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 俊也によれば、彼が殴った例の斉藤を主犯格として、那央は計3名の生徒たちから、しかも案の定、複数回に亘って金銭を要求されていたらしい。


 そもそものきっかけは、かつて俊也と那央が、また別の公園で密かに抱き合ったりキスしたりしているのを、たまたま斉藤が目撃した事にある。


 そうだ。やはり俊也と那央は、同性愛の関係にあったのだ。


「…そのことを、周囲にバラされたくなければ、お金を…っていう事ね」


「ああ、その通りさ」


 七に横顔を向けたまま、俊也が幾度か小さく頷いた。


 そして、七から打ち明けられた日の放課後。さっそく俊也が問い詰めたところ、これもまた案の定、ひた隠しにしていたその事実を、ついに那央は彼に告げたのだそうだ。


 すると、憤りのあまり俊也は…と、先に七が思ったような展開になった訳である。


 また自分ではなく、おとなしい那央の方を。といった相手のやり口も、ますます俊也の怒りを増大させたらしい。


「でも、睦月のおかげで、それも解決したよ」


 時折吹く小さな風に、周囲の木々が揺らめく園内。なおも七に横顔を向けたまま俊也が、フッと息をついた。


 なにか吹っ切れた様子で空を仰ぐ。


「それは良かったけど…でも、相手を殴ったのはよくないわ。本当に怖かったんだから」


 もし裕太たちが止めなければ、一体どうなっていたことか。思い出しただけでも七は、ゾッとしてくる気がした。


「うん、それについては、俺も悪かったと思ってる。だからさ…まあ、今回の件は相手も悪いって事で、本当は停学処分で済んだんだけど、自分なりに責任取るつもりで、学校辞めたんだ、俺」


 そう聞かされるなり、七は自身の胸の鼓動が、にわかに跳ね上がるのを感じた。


「そう…なの?」


 自身『気になる男子』が、実は既に学校を去っていた。とあっては、それも当然か。俊也の横顔に向けられた七の目が、いまや切ない。


「そうさ」


 一方、相手の斉藤は、恐喝行為によって退学処分。他の生徒2人は、俊也と同じく停学となったそうだ。


「辞めちゃったんだ…学校」

 

 しばしの沈黙の後、ぽつりと呟くよう七が。その視線は、足下の地面に蠢く蟻たちに、なにげに注がれている。


「うん。近々、那央も辞めるってさ」


「えっ…」


 そこで七が、はたと俊也を窺えば、そこにはこちら・・・を見る彼の笑顔があった。


 目が合って、恥ずかしくって、さりげなく視線を彼の肩あたりに置き直す。


 そういえば那央は、この俊也の事件以来、登校したり休んだりだったが…


「いまさら言うまでもないと思うけど、俺と那央は付き合っててさ…で、学校には何の未練もない事だし、これから2人で働いて、いずれは一緒に暮らすつもりさ」


 笑顔にも、その口調から俊也の決意のほどが窺える。   


「気持ち悪いか、男同士なんて…」


 一瞬、俊也の笑顔が曇ったかに見えた。


「ううん、ぜんぜん」


 七は、ただ本音を言っただけだ。


 そう、かりんもだが、たまたま好きになった人が同性だっただけの話である。


「そっか、ありがとう。ウソでも嬉しいよ」


 再び俊也の顔に笑みが広がる。彼が、こんなによく笑う人だったとは、普段の学校での俊也しか知らない七にとっては、もちろん意外だった。


 かたや学校での俊也が、いつも険しい表情をしていた事に、なにか理由があったのか…この機会とばかりに七は、彼に尋ねてみた。

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