第3話 アリスの機動力

 森にアミナスを捜索に向かったノアとキリは喉を押さえてその場にしゃがみこんだ。


「居ないね」

「居ませんね。どうぞ、お茶です」

「ありがとう」


 これだけ晩御飯抜きだと言っても出て来ないアミナス。これは異常事態だ。


 ノアが小さな咳払いをして空気を吸い込んで叫ぼうとしたその時、森の奥の崖下から狼の声がした。ルンルンだ。


 ノアとキリは顔を見合わせて急いで崖まで向かい崖下を覗き込むと、そこにはルンルンがこちらを向いて必死になって吠えている。


「ルンルン! どうしてそんな所に居るの⁉」


 ルンルンは最近耳が少し遠くなった。昔ほど早く走れないし、力も体力も落ちている。それなのにどうしてあんな所まで下りてしまったのか。


「キリ、アリス呼んできて。ルンルンが何言ってるか僕達じゃ分からない」

「はい」


 ノアの言葉に頷いてキリは走り出した。それを見てどこからともなくパパベアの子供が駆け寄ってきてキリに乗れと言うが、キリはそれを断ってチビベアに言った。


「すみません、お嬢様を連れてきてください」

「グォ!」


 チビベアはそれを聞いて物凄い速さで森を駆けていく。それを見てキリはホッと胸を撫でおろした。


 あれの背中に鞍もつけずに余裕で乗れるのはアリスぐらいである。クマは最速で60キロメートルで走れるからだ。その背中に丸腰で乗れというのは普通の人間には無茶である。


「あれ? アリスは?」

「チビベアが行ってくれました。とりあえず俺達も下りましょう」

「そうだね。ルンルン、そこに居てね! すぐに迎えに行くから」

「ウォン!」


 ノアの声を聴いてルンルンはその場に座り込んで崖を下りて来るノアとキリを大人しく待っている。


 ロープとペグを使ってどうにか崖下まで辿り着くと、ルンルンはノアをじっと見上げて鼻先をフイと後ろに向けた。つられるようにそちらを見ると、そこには大きな洞穴がいつの間にか出来ている。


「……嫌な予感しかしない」

「奇遇ですね。俺もです」


 二人が顔を見合わせ洞穴に向かって歩き出そうとしたその時、崖上から何かが駆け下りて来るような音がした。


 やっぱり嫌な予感がしつつ二人が振り返ると、アリスがペグもロープも使わずに崖を駆け下りて来る。その機動力は馬並みだ。


「……」

「……」

「よ! ほっ! はっ!」


 ノアとキリが無言でこちらを見上げているのを他所に、掛け声を掛けながらアリスはほぼ垂直の崖を勢いよく駆け降りると、あっという間にノアとキリの前に到着する。


「兄さま! キリ! アミナス居た!?」

「……いや、まだだけど……ねぇ、いっつも思うんだけど、どうやって下りてきてるの?」

「え? 普通にだけど? 階段下りるのと一緒だよ!」


 ノアの質問にアリスは首を傾げる。少しでも段差があればアリスにとっては階段と同じ事だ。


 その答えを聞いてノアはそっと目を閉じ、キリはポツリと言う。


「……ノア様、考えるだけ無駄ですし、聞くだけ無駄です」

「うん、だね。で、アリスあそこ見て」


 すぐさま切り替えたノアが指さしたのはルンルンが見つけた洞穴だ。それを見てアリスはパッと顔を輝かせて徐に鼻を鳴らして歩き出す。


「大丈夫! 変なガスの匂いはしないし、アミナスの匂いがする! ルンルン、ありがとう!」


 アリスがルンルンを抱きしめると、ルンルンは小さく首を振って空を見上げた。そこにはドンとスキピオが大きく旋回している。どうやらあの二人がこの場所を見つけてルンルンに知らせてくれたようだ。


「二人とも~~~! ありがと~~~~~!」


 大きく手を振るアリスを見て、二人は体の割に小さな手を振ってそのまま森の奥に戻って行く。


 あの二人はまだ卵を温めている最中なのだ。それでもアミナス探しをしてくれていたのだと思うと胸が熱くなる。


「よし! じゃアミナス探索隊レッツゴー!」


 アリスが拳を振り上げると、それどころではないノアとキリが真顔でアリスの後に従った。



 時を同じくして、王都に戻ったルイスはカインと書類を捌きながら大きなため息を落としていた。


「カイン、どう思う?」

「どうもこうもないよ。フィルがこっちが心配になるぐらい落ち込んでてさ。それにつられてルークまで体調崩してるし、早いとこ何か解決の糸口見つけないと」


 最近フィルマメントが妖精王の心配をしすぎてどんどん痩せていくのだ。食事も喉を通らないようで、カインだけではなくライト家の全員が彼女の事を心配している。


「うちもキャロがなぁ。皆の前では気丈に振る舞ってはいるが、夜はやはり不安事を口にするんだ。昨夜などとうとう泣き出してしまってな」


 そう言ってルイスは昨夜のキャロラインを思い出して眉をひそめた。


 王妃だという責任感から皆の前では気丈に振舞うが、キャロラインには臆病な所がある。


 何度もループを体験した彼女は、いつかまたあの時の様になるのではないか、という恐怖を常に抱き続けているようなのだ。


「キャロラインはさ、仕方ないよ。シエラちゃんも怖がってるってシャルルが言ってたよ。そういう意味ではやっぱアリスちゃんが最強だな」

「あいつはな……精神力もずば抜けているからな。比べちゃ駄目だ。そのアリスと少しでも話をしたかったみたいなんだがな、キャロは」

「ははは。分かる。フィルも同じ事言ってたよ。アミナスの熱が引いたら、アリスちゃんに女子会してやってくんない? って言うつもりだったんだけどルイスも乗る?」

「それはありがたい! キャロも国の仕事とその他の仕事をしすぎなんだ! 少しは休んでもらわなければ」

「じゃ、リー君とシャルルにも言っとくよ。ライラちゃんとシエラちゃんも参加したがるでしょ」

「だな。そうと決まれば、さっさと仕事を終わらせて家に帰るぞ!」


 意気込んだルイスを見てカインは笑った。


 最初こそルイスが王になってどうなる事かと思ったが、今やルイスの評判はかなり高い。庶民にも貴族達からもだ。外交も上手く行っているし、妖精王の事を除けば全てが順調なのだ。


 だからこそ、憂い事は一刻も早く片づけてしまいたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る