第33話一回戦

 愛娘サラの後を追い、極秘で勇者学園に入学。

 そんな中、ウラヌス学園で大イベント【学内選抜戦】が開幕。

 オレはサラとエルザの三人で、選抜戦の一回戦に挑む。


「それでは次の試合を始めます。“ハリト団”の一人目の選手は、開始位置に上がってください」


「ええ、いくわ!」


 オレたちの先鋒は金髪の女剣士……エルザだ。

 彼女は三人の中で、一番バランスが万能タイプ良い。

 どんな相手でも対応が可能。


 ハリト団は、まずは先鋒で一勝をとって、そのまま勢いに乗っていく作戦なのだ。


「おい、あれはまさかエルザ姫様……?」


「ああ、間違いない、これを見てみろ……」


 エルザの登場に、観客席の有力者たちがザワめく。

 基本的に勇者候補生の名は、国よって秘匿にされている。


 今回の選抜戦に出る名簿だけ、来場した有力者に配布されていた。

 そのため本物の王女の登場に、権力者たちが驚いているのだ。


 オレは地獄耳。

【聴力。強化】のお蔭で、観客席の小声までバッチリ聞こえている。


「……でも、エルザ様といえば、アレな姫様だよな?」


「ああ、“失墜(しっつい)の剣姫”だったか……たしか?」


「可哀想に。だから、こんな辺境の学園にいるのか……」


 その中でも王都から来た権力者たちは、妙なことを口にしていた。

 内容はよく分からないが、たぶんエルザの悪口だろう。


 それにしても“失墜の剣姫”ってなんだ?


「では、ハリト様……勝ってきますわ!」


 だが今は、そんな外野に構っている場合ではない。

 大事なチームメイトが、真剣勝負に挑もうとしているのだ。


 それに開始場所に向かうエルザは、少し硬い顔つき。

 緊張しすぎているのだ。


「たまに出るポカするなよ、エルザ」


「わ、分かっていますわ! ハリト様!」


「いい顔だ。それなら大丈夫だぞ」


 笑ったところで、エルザの緊張が和らいでいた。

 あの分なら実力をちゃんと発揮できるであろう。


 さて、対戦相手は誰かな?


『では“ウラヌスの三銃士”の先鋒も前に!』


 なんとオレたちの相手は“ウラヌスの三銃士”……チャラ男軍団だった。


「おう!」


 先鋒は軍団の一人、チャラ男Aがエルザの前に立つ。

 こいつは長身の長剣使いだ。


「おお、アレは……」


「たしかタラエット伯爵家の四男の……」


「たしか幼い時から、武勇に優れていたはず……」


「これは楽しみな対戦じゃのう……」


 チャラ男Aの登場に、権力者たちがザワつく。

 名簿を見ならアレコレ話している。


 おそらく貴族界隈で各家の優秀な子どもは、幼い時から情報が広まっているのであろう。


(さて、相手はチャラ男Aか……)


 エルザの対戦相手を、遠目に観察する。


 アイツは入学当時、最初の授業でいきなりオレに挑んできた相手。

 人相手の初めて魔剣技を発動した奴。

 無様に吹き飛んでいった愚か者だ。


(久しぶりに見るけど、結構腕を上げている感じだな……)


 だが今のチャラ男Aは、以前とは別人のよう。

 長剣を構える姿にも、隙は少ない。


(まぁ、腐っても“勇者候補生の一人”という訳か……)


 基本的に勇者候補の聖刻印は、資質ある若者にしか発現しない。

 その中でもチャラ男Aは、最初の検査で“素質Bランク”と高かった。


(それに成長度も悪くないな……)


 更に女神の加護で、勇者候補は常人の何倍もの成長補正がある。

 真剣に取り組めば、効果は絶大。

 短時間で、王国の騎士以上の強さまで到達できるのだ。


(こいつも、この一ヶ月間、それなりに鍛錬してきたんだろうな……)


