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 翌日。登校後もまだ、この七の頭に胸に、昨日の修二の声が響いていた。


 『ヒスイさんが自殺を図った!』という彼の、その悲痛な声が。


 さらに『…もう思い残す事はない』との、あの時のヒスイの声もまた…


 そう、先に七が抱いた悪い予感が、まさに最悪の形で的中してしまったようだ。


 ただ、どうやらヒスイが一命を取り留めた事が、修二は元より、もちろん七にとっても救いであった。


 ちなみに、通常の市販薬や処方薬を一度に多量に服用したからといって、そうそう死ねるものではない。という事は七も、なんとなくながら知っていた。


 おそらく、ヒスイもそれを承知の上で、その方法を試みたのかも知れない。死にたい、でも生きたいという葛藤の下に…ふと、七はそう思った。


 また同時に七は、こうも思った。ヒスイが自殺を図った理由については、あの河原で彼女が語ってくれた、例の身の上話による自身の過去・・・・・が影響しているに、おそらく違いない、と。


 それを語るに『もう思い残す事はない』と言っただけに…


 しかし、こうなると七は、もう誰かにそれ・・を…特に、修二に話してしまいたい気分になった。口の固い、信頼できる女だという、この睦月七が。


 …そうよね。きっと旅館を離れたのも、もし仮にそこで自殺を図ろうものなら、皆に迷惑が掛かると思って…それで、あの川の近くの林なんかで…


 あれこれと考えるあまり七は、言わずと授業も頭に入らず。教師の声も右から左である。


 しかし、たった数日間のみ、しかも従業員と客。という立場で接しただけにも、なぜこんなにも川西ヒスイの事が気になるのか。七は、自ら不思議に思った。


 確かに、見るに話すに彼女は、とても魅力的な人物である。


 無論、もし単に容姿が優れているのみであれば、やはり修二や男性従業員らの憧れともならなかったであろう。


 かたや七も、ただ穏やかで凛としていて…だけでは、そこまでヒスイに惹かれはしなかったはずだ。


 となると、その最たる理由として考えられるのは、それはヒスイが醸し出す、あの孤独感かも知れない。

 

 果たして、それが天性のものなのか、あるいは『彼女の過去の経験』がそうさせるのか…とにかく、自身孤独を好む者として七は、そんなヒスイに共感し、さらに強く惹かれたのではなかろうか。


 …うん、きっとそうだわ…


 さて、ひとり納得した…あるいは、自らを納得させると共に、七は気分を変えるべく、ひと呼吸。


 そして、

 

 …そうよ、大丈夫。ヒスイさんなら…


 などと心で頷くや、あらたに彼女の脳裏に浮かび上がって来たのは、残念ながら授業の事ではなかった。


 それは、いま同じ空間にいる、その柏葉那央と佐伯俊也の件について、であった。

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