潜降51m 半券と招待券

「太郎丸、ほら、ボールだぞ。とってこい! 」

カウッ! カウッ! バッ....


「おはよう、桃さん」

「おはようございます」


「わわっ.. 」

「こら、太郎丸。ダメ! 離しなさい! 」

 

ガゥ.. グッ.. フグッ


最近、太郎丸は哲夫さんの困ることをして気を引こうとしている節がある。

たぶん、甘えているのだろう。


「ごめんなさい。カバン大丈夫ですか」

「いや、大丈夫です」


「哲夫さん、突然ですが、明日って時間空きますか? 」

「え? 何でですか? 」


「でも、勉強大変でダメならいいんですが、映画観に行きませんか? あのジェイク・ハラー主演の『ワシントン弁護士』の劇場招待券があるんです。七海が用事でいけないっていうので、どうかなって」


「え!? 『ワシントン弁護士』ですか!? 僕、それ観に行きたいなって思っていたんです。いいんですか? 」

「よかった! じゃ、明日お昼にここで」


ガウッ.. カウッ.. カウッ..


****


服なんかヨレヨレのしかないし.. 最近買ったのも安物ブルゾンくらいだ。

せめて靴だけでも小奇麗にしておかなきゃ....


やはり、これはダサいだろうか..? わ、わからない。

せっかく誘ってもらったのに、今度からもう少しファッションに気を付けよう。


「こんにちは、哲夫さん」

「 ..こんにちは」


(やばい、やっぱりダサいのだろうか..? )


「太郎丸、ちょっとお留守番していてね。出かけてくるからね」


「哲夫さんいきましょう」

「はい」


「 ..ふふふ」

「え? あの? どうしたんですか? 」


「ごめんなさい。哲夫さんに気を使わせてるかなって。いつもとちょっと違う感じだから 」

「あ、あの..変ですか? 」


「ううん。変じゃないですよ。なんか、ありがとうございます」

「あ、いえ、とんでもないです」


(映画館は豊島園かぁ。としまえんってもうないんだっけ? あれば遊んでいけるのになぁ.. )


「 ....」

「え? なんですか? 」


「哲夫さん、なんか考えてたなって思って」

「あ、としまえんって.. そういえば、昔プールに行ったことあったなって思って.. 」


「もうとしまえんって閉館したんですよね.. 」

「ああ、やっぱり.. でもどうして豊島園の映画館なんですか? 新宿とかもあるのに」


「ああ、七海と行くのは、いつも豊島園なんですよ。新宿よりも空いているんです。IMAXもあるし」


(なんか、桃さん、いつもより大人っぽいな.. ブラウン系でシックな感じだし。僕のほうがバランスとれてないよな~)


****


[ 2時30分の『デトロイトジャングル』の入場は― ]


「いろいろ上映してますね。なんかワクワクします」

「哲夫さん、映画好きなんですよね? 」


「はい。息抜きにはちょうどいいですし、自分とは違う世界に一瞬で連れて行ってくれるでしょ? だから凄く好きです。法廷サスペンスは特に大好物です」

「ふふふ、この前、部屋の掃除をしていたら映画の半券が何枚かありましたよ」


少し気恥ずかしかったが、自分の趣味を認めてもらえているようで、うれしかった。


「哲夫さん、そこのベンチで待っていてください。私、ちょっと招待券の事、聞いてきますので」

「あ、それだったら僕が.. 」


「大丈夫です。私、行ってきますから。そうだ、飲み物でも買っておいてください。私、オレンジジュースがいいな」


(オレンジジュースか。僕はコーラにしておこうかな。ポップコーンとか食べるかな?)


フードコーナーのメニューを眺めていると、桃さんがチケット発券機の前にいるのが見えた。


(あれ? 桃さん、発券機で発券? 招待券って確か窓口発券じゃ..? )


桃さんは笑顔でチケット2枚を手に戻ってきた。


「お待たせ。はい。これ哲夫さんのチケットです」


(ああ.. そっか。このチケットは..招待券なんかじゃ.... )


そうだった。思い出した。僕は部屋に以前観た映画の半券と一緒に、観たいと思っていた『ワシントン弁護士』のチラシを机の上に置いておいたんだ)


「桃さん.. 」

「はい? 」


「あの.. ポップコーンも買いますか? 」

「ごめんなさい。私、ポップコーン、あまり好きじゃないんです」


・・

・・・・・・


「面白かったですね。最後は爽快でした」

「はい。ほんとに、そうですね」


映画はお世辞ではなく、期待通り本当に面白かった。

僕はあんなに傲慢でグレーな弁護士にはなれないけど、いつか自分の事務所を持てるくらいになりたいと思った。


「桃さん、どっかで夕ご飯食べていきますか? 」

「あ、ちょっと太郎丸が気になるから今日は帰りましょう」


「そうですね」

「じゃ、太郎丸の夕ご飯を買って帰りましょう。僕のおごりです」


「ほんと? やった! 」


****


「太郎丸、帰ったよ~」

グゥ.. ワン..カカゥ.. グゥ..


太郎丸はいつものように頭をこすりつけるとゴロンとお腹をみせている。


「甘えん坊さんだ」

「そうですね」


「あの.. 哲夫さん、私、哲夫さんにちゃんとお礼言ってなかったなって。この前、お父さんが番犬として太郎丸を連れてきて、あの日の事を思い出したの.. それで、あの時、哲夫さんがいてくれて、すごく安心したんです。哲夫さん、ありがとうございました」


「いえ、僕で力になれたんならそれでよかったです」


「ふふ、もう太郎丸もいるし、安心が増えました。ね~太郎丸」


「あの.. 桃さん」

「はい?? 」


「あの、また映画でも観に行きましょう」

「そうですね、ぜひ」


****


太郎丸かぁ。手ごわそうだ.... でもあいつはメスだな。ヨシ!

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