Act.3 不思議な少年

 フェンスの上のそいつは、どんなやつなんだろう?

 逆光なのと、あたしの視力が悪いのとで、顔は見えない。


 けど……


 あたしは誰なのかわかった。

 顔が見えたら逆にわからなかったかもしれない。

 あの、光…吸い込まれそうなほどに…


 間違いない。

 あいつは…

 あの場所で会った。

 あたしを不思議な気分にさせた…


 あいつだ。


「蒼乃…あいつ、誰?」

 宇香があたしに聞いてきた。

 でも…

 そいつはフェンスの上から飛び降りて、あたしの前に来た。

 にぃっ…っと不敵な笑みを浮かべて。


「もしかして…」

「そのと───りっ」


 あたしの質問に答えたかと思うと。

 ……びっくりした。

 驚きすぎて声も出なかった。


 そいつ、あたしの腕を掴んでいきなり走りだしたんだ。


「蒼乃──────────!!!!」


 遠くで宇香の叫び声が聞こえる。

 でも、止まれない。

 そいつはあたしを引っ張って、フェンスの扉から校庭に入り、走り抜けた。

 部活動の練習の邪魔になることも何も気にするでもなく。


 そして、校舎の中に入り、むちゃくちゃに走りまわる。

 私はついていくのがやっとで、転ばないように必死だった。

 必死過ぎて、この学校のどこを走っているのかさえわからなくなった。


「もう、オッケーだな。」

 そう言って、やっと立ち止まった場所はどこかの校舎の横の庭だった。

 あたしたちは、木の下の芝生の上に座った。


 ほうっと行きをつき、呼吸を整わせる。

 落ち着くと同時に、急にわけもわからず引っ張りまわされたことの怒りがどんどん湧いてくる。

 なんなんだ、こいつは。


 こいつが…あの光の中でいつも会っていたやつだとは信じたくなかった。

 …だけど、解ってしまうのだ。間違いないと。


 会わなければ良かった。

 こんなことなら、会いたくなかった!!


「やっぱ怒ってるよなー…」

 全身から怒りを放出していたからか、そんなことを言われた。

 だったら、こんなことするなっつーのっ。


「とりあえず、機嫌直してよ。俺、あんたにもう一度会ってみたかったんだ」


 ……え?

 会いたい?

 あたしに……?


「……それって…あたしが変な行動取ったから?いきなり、う…腕つかんだり…とか…」

 気まずい気持ちでいっぱいになって、そーっと顔を見ると、目があった瞬間、鼻で笑われた……。


 …やっぱりこいつ、嫌だ。

 ぷうっとふくれたあたし。

「ごめんごめん、でも、そうじゃないんだ。別に」

「違うの?」


 意外…もとい変な奴。

 それ以外に会いたいと思う理由なんて…。


「目が、キレイだったからさ」


「…ん?」

 なんのことだか一瞬分からずにあたしは彼を見つめた。

「その目、純粋そうだなーと思って。天使かと思った」


 天使…。

 あたしと同じこと考えてたなんて…。

「あんた、男のくせにそんなこと考えてるの?」

 少し、イジワルを言ってみたくなった。

 もうクラブのことなんてどうでも良かった。

「まぁな、それよりあんた、名前は?1年?」

 …あっさり流された……。


「…片瀬蒼乃。そっちこそ1年?」

「そう。」


 変なの。

 なんだかあたし、こいつのこと嫌いに思えない。


「その制服は…青風か。やっぱりあの近所だったのか」

「まぁね」


 昨日とは別人みたい…。

「俺はここの1年、真枝高志」

 真枝…高志。


 こっちを向いて笑った顔が子供みたいで…

 あたしなんかより、ずっとずっと天使みたいだった。


「……ねえ?」

「高志でいいよ。俺も蒼乃って呼ぶから」


 …気になったのはその服装。

「…た、高志…は、なんでそんなカッコそてんの?この学校私服でしょ?」

 誰だって不思議に思うはずだ。

 だって、こんな暑いのに学ラン着てるんだから。

「あぁ、コレ?応援団だからさ。」


 …光台応援団って言ったら、このへんじゃ有名だったような…。

「こんなトコでサボってて大丈夫なの?」

 急に不安な気持ちが駆け巡った。

 応援団ってめちゃめちゃ厳しいんじゃないの??

 それがこんなところで、他校の女子生徒とのんびりおしゃべりなんか…見つかったらただじゃ済まないのでは……。


「ヘーキヘーキ。どうせ俺、見てるだけだからさ」

「え?どっか悪いの??」


 ドキっとした…。

 だって、さっきあんなに走っちゃったから…。

「違う違う、ちょっと問題起こして一ヶ月の練習禁止になっちゃっただけなの」


 …問題って……。


 あっけに取られるあたしをよそに、そいつは明るく笑った。


 よくわかんないやつだ。

 この明るい笑顔の奥で、本当は何を考えているのか。

 それとも…なにも考えてないのか。


 ただ、悪い人ではなさそうだ。

 こんなきれいな目をしてる人が悪い人だなんて思えない。


 …絶対。


 でも、なんで高志はあたしの顔を覚えているのか。

 それも、あたしが来るのを分かっていたみたいにフェンスの上も座ってたりして。

 高志は、わからないことだらけだ。


「蒼乃?」

「…え?」

 あたしは、すぐにひとりの世界に入ってしまう癖がある。

「蒼乃…月曜日はヒマ?」

「月曜日? うん、何もないと思うけど…」

「じゃあさ、午後四時にあの場所に来いよ!」

 光の…かな?

