第23話約束

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 クラスメイトとなった娘とも、正体がバレないように上手くしていた。


 最近の個人的なブームは、剣技と魔剣技を研究していくこと。

 放課後の自主練と、土曜の個人レッスンで精進している。


 クラスでは目立たないように、平穏に過ごしている。

 だが一人の転入生エルザ・ワットソン……本物のお姫様のお蔭で、クラスの様子は変わっていた。


 ◇


 エルザ姫が転入してきてから日が経つ。

 クラスの様子は前と一変していた。


「エルザ様、次の授業はこちらの教室でございます!」


「こちらの品をよかったお使いください、エルザ様!」


「流石です、エルザ様!」


 ひと言で説明すると、クラスメイトたちが媚び始めたのだ。

 特に貴族子息令嬢連中が。

 エルザ姫の周りには、取り巻き軍団も形成されていた。


(騒がしいな……まぁ、でも、この場合は仕方がないか)


 何故ならエルザ姫は、現国王の実子の一人。

 貴族の中でも最上位の身分なのだ。


 クラスの候補生の中には、前から貴族の子息令嬢が何人かいた。

 だが彼らは所詮、中級下級貴族の生まれでしかない。


 それに比べてエルザは“本物のお姫様”。

 彼女の機嫌を損ねただけで、実家のお家潰しも十分あり得る。


 だからクラスの子息令嬢軍団は、エルザに気を使っているのだ。


「姫様、こちらの席をどうぞ!」


「我々、“ウラヌ学園三銃士”がご用意しいたしました!」


「ささ、どうぞ、姫様!」


 普段はチャラい口調なあの軍団ですら、エルザ姫には敬語で話している。

 一挙手一投足に至るまで気を使っていた。


 というか、チャラ男軍団も、“敬語”という概念を知っていたのか。

 それに“ウラヌ学園三銃士”ってなんだ?


 まぁ……可哀想なので、あまり突っ込まないでやろう。


 とにかくエルザ姫が転入してから、クラスの雰囲気は一変したのだ。


 パッと見た感じ。

 クラスのカースト順位は、エルザ姫が頂点。

 その下に取り巻きの貴族子息令嬢軍団。


 更にその下に見えない壁。

 オレたち庶民出の候補生がいる感じ。


 とにかくクラス内は今、『エルザ姫を中心にして回っている』と言っても過言ではない空気なのだ。


「皆さん、お気遣いありがとうですわ。ですが、勇者学園の生徒は全て皆、平等です。私にもお気遣い無用ですわ」


 一方で当人のエルザ姫は、そこまで権力をかざしていない。

 あくまで候補生の一人として、謙虚に過ごしている。


(ん……?)


 だが何となく“お姫さんの変な雰囲気”を、オレだけは感じていた。

 何か“隠していること”がありそうな気がする。

 大賢者として、そんな気配を感じているのだ。


(でも、面倒くさそうだから、オレは構わないでおこう……)


 学園では目立たないことを目標にしている。

 触らぬ神に祟りなし、だ。


「あれ、ハリト様はいずこに?」


 だが転校初日からエルザ姫は、何かとオレに付きまとってきた。

 休み時間の度に、オレに近づいてこようとする。

“ローブの剣士様”のことを未だに信じているのだ。


(やばい……姿を隠すか……)


 だから昼休み時間はいつも、教室外の場所に避難していた。

 彼女自体は悪い奴ではないが、問題は周り。


 取り巻きの貴族連中は、何かと大ごとに騒ぐ小物が多い。

 だからエルザ姫のことは、なるべく避けて行動していたのだ。


「ふう……ここなら見つからないか」


 校舎の裏庭に、ちょうどいい隠れ場所を見つけた。

 ここならゆっくり読書も出来る。

 魔剣技の新しい組み合わせついて、研究していくのであった。



「あれ、ハリト君? こんな所で勉強中?」


 そんな時、近づいてくる少女がいた。

 銀髪の少女、愛娘サラだ。


「サ、サラ⁉ あっ、うん。今日は天気も良いからね!」


 いきなりサラに話しかけられたので、どぎまぎしながら答える。

 不自然なところが無いように、深呼吸して平静を装う。


「あっ、もしかして勉強中だった? ごめんね、ハリト君」


「ちょうど読み終わったところだから、大丈夫だよ! 気にしないで、サラ」


 大事な娘に気を使わせる訳にいかない。

 魔剣技の研究ノートを、そっと鞄の中に隠す。


「ハリト君は、いつも勉強して、本当にいつも凄いよね」


「そ、そうかな? オレ、勉強は嫌いじゃないからさ。それにサラも毎日頑張っているよね!」


 これはお世辞でも誇張でもない。


 サラは真面目な性格。

 オレとは違い、毎日の授業をしっかりと受けている。


 魔法の勉強はもちろん、苦手な近接戦闘も一生懸命に励んでいた。

 最近では休みの日も女子寮の裏庭で、一人で鍛錬に励んでいるのだ。


 えっ、何で、そんなに詳しいかって?

