぬしら……よくも我を散々コケにしてくれたな。きっちりこの借りは返させてもらうぞ。」


 冷や汗をだらだらと流す二人にゆっくりと歩みを進めるラピス。


 俺は咄嗟にテーブルの上にあったあるものを手にとってラピスの前に立った。


「カオル、退くのだ。我はそこの二人に用がある。」


「はぁ、一回お前はこれ食って落ち着け。」


「むっ!?な、何を――――――。」


 ラピスの首に手を回して、顔を上に向けさせると、ポカンと空いた彼女の口のなかに俺は山盛りのスケイルフィッシュのフライを流し込んでいく。


「もががががっ!?」


 最初は予想外の俺の行動に目を白黒させながら手足をバタつかせていたラピスだったが、徐々に落ち着きを取り戻してきたらしく、口のなかに入ってくるものをバクバクと頬張り始めた。

 そして5人前はあろうかというそれをアッサリと完食した彼女は、更にあるものを要求してきた。


「カオル、水がほしいのだ。前におぬしが作ってくれたやつがいいぞ。」


「はいはい。」


 お望み通りに、俺はバーカウンターで以前ラピスに作ったカクテルを作ると、彼女に手渡した。


「ほらよ。」


「うむ。」


 そして彼女はコクコクと喉をならしてカクテルを流し込んでいく。すると、徐々に羽や尻尾がしまわれ、人間の姿へと戻っていった。


「落ち着いたか?」


「うむ。我としたことが、矮小な人間の行為に怒りを覚えるとは……器が小さくなったものだ。」


「もともと小さいだろ?」


「うるさい!!」


「いでっ!?」


 余計な一言をポツリと呟くと、容赦のないラピスのげんこつが降り注いできた。


 その後、ラピスはリルとカーラの方に目を向けると言った。


「おぬしら、我の器量の大きさに感謝するのだな。今回は見逃してやる、その代わり飯と酒を奢るのだ。」


 リルとカーラはお互いに顔を見合わせると、ラピスに向かってコクコクと頷いた。


 そんな二人の姿を見て満足したのか、ラピスは一つ頷くと、俺の方に近寄ってきた。


「カオル、そこに座るのだ。」


「え?あ、あぁ……。」


 もともと俺が座っていた席に座るように促してくるラピス。彼女に言われた通りにそこに座ると、何を思ったのか俺の膝の上にラピスが座った。


「ここの椅子は固くてかなわん。これならば座っていて疲れん。」


「俺が疲れるんだが?」


「オスならば我慢するのだ。もともとオスとはメスの下に敷かれるものだと古から決まっておる。それに…………。」


 ラピスは俺の上に座りながら、リルとカーラの方に目を向けると、ニヤリと笑う。

 まるで羨ましいかと言わんばかりに……。


「ここならばやつらの表情がよく見える。」


 そんなアピールをされた二人はコソコソと何かを話し始めた。


「カーラ、次はもっと強度の高いやつでお願いね。」


「あぁわかってる。代金は要らないよ。」


 密かにリベンジを誓う二人を見下しながらラピスは上機嫌で酒を呷るのだった。

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