「うん、別にいいけど…なんで? 高志、来るの大変でしょ?」

「大丈夫。実は家があのへんなんだよ」

「そーなんだ…」

「決まりっ! 四時に絶対こいよ!!」


 …ほんとにわかんないやつ……

「じゃあ、門まで送って行くよ」

「うん」


     ☆


「あっ、蒼乃──。」

「宇香!!」

 あたしたちが正門まで行くと、宇香たちはあたしを待っていてくれた。

「じゃあね、高志!」

「おう! 月曜日、来いよ」

 あたしたちは、そんな会話をして、別れた。


 これを不思議に思ったのは宇香だったと思う。

 あたしには、帰ったあとの、質問攻めが待っていたのだった。

 場所はお決まりの喫茶店。

 あたしたちはいつもの席でジュース1杯で粘っていた。

 光台に行った翌日、7月27日のことだった。

「ねぇ、蒼乃?いいかげん教えてくれても良くない?誰なの?」

 さっきから何度、この質問を受けているかわからない。

 宇香は昨日からこればっかりだった。

 ちょっとしたイジワルのつもりでずっと黙っていようと思ったんだけど、結局あたしのほうが根負けした。


「アレだよ。この間言ってたヤツ…」

「アレって…あの腕掴んで逃げてきたっていう?」

「そう。それがあの真枝高志だったの」


 …宇香の返答には少しの間があった。


「でもさ、それって変じゃない? 蒼乃が腕をつかんだ時に顔を見たとしても、あんな、待ち構えてたみたいにフェンスに座ってるだなんて。…だって、わかってたのは顔だけで…まぁ、制服で学校がわかったとしてもよ、部活で光台に行くなんてこと、わかるはずがないでしょう?」

「そうなんだよねー…。そこが不思議なんだけど…。高志って話してても何考えてるのかさっぱりわからないし」

「なんか変だよー。行かないほうがいい、怖いよ、それ」

 宇香は心配して言ってくれているんだと思う。

 だけど…

「大丈夫。悪い人じゃないと思うもの」

「でも……」

「心配しないで! 大丈夫だから!!」


     ☆


 そして、7月31日、月曜日の午後4時。

あたしは約束どおりに高志に会いに行った。


 あたしが行くと、高志は午後の和らいだ光を浴びて眠っていた。

 ここに来ると、不思議な気持ちになる。

 …高志がここにいると、もっと……

 まるで、高志から光が放たれているような、そんな気がして。

 起こさないように、そっと近づいた。


 近くから見ても、やはり、光は高志から放出されているみたいに輝いていた。


 …そこで、目が覚めた高志とはいろいろな話をした。青空が、茜色にそまり、そして紫色を帯びてくるまで。

 毎週月曜日の夕方は、あたしにとって、一番心が落ち着く時だった。

 学校の話、小さいころのこと、家のこと…たくさん話した。

 高志は、あまり自分のことを話そうとはしなかったけれど、いつも笑顔であたしの話を聞いてくれた。

 こうしていると、心が和らいでいくようで心地良かった。

 いつもは、夏休みの宿題なんてほとんど手をつけないようなあたしが、8月中旬にはすべて宿題を片付けてしまっていた。

 …心の変化、っていうか、落ち着いて物事を考えられるようになったから、いろいろなことがうまく出来るようになった。


 そして、8月28日。

 高志とあの場所で会うのは最後の日になった。

 もともと、夏休みの間だけの約束だったのだ。


 あたしは、ちょっとした用事のため、久しぶりに学校へ行った。

 ここのところ、色々と忙しくしていたので、宇香と会うのも一ヶ月ぶりだった。

 今日、学校へ来たのは、PFCの大切な役目である、地域名簿制作のためだった。

 この地域のPFC全部をまとめた名簿を作るのだけれど、それが今年はうちの学校の仕事になった。

 大切な仕事なので、夏休みの後半から今年いっぱいかけて製作して、来年早々には発送をする。

 今日はとりあえず新しい住所などを去年の名簿に書き込む作業をしながら抜けているところはないかなどを調べている。


 書類の中には、在籍の他校の生徒名簿もある。

 漢字間違えなどないように、チェックをするためだ。


「ねぇ…ヘンだよ。コレ」

「どこかおかしいところあった?」

 宇香の手元を見ると、光台の生徒名簿とにらめっこをしていた。


「蒼乃が毎週会ってる高志っていう人、苗字は真枝っていうんだよね?」

「そうだけど、高志がどうかしたの?クラブとは関係ないじゃない」


「…その人は、このあたりに住んでるって言ってたんだよね?」

「もぉ…そうだよ?だからなんなの?」

 イライラし始めた気持ちが、声に乗って出た。

「その人の家、ないのよ! だいたい、電話帳見ても住宅地図を見ても、光台高の名簿見ても、真枝高志なんて人、いないのよ!!」


 …え─────────…?


「嘘だよ…だって高志はちゃんと居るよ。違う名前を名乗って、嘘でも着いてるっていうの!?」

 あたしは…騙されていたの?なんのために?どうして…?

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