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 やがて帰宅するや七は、母親への挨拶もそこそこに、ここマンションの一室は自分の部屋へと入った。


 しかし彼女、どうしてか先よりも、なおのこと表情が浮かない。

 

 それもそのはず。帰路、学校の最寄り駅付近にて、あの高梨賢吾の姿を見たからだ。しかも、別の女子生徒と仲良さげに歩く…


 見れば、その彼女は小柄で愛らしい感じ。明らかに七とは違うタイプだ。


「なるほど…そういうことね」


 独り言も虚しく着替えを済ませれば、そのまま窓近くのベッドへ、身を投げ出すよう横になる。長く張りのある髪が、孔雀の羽のように、枕の周囲に広がった。


 そして、しばし…ぼんやりと天井など眺めるうち、高梨賢吾とあの女子生徒の姿が、再び七の脳裏に浮かび上がってきた。


 おそらく下級生の彼女と、2人して駅の構内へ。あんな笑顔を、賢吾は自分には見せたことがない…あいや、失恋したがゆえに、そう感じただけなのは、自分でも分かっている。

 

 が、それほど高梨賢吾のことが好きだったのかといえば、実は七には確信がなかった。


 別のクラスにもかかわらず、突然、向こうから告白され付き合ってみた。まずは、そこが始まりである。


 ただ、その整った顔立ちはさておいても、優しく思いやりもあり、かつ気配りに長けた賢吾に、七が徐々に惹かれていったのは確かだ。


 ところが、1ヶ月ほど前に、初めてのキス。そう、これからが本当の恋愛になる…と思っていた矢先の失恋だった。


 実をいえば、賢吾の心が七から離れたのは、皮肉にもそのキスがきっかけとして大きい。というか、それに尽きるだろう。


 無論、七は気づいていなかったが、彼女がキスの時に少し身を屈めたことが、高梨賢吾には気に入らなかったのだ。


 やむを得ぬ事とはいえ、兎に角そのキスを機に賢吾は、それまで特に意識していなかった(自分よりも長身の女子と付き合うという)事に、にわかに違和感を覚えると同時に、彼女に対する気持ちも徐々に冷めてしまったのである。

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