第6話【異世界少年とお昼ご飯】

 お昼ご飯が決まらない。



「むー…………」



 ちょうどお昼時ということもあり、ショウとユフィーリアは近場のレストランに入ったのだ。値段も手頃なものに設定されており、食事の種類も豊富なので選択肢は多い。ヴァラール魔法学院に併設されたレストラン以外を利用したことがないのだが、食事の内容は元の世界で覚えのあるものがいくつか発見できた。

 だが、その選択肢の多さが落とし穴だった。選択肢が多すぎて、どれを注文するべきか迷ってしまうのだ。


 約10分ほど冊子と睨めっこをするショウは、



「グラタンか、オムライスか……どれがいいだろうか……」



 冊子に掲載された写真を見ると、ショウの選択肢の中で最有力候補として上がるグラタンもオムライスも両方美味しそうなのだ。熱々の器に盛られたグラタンは焼き目がついた表面の上に半熟卵を乗せた贅沢な1品であり、オムライスは肉がゴロゴロと入ったソースが上からたっぷりと注がれている。写真を眺めているだけで涎が出そうである。

 ちなみにこの写真、不思議なことに動いている。グラタンもオムライスも白い湯気がゆらゆらと揺れており、見るからに出来立ての状態で写真の中に閉じ込められていた。これは凄い技術である、何の魔法だろうか。


 胃の許容量と話し合うと、両方とも食べるのは難しそうだ。ここは1つに選択肢を絞らなければならないのだが、ここが最も難しい箇所である。



「決まったか?」


「グラタンとオムライスまで選択肢は絞れたが、どちらにしようか悩んでいるところだ……」



 悠々と雪の結晶が刻まれた煙管キセルを吹かすユフィーリアは「そっかぁ」と言い、



「どれ?」


「これだ」



 冊子をユフィーリアに見せ、ショウは悩みに悩んでいるグラタンとオムライスの写真を指先で示す。



「すまない、少し待ってくれるだろうか。ちょっと頑張って決断するから……」


「おう、しっかり悩めよ」



 10分以上も待たせているにも関わらず、ユフィーリアは怒ることなく気さくに応じた。彼女はすでに注文する食事も決まっているのに、10分以上も待たせてしまうのは申し訳ない。


 ユフィーリアの為にも早急に食事の内容を決めなければ、とショウは冊子に視線を戻す。

 どちらも定番化されているので、また次のデートでイストラを訪れればこの店にやってくることが出来る。それに用務員の仕事でイストラまで買い物に出かける可能性も非常に高いのだ。今、片方を諦めたところでこの冊子から消え去る訳ではない――と考えたい。


 色々と悩みに悩み、それからショウはようやく決断を下した。



「オムライスにする」


「お、決まったか?」



 飽きることなくショウの決断を待っていてくれていたユフィーリアは、



「じゃあ注文するけどいいか?」


「ああ」



 ユフィーリアに冊子を渡し、心変わりしないうちにショウは頭の中に残るグラタンの選択肢を消した。残念ながらグラタンはまた次の機会に、ということにする。


 机の隅に置かれた呼び鈴を鳴らすと、店の奥で洗い物をしていた女性の店員が「はぁい、ただいま」と応じてくれる。手巾で濡れた手を拭って水気を落とし、注文用紙と羽根ペンを片手にショウとユフィーリアの使用する席までやってきた。

 ユフィーリアは注文品が分かりやすいように冊子を広げ、



「『デルカビーフソースのオムライス』と『黄海老のチーズグラタン』で」


「かしこまりました」


「え」



 ユフィーリアが注文したのは、ショウが今まで悩みに悩んでいた2つの料理だったのだ。最終的にショウはオムライスを選んだが、グラタンは最後の最後まで悩んでいた品である。


 注文を受けた女性店員はユフィーリアから冊子を回収すると、恭しく頭を下げてから料理の注文を厨房まで届けに行く。「オムライスとグラタンです」と店奥に告げれば、カンカンとフライパンを叩く音で返答があった。

 もうこれで注文を取り消すことが出来ない。いや出来たとしても店側に迷惑がかかる。さすがに面白がって注文した商品を取り消すような真似はしないだろうが、本当にこれでよかったのか?


 ショウは対面の席に座るユフィーリアを見据え、



「あの、ユフィーリア」


「何だ、ショウ坊」


「ユフィーリアはグラタンでよかったのか? この店に来る時、ビーフシチューを食べると決めていたのに」



 このレストランに入る前、店先に展示された料理の見本を眺めて「ここの店ってビーフシチューが美味いんだよな」なんて言っていたのを覚えている。てっきりビーフシチューを食べるものだと思っていたのだ。

 ユフィーリアの好物がビーフシチューであることを、ショウはつい最近になって知ったばかりだ。好物が美味しいと評判がある店に入れば、その品を注文するのではないのだろうか?


