第14話 ウィニングだけの個別指導

「では、約束通り……ウィニング様の好きなことにも協力しましょう」


「お願いしますっ!」


 その日の訓練が終わった後、マリベルはウィニングに対して個別指導を始めた。

 夕焼けの陽光が森の木々を照らす。暗くなる前にはウィニングを家に帰らせなければならないため、それほど時間は取れない。


「習得したい魔法については聞きましたが、そもそもウィニング様が求めているものは何でしょうか?」


「走ることに役立つものであれば、なんでもほしいです」


 魔法であれ、その他の技術であれ。

 ウィニングは単純な回答を述べた。


「ウィニング様、念のためお伝えしますが、移動系の魔法なら他にも色々ありますよ? 例えば《転移テレポ》とか……」


「あんまり興味はないです。俺はあくまで、自分の足で動きたいので」


「ですよね。そんな気はしていました」


 この一ヶ月で、マリベルもウィニングのことをより理解していた。

 ウィニングは目的地を見据えて走っているわけではない。

 走ること……即ち、移動すること自体に楽しさを見出している。


「どの魔法を覚えるか考える前に、一度、ウィニング様の魔力回路を調べさせていただきます。……《身体強化》の共鳴をしてみましょうか」


 そのためにもまず、共鳴の説明をするべきか。

 マリベルはそう思ったが、


「共鳴……自分と他人の魔法を、重ね合わせることですね。出力などが大幅に上がるけど、同じ練度の魔法でないと上手くいかないという」


 ウィニングは共鳴という現象について、完璧に理解していた。


「その通りです。……ウィニング様は博識ですね」


 多分、《身体強化》について調べる過程で手に入れた技術だろう。

 主従訓練は実技だけでなく座学もしている。この座学で一番の成績をおさめているのは、意外にもウィニングだった。


 今思えば、それもまた才能ではなく努力の片鱗である。

 才能があって苦もなく成長できたなら、知識なんて仕入れなくてもいい。


「では、まずはウィニング様から《身体強化》を発動してください。私もすぐに、合わせるように強化します」


「はい」


 ウィニングの全身が魔力に包まれた。

 マリベルもすぐに《身体強化》を発動する。


「手を出してください」


 ウィニングが右手を出した。

 マリベルは、その突き出された掌に自分の掌を重ねる。


 ――共鳴。


 二人以上の人間が同種の魔法を使った際、それを重ね合わせることで双方の出力を向上する技術だ。但しこれは、二人の元々の出力が同じでないと成功しない。


 マリベルはこの技術を、ウィニングの《身体強化》の出力を調べるために用いた。

 ウィニングと掌を重ねながら、マリベルは自身の《身体強化》の出力を上げ下げする。ウィニングとの共鳴が始まれば、その時点の自分の出力がウィニングの出力だと分かる。


 但し――《身体強化》で共鳴する場合、全身・・の出力が一致してないと共鳴ができない。


(こ、これは……)


 掌から、ウィニングの魔力回路の凄まじさが伝わってくる。

 上半身は特に問題ない。だが下半身の出力をもっと上げなければ、ウィニングと共鳴できそうにない。


 マリベルは脚部により多くの魔力を流した。――まだ足りない。もっと流す。それでも足りない。

 普段の三倍以上、魔力を流しているが……まだウィニングの出力には届かない。


 ――アンバランス過ぎる。


 まるで針の上に立っているかのような不安定感。

 これ以上、足に魔力を流しすぎると平衡感覚が崩れてしまいそうだ。マトモに立つことすらできなくなる。


「わ、分かりました。もう大丈夫です」


「え? でもまだ共鳴できていませんが……」


「できないことが分かりました。それだけでも十分な収穫です」


 どうやってウィニングはこれで安定しているのか、不思議で仕方なかった。


「一度、ウィニング様の全速力を見せていただいてもいいですか?」


「はい」


 ウィニングの《身体強化》の出力を……脚部の魔力回路を正確に測ることは諦めた。

 こうなったら、実際に目で見て概算するしかない。


 マリベルの目の前で、ウィニングは改めて《身体強化》を発動する。

 直後、ウィニングの脚部に一瞬で全ての魔力が凝縮された。


「――《発火イグニッション》ッ!!」


 それはまるで、ウィニングの脚部で魔力が爆発したかのような現象だった。

 パァン!! と大きな音が森に響き、枝葉が揺れる。


「なっ!?」


 大気の振動を感じながら、マリベルは目を見開いた。

 それは、目にも留まらぬ速さ。鬼ごっこの時の、数倍近い速度でウィニングは走っていた。


「は、速い……まさか、私よりも……? ぐぬ、ぬぬぬ……っ!!」


 マリベルの競争心が燃えた。

 思い出す学園での日々。座学でも実習でもそれらの試験の時でも、いつだってエマ=インパクトは目の前でマリベルの成績を超えていった。


 あの時の屈辱が蘇る。

 また二番なのか? ここでも一番にはなれないのか?

 一通り走ってきたウィニングが、マリベルのもとへ帰ってきた。


「どうだったでしょうか?」


「ちょちょちょ、ちょーーーーっと待ってくださいね!!」


 今のマリベルに、ウィニングへアドバイスする余裕はなかった。

 マリベルは両手で杖を構えながら、集中する。


「《身体強化》に加え、《加速アクセル》、《水靴ウォルブ》、更にこれらを疑似共鳴で重ねがけして、推進力に《水流波ウォルジェ》を加えて……」


 マリベルの全身を魔力が包み、更にその足には水の靴が現れた。


「――いきます」


 瞬間、マリベルの背中と足から勢いよく水が噴射する。

 それは先程ウィニングがやってみせた、魔力の爆発に近い現象だった。


 マリベルは走っておらず、どちらかと言えば飛び跳ねているように動いていた。

 しかし、その速さは――僅かにウィニングを超えている。


「やったーー! 私の勝ちっ!! 私が一番です!! ――――――はっ!?」


 ウィニングよりも速く動けたことに、マリベルは本気で喜んだ。

 そして、すぐ我に返る。

 なんて大人げない真似をしているのだろう……。


「こ、こほん。すみません、取り乱しました」


 マリベルはわざとらしく咳払いする。

 しかしウィニングは、そんなマリベルに軽蔑を抱くどころか、尊敬の眼差しを注いでいた。


「先生、凄いです! どうやったらそんなに速く動けるんですか?」


「ん、んふふふ……それはまた、後ほど教えましょう」


 教え子の純粋な称賛に、マリベルは気分がよくなった。

 しかし今の技術を教えるとしたら、それなりに長い時間を要するだろう。

 ただでさえ複数の魔法を、更に特殊な技術で重ね合わせて調整したのだ。この理論を理解するには膨大な予備知識が必要になる。


 そんな仰々しい魔法まで使って、七歳児に張り合おうとしたという事実はさておき、マリベルはウィニングの長所をより伸ばす方法を思いついた。


「ウィニング様、貴方に教える魔法を決めました」


 そう言ってマリベルは、近くにある木の幹に片足をあてる。

 マリベルはそのまま、重力に逆らうように、ゆっくり木の幹を歩いて・・・上った。


「こんなのはどうでしょう」


「おおおおおおおっ!!」


「《吸着ソープション》という無属性魔法です。速く走るための魔法ではありませんが、これが使えると壁や天井も移動できますよ」


「覚えたいですっ!」

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