 直近の一ヶ月間は、授業での模擬戦が無かった。

 選抜戦のために、意図的に授業内容が変更されていたのだ。


 だから今のチャラ男Aが、どのくらい成長しているか読むのも難しい。

 客観的に見て、今のチャラ男Aの実力は、クラス内でもかなり上位。

 普通の生徒が戦ったら、かなり厄介な相手だ。


「それでは始め!」


 審判のレイチェル先生の合図で、先鋒戦が幕を開ける。


「きぇーい! いくぞ……剣闘技、【疾風斬り】ぃいい!」


 開始の合図と同時。

 チャラ男Aが剣闘技を発動。


 一気に間合いを詰めて、射程内にエルザを捕獲。

 長剣の利を生かして、エルザに一方的に攻撃をしかけてきたのだ。


「今日は隙だらけだぜ、エルザ姫よぉおお!」


 勝利を確信したチャラ男Aが叫ぶ。

 何故ならエルザは、棒立ちだった。

【疾風斬り】に反応できずにいたのだ。


「「「おおー⁉」」」


 観客席から歓声が上がる。

 誰もが思ったであろう。

 勝負あったと……『力がある男性であり、リーチのあるタラエット侯爵家の四男が、これで勝った』と思ったのだ。


(甘いな……)


 だがオレは知っていた。

 今のエルザが“普通の強さ”ではないことを。


 そして金髪の剣姫が応えてくれる。


「ふう……乱れ咲け……剣闘技【乱華斬り】!」


【疾風斬り】の斬撃が、届く直前、エルザが叫ぶ。

 片手剣の剣闘技を発動。


 ズシャァーーン!


 エルザは間一髪で、【疾風斬り】を回避。

 同時にチャラ男Aに、斬撃を喰らわせる。


「えげつ⁉ うぎゃぁあああ!」


 予期せぬカウンター攻撃を喰らい、チャラ男Aが吹き飛んでいく。

 放物線を描き、そのまま場外に落下する


「うっ…………ぐ……」


 辛うじて意識はあるが、自力で立ち上がることは不可能。

 救護班が助けに駆け寄る。


「勝者、エルザ・ワットソン!」


 審判のレイチェル先生が、エルザの右手を掲げる。

 これで勝負ありだ。


「「「おっ……おー⁉」」」


 直後、観客席から嵐のような歓声が上がる。

 まさかの大逆転劇。


 誰もが予期していなかった結果に、称賛の嵐。

 拍手喝采と大歓声。

 多くの者が、エルザの名を称えていた。


「ふう……ただいまですわ」


 大歓声の中、エルザが待機所に降りてきた。

 傍には圧勝に見えたが、少しだけ疲れている。


 見せない攻防で、精神的に疲れているのであろう。


「ナイス、ファイト。エルザ。ちなみに最初はザワと隙を見せて、斬り込ませたの?」


「さすが、ハリト様。見抜いていたのですね。今日のトーナメントは長丁場ですから」


 開幕にエルザの見せた隙は、実は彼女の作戦。

 目的は短期決戦を挑むため。

 長期戦になってスタミナ消費を防いのだ。


「やっぱりそうか。よく、決断したね、エルザ」


 隙を見せるのは失敗のリスクも大きく、危険な作戦だった。

 だが実戦では時には、こうした狡猾さも必要。

 弟子でもある仲間の成長を、嬉しく思う。


「よし、これで一勝目だな」


 作戦通り、幸先良いスタートダッシュ。

 だが、ハリトだんの次鋒は……


「次はサラ……あたなの番よ!」


「うん、エルザちゃん。私も後に続くね!」


 エルザはサラにタッチする。


 そう……ハリト団の次鋒はサラ。

 現時点の戦力的に、三人の中で、娘が一番低い。

 だから安全な次鋒に置く作戦だ。


「それでは次は次鋒戦を始めます。準備してください!」


 次鋒戦のアナウンスがある。


「それじゃ、行ってくるね!」


 サラ本人には負ける気はない。

 強い覚悟を胸に、開始場所に向かっていく。


(サラ……サラ……大丈夫かな……)


 こうして大事な娘の出番がやってきたのであった。


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