 ユフィーリアは青い瞳を瞬かせると、



「まあ、何度も食ったことあるからな。ここのビーフシチュー」


「ユフィーリアの好きな食べ物なのに……」


「今日はグラタンの気分だったからいいんだよ」


「そうなのか」



 気分で別の料理を食べたくなることは理解できる。元の世界では外食なんて決して体験できなかったことだが、この異世界に訪れてからショウも何度か経験した。「大好きな食べ物だけど、今日の気分は違うんだよなぁ」というアレである。

 ユフィーリアもそんな気分だったのだ。ビーフシチューが好みだけど、今日の彼女の気分はグラタンだっただけである。うん、きっとそうだ。


 店の奥から漂ってくる香ばしい匂いを嗅ぎ、



「料理、楽しみだな」


「そうだな」



 小さく笑うユフィーリアにつられて、ショウも口元を緩めるのだった。



 ☆



「お待たせしました、グラタンとオムライスです」



 しばらくしてから店員が料理を運んでくる。


 ショウの前に置かれたオムライスは、なかなかの大きさがあった。黄色い山の上には赤い小さな花が散らされ、肉の塊がゴロゴロと入った茶色いソースが黄色い山を取り囲んでいる。デルカビーフソースと言っていたが、見た目は元の世界にあったデミグラスソースと相違ない気がする。

 店員から説明を受けたが、オムライスの上に散らされた赤い花は『花トマト』と呼ばれるものだ。潰すとケチャップの代わりにもなるし、見た目も可愛らしいので料理の彩りに使われることが多い。


 ユフィーリアの前に置かれた半熟卵乗せグラタンは、いい焼き色がついた表面が特徴的で香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。器の中に埋め込まれた黄色い海老は、身を割ると中からドロリとした液体が漏れ出てくる。

 黄色い海老こと黄海老は、乳製品を餌にする海老らしい。エリシアでは子供を中心に高い人気がある食材で、チーズなどを使った料理によく合うのだとか。ショウも何度か食べたことがあるのだが、黄海老の中にある濃厚なソースが美味しかった記憶がある。



「それでは両手を合わせて」



 ユフィーリアに倣って両手を合わせ、



「「いただきます」」



 大きめの匙を装備したショウは、黄色い山の上に散らされた赤い花を潰す。簡単に潰れた花トマトをオムライスの上に満遍なく広げてから、黄色い山に匙の先端を突き入れた。

 中身はどうやらバターライスになっているようだ。卵と一緒に掬ったオムライスを口に運べば、少し硬めに炒められた米がよく合う。これは今までに味わったことのない美味しさだ。


 オムライスの美味しさに顔を綻ばせるショウは、



「美味しい……!!」


「よかったな、ショウ坊」



 ユフィーリアもまたグラタンの表面を匙で割り、熱い状態のものを火傷に注意しながら口に運ぶ。割られた表面から少し顔を覗かせる黄色い海老がちょっと面白かった。



「ん、グラタンも美味いわ」


「本当か?」


「1口いる?」


「え」



 顔を覗かせる黄色い海老を匙で潰して裂き、中から溢れてくる白い液体と絡めたグラタンを匙で掬ってショウの目の前に突き出してくる。

 これは俗に言う「あーん」ではないのだろうか。恋人同士、ひいては夫婦ではよくあるアレではないか?


 少し緊張気味になりながらも、ショウは机から身を乗り出してユフィーリアが突き出してくる匙を口に咥えた。



「ん、美味しい……!!」



 チーズの濃厚さと黄海老のまろやかさが合わさってとても美味しい。バターの風味が残る米とも相性が抜群である。こちらもオムライスに負けず劣らず美味しかった。


 グラタンの美味しさに瞳を輝かせるショウに、ユフィーリアが小さく微笑む。それから彼女は冷たい指先を伸ばしてきた。

 親指で拭ったのは、ショウの口元である。どうやらグラタンを1口もらった際にソースがついてしまったようだ。



「ついてるぞ」



 そう言って、ユフィーリアは親指に付着したソースを舐め取った。



「そんなに美味かったか?」


「言ってくれれば拭いたのに……」


「やってみたかったからあえて言わなかっただけだ」


「むー……」



 不満げに唇を尖らせて不満を露わにするショウは、



「ユフィーリアもオムライスいるか?」


「お、いいのか?」


「ああ」



 匙にオムライスを山盛りで掬い、たっぷりとデルカビーフソースと絡め合わせてユフィーリアの前に突き出す。お返しの「あーん」である。もちろん口の周りが汚れるように仕掛けてやるのだ。

 ここまでやって、初めて同じ土俵に立てるのである。我ながらいい作戦だ、とショウは内心でほくそ笑む。


 ユフィーリアはショウの突き出す匙を咥え、



「ん、オムライスも美味い。次に来た時は注文してみようかな」


「…………」



 ショウとは違って、ユフィーリアの口にはソースがつかなかった。これでは同じようなことが出来ない、作戦失敗である。



「どうした、ショウ坊。そんなにむくれて」


「…………少女漫画に出てくる彼氏のような行動が、どうしてここまで似合うのか」


「何言ってんだ?」



 ユフィーリアは不思議そうに首を傾げる。


 どうしてこうも格好いい行動が出来てしまうのだろうか。弱みを見せる云々の問題ではない。こんなの不公平だ、大人はやっぱり狡い。

 年齢に差がありすぎるからか、行動に余裕があるのが敗因である。「弱いところも愛する」と強気に宣言しておきながら、やっぱり見ることが出来るのは強くて格好いい部分だけだ。情けない部分は――多分、普段の問題行動を起こして学院長に怒られている時ぐらいだろう。


 不機嫌そうにオムライスを食べ進めるショウに、ユフィーリアが冊子を渡してきた。



「悪かったよ、ショウ坊。詫びにデザートもつけるから」


「本当か!?」


「おう、何でも好きなモン頼めよ」


「やったぁ!!」



 匙を皿の脇に置き、ショウは嬉々として冊子を受け取る。

 冊子の最後にデザートの欄があり、果物をふんだんに使用したパフェや生クリームがたっぷりと乗せられたケーキまで幅広い種類が取り扱われている。ここでも目移りしてしまいそうだ。また10分間は悩みそうである。


 むむむ、と真剣な表情で食後のデザートを悩むショウの姿に、ユフィーリアが「可愛すぎる……」とため息を吐くのだった。

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