黒い念と白い目

 彼らが町に戻る頃には朝日は登り、それまでの死闘が嘘のように優しい陽光が町を照らしている。いつもの朝に見える町の風景だが、それはそこに住まう人族たち以外の部分だけ。見た目にたがってはち切れんばかりの緊張感が漂っていた。その緊張がもたらした黒い念はある者たちへと向けられることになる。


「なんか凄い目でみられたんだけど」


 買い物に出かけていたレミはそれを実感する。


 一部の者が聞いた魔族の言葉。それは誰かが魔族からなにかを奪ったことでこの騒動が起き、それが誰なのかを本人があかしたことで瞬く間に噂が広がった。


 エリオの行動が正しかったのかどうか。それがもたらした被害と今後の対策など、現在ギルド長と町長と衛兵長とで話し合いがおこなわれていた。


 アルティメットガールが魔族を撃退したが魔族の生死は不明。別の魔族が襲ってくる可能性もある。そのため、取り急ぎ町には退魔結界の強化と対邪力減衰大規模魔術陣が施される。さらに次の戦いに備えて闘士たちの能力向上系魔術の範囲拡張術式も組まれた。


「なんで正直に言っちゃうのよ!」


「そうだぜ。ギルド長しか知らないんだから口裏合わせてもらえばよかったじゃないか」


 エリオが苦笑いを返したのは、自分たちが魔族の儀式を止めたことが今回の事態を引き起こしたと自供したからだ。


 怪我が酷かった彼は手厚い治療を受けつつも、ギルドで半ば軟禁状態。今回の騒動によってどんな処遇が言い渡されるのか心配していた。


「今回の件でゴレッドさんも話し合いの場に出ているんだ。知らぬ存ぜぬってわけにはいかないだろ?」


「それにだ。合同討伐依頼のときにそのことを知った者はいるんだから、そのうち広まることは間違いない。手を打たずに大事になったらそれこそ目も当てられないってもんだ」


 ゴレッドの立場を考えて言ったエリオの言葉にザックが続く。


「でもよ、魔族の儀式を未然に防いだんだから、褒賞がもらえてもいいんじゃ……」


 マルクスは言いながらも仲間たちの表情と視線が痛くなり、尻切れに言葉を止めた。


「どう考えても罰則でしょ。そんな空気でしょ」


 妹のレミに怒鳴られてマルクスは背中を丸めるのだった。


「あの魔道具ってそんなに凄い物なのかねぇ。魔力を蓄積する魔道具なら他にもあるだろ? まぁ規模が違うけど」


「蓄えている魔力の量以外に重要な要素があるのかもしれん。それがなんなのかは、これから調べるんだろうけどな」


 魔道具がどんな作用を持っているかなど、作った本人以外で言えば、博学な賢者でもなければわからない。


「ゴレッドさんが町にいなかったのは、その賢者を近隣の町ウィートまで呼びに行っていたからだって」


「ギルド長がいたらエリオもそんな大怪我せずに済んだのにな」


「そこまで想定できないさ。俺たちだってそうだったろ? それに……」


「それに?」


 エリオが止めた言葉にマルクス問うが、エリオは「いや、いい経験を積めたじゃないか」と死を意識せざるを得ない戦いを「いい経験」と笑顔で返した。


 そんなエリオの心から一瞬だけ喜びの色味が発せられたことをハルカは感じた。


(あんな苦しい戦いが嬉しかったの?)


 このエリオの心の内が、のちにハルカの胸を締め付け悩ませることになる。


 エリオたちが戦っているときにゴレッドが不在だったのは、少し遠方の町に出かけていたからだ。その理由は、そこに住む大富豪お抱えの賢者を呼んで、魔道具を調べるためだった。


 ビギーナの町から救援要請があったという知らせを受けたのは早朝のこと。急ぎ賢者を叩き起こして馬車に乗せ、町に戻ってきたのは昼が回った頃であり、すでに魔族は退けられて危機は去っていた。


 そして現在。日が沈み夜を迎えたギルドの地下保管庫では、魔道具がどんな物かを調べつつ、町長と衛兵長と共に今後について話し合いが続いている。


 難解な構造の魔道具の調査はなかなか終わらず。待ちくたびれたレミたちは、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。


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