 そりゃ、もちろんサラのことは毎日見守っているから。


 娘に気が付かれないように、遠見の魔法を発動。

 サラの安全を見守りながら、父親として娘の努力を心の中で応援していたのだ。


「えっ、そうかな? そう言って貰えると、私も嬉しい。でも……」


 最後にサラは言葉を濁す。

 表情も少しだけ暗くなっていた。

 こんな表情の娘は初めて見る。


 どうしたんだろうか。

 何か悩みでもあるのだろうか?


「どうかしたの、サラ?」


 あまり深く関わるのは避けてきた。

 だが、どうしても気になるのだ。


「あっ、ごめんね、ハリト君。ちょっと、実は最近、悩みごとがあって?」


「悩みごとか……話だけだった、オレでも聞けるよ」


 本当は聞く以外にも助けてやりたい。

 でも年頃の女の子はデリケートなことも多い。

 あくまで聞くだけに抑えていく。


「ありがとう、ハリト君! 実は……私、模擬訓練が少しだけ怖くて……クラスメイトを攻撃することが、ちょっと怖いの……」


 悩みごと口にして、サラは表情が曇る。

 その表情から、かなり思いつめていた悩みなのであろう。


「クラスメイトを攻撃……そうか」


 話を聞いて思ったのは、『サラらしい悩み』ということ。

 この子は小さい時から、素直で優しい子だった。


 昔のことを思い出す。

 我が家に現れたネズミでも『パパ! その子を殺さないで!』と、サラは殺すのを反対。


 仕方がないのでオレは、ネズミは魔法で遠方に転送して、追い払ったのだ。


(そっか、たとえ模擬戦でも、相手が傷つくのが、見てられないんだろうな……)


 そんな優しいサラにとって、同じクラスの仲間を攻撃する……たとえ訓練だとしても、精神的に辛いのだ。


 何とかして解決をするのを手伝ってやりたい。


「先生には相談してみた?」


「うん、少しだけ。でもレイチェル先生には『はっはっは……相手に遠慮するな! むしろ殺す気で魔法を打ち込め、サラ!』って言われちゃって……」


「ああ。そうか」


 戦闘に関してレイチェルは脳筋思考。

 相談する相手を間違っていたのかもしれない。


 それにしてもレイチェルの物まねが、かなり上手いぞ、サラ。

 もしかしたら物まね才能もあるのかもしれない。


「ごめんね、ハリト君。なんか変な悩み相談して、困らせちゃって……」


「あっ、いや。全然、困ってないから大丈夫だよ!」


 変な妄想をしていたら、サラを誤解させてしまった。

 とにかくサラを元気づけてやらないと。


 何か解決策がないかな……“訓練でも人を傷つけるのが嫌な悩み”の。


「あっ!」


 その時、一つのアイデアが浮かんできた。

 これならサラの悩みを克服できるかもしれない。


「どうしたの、ハリト君? 急に大きな声を出して?」


「あっ、ごめん。でも、いいアイデアがあるんだ。えーと、サラ、今度の日曜日は暇?」


「えっ、日曜日? 特に何もないけど……」


「よし、それならオレと一緒に“魔物退治”にいかない?」


「えっ、生徒だけの魔物退治は、まだ先生から許可が……」


 学園の校則の一つに『教師の許可なく、街の外に出かける、および魔物狩りに禁止』というものがあるのだ。


「レイチェル先生にはオレから許可をとっておくから。それなら大丈夫?」


 だがオレと先生は、いつも魔物の森で鍛錬している。

 上手く申請しておけば、許可は下りるだろう。


「先生の許可が出るのなら、私は大丈夫だけど……でも、危なくないかな?」


「遠くまで行かないから大丈夫だよ」


 森の浅い部分にも、弱い魔物はいる。

 今はサラを安心させておく。


「うん、それなら私も大丈夫。少し怖いけど、私、頑張りたいから!」


 サラは覚悟を決めていた。

 自分の弱点を克服するために、困難に立ち向かおうとしていたのだ。


「じゃぁ、詳しく決まったら教えるから、とりあえず日曜日の朝に」


「うん、ありがとう。ハリト君とのお出かけ、楽しみにしてるね」


 サラは満面の笑みで立ち去っていく。

 自分の悩みが解決できるかもしれない希望を、見つけてくれたのだ。


(元気になってよかった……日曜日は頑張らないとな)


 第一目標は、サラに自信を取り戻してもらうこと。

 そのために日曜日のために、色々と準備をしておかないとな。


(あれ……? 日曜にサラと訓練……二人っきりで、お出かけだと⁉)


 ようやく、自分の過ちに気が付く。


 娘を助けるためとはいえ勢いだけで、とんでもない約束をしてしまったのだ。


(しまった……正体をバレないように、細心の注意を払わないとな……)


 こうして悩みを解決するために、オレたちは魔物の森に出かけることになった。


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