第3話【???と会議】

「大変なことになった」



 開口一番、第一席【世界創生セカイソウセイ】が神妙な表情と共に告げる。



「冥府の天空に大穴が開き、そこから3名の囚人が冥府の混乱に紛れて脱獄してしまったらしい」



 次いで、冥府から脱獄したという3名の囚人について第二席【世界監視セカイカンシ】が口を開く。



「脱獄した連中はどれもこれも重罪人ばかりッス。現在、生前の自分たちの死体に憑依して逃亡中。行き先は名門魔法学校『ヴァラール魔法学院』と特定済みッスわ」


「さすが第二席【世界監視】だね。世界の監督を君に任せただけあるよ」


「ああ゛?」



 褒めたはずの第一席【世界創生】を、第二席【世界監視】が睨みつけた。声の凄みまであった。まるで貧困街をたむろする破落戸ゴロツキのようである。


 そう、元はと言えば第一席【世界創生】に原因がある。

 第一席【世界創生】が冥府の武器庫に収納されている神造兵器レジェンダリィ――冥砲めいほうルナ・フェルノを研究対象に選ばなければよかったのだ。魔法の実験となると自分自身に降りかかる危険性すら顧みず、周囲を容赦なく巻き込んでものらりくらりとしているのだ。


 奴がそんな馬鹿な行動をしなければ、こうして7人が集まる必要もなかった。第二席【世界監視】が怒る理由も分からないでもない。



「コッチはアンタの尻拭いをさせられたってのに、随分と余裕なものッスねェ? もういっぺん冥王様の前に引き摺っていきましょうか?」


「や、止めてよ第二席。僕はもう正座で5時間の説教なんて受けたくないよ……」



 第一席【世界創生】も、冥府を統括する存在である冥王ザァトの説教はもう懲り懲りなのだろう。5時間も正座で説教されれば、さすがに懲りるというものだ。



「それで? 第二席、貴方が発見した罪人とやらは一体どんな罪を犯した連中ですの?」



 口を開いたのは、優雅に紅茶を啜っていた第三席【世界法律セカイホウリツ】である。言葉遣いの端々から気品の高さが滲み出ているが、やや不適切な単語も見受けられる。


 話の続きを促された第二席【世界監視】は、気を取り直すように咳払いをした。

 目の前に置かれた3枚の羊皮紙には、冥府から脱走した3名の囚人の詳細な情報がビッシリと綴られていた。第二席【世界監視】は世界を監督する役目を与えられた影響で、対象の情報を読み取る閲覧魔法を得意としていた。



「えー、まずは幻想種飼育保護法違反と国家消滅罪を犯したウィドロ・マルチダ」



 幻想種とは、いわゆるドラゴンのことだ。

 ドラゴンを飼育するにも資格や専門の勉強を必要とするのだが、その罪人は独学でドラゴンの卵を孵化させた功績がある。本当なら讃えられるべき所業だが、無資格によるドラゴンの飼育はおろか卵の孵化は許可されていないのだ。


 さらにその罪人は飼育したドラゴンに命じて、1つの国を焼却した。何百人という単位で犠牲者が出て、国が復興するのと時間がかかったので。

 罪人は即座に死刑となって冥府の奥底で収監されていたのだが、冥府が混乱に陥った隙を見て脱獄したらしい。何とも生き汚い囚人だ。


 第三席【世界法律】は「あら」などと軽い調子で言い、



「第四席、貴方は何をしていたのかしら? こんな重罪人が脱獄してしまいましたけれど」


「我々に責任を負わせるつもりかね?」



 第四席【世界抑止セカイヨクシ】が第三席【世界法律】を睨む。



「第一席に全ての責任がある訳だが。君はよもや盗人が悪い訳ではなく、冥府が盗まれるような杜撰ずさんすぎる管理をしていたと言いたいのかね?」


「あら、そうではありませんの?」


「それは君の制定した法律に違反する訳だが。冥府の法廷で争うかね?」



 第四席【世界抑止】の言葉に、第三席【世界法律】が「冗談ではありませんか」とコロコロと笑う。



「ムキになっちゃって、馬鹿らしいですの」


「誰だこの女に法律の制定を命じたのは。今すぐ第三席の座から引き摺り下ろせ」


「喧嘩は止めるッスよ」



 第二席【世界監視】の雑な仲裁が入り、第四席【世界抑止】は不承不承と言わんばかりに口を閉ざした。


 冥府とて神造兵器レジェンダリィの扱いには気を遣っていたはずだ。盗人を肯定するような発言は好ましいものではない。

 特に第三席【世界法律】は法律や常識などを制定する貴き存在だ。犯罪を容認してしまえば、みんながやってしまう。みんなが罪を犯せば世界の秩序は崩壊してしまう。



「はい次、幼児大量洗脳誘拐罪及び幼児大量殺人罪、幼児大量吸血罪を犯したエレイナ・ラーデル」



 最後の吸血罪という特殊な罪状は、ある特定の種族にのみ適用される。

 それは吸血鬼ヴァンパイアだ。夜の貴族と名高い彼らは大量の魔力や高い魔法の適性を持ち、人間にも友好的な魔物の種族として有名である。人間側は彼らに餌となる血液を提供し、吸血鬼側は人間たちを守護するという相互の利害関係が一致しているのだ。


 ところが、その罪人は幼児の血液のみを好む特殊性癖を患っており、幼児の血液を大量に飲みたい欲望に駆られて魅了魔法を使ってしまう。魔法に耐性がない幼児はあっさりと魅了されてしまい、ノコノコと罪人について行ってしまったのだ。

 結果、浴びるほど幼児の血液を飲んで殺した罪人は、心臓に杭を打たれて死んだはずだ。心臓に杭を打たれてもなお、まだ幼子の生き血が啜り足りなかったらしい。


 これに嫌悪感を示したのは第六席【世界治癒セカイチユ】だ。



「おお、神よ。再びあの悪魔が現世に解き放たれてしまうなんて……これぞ未曾有の危機ではありませんか? 第五席、貴殿の出番では?」


「第六席よ、それはちとこじつけが過ぎんか。全人類に影響がある訳でもなし、未曾有の危機と断定するには早すぎるのじゃ」



 第六席【世界治癒】からご指名を受けた第五席【世界防衛セカイボウエイ】は、わざわざ両手を挙げて不可能であることを示す。



「そもそも傷ついた人間を治すのはお主の十八番じゃろ、第六席。死人さえも生き返らせることが出来る聖女様では、さぁすがに吸血鬼ヴァンパイアの魔の手を防ぐことは出来んかのう?」


身共みどもを馬鹿にされましたか?」



 第六席【世界治癒】の冷たい双眸が、第五席【世界防衛】に突き刺さる。



「身共を侮られるとは心外です。――ええ、可能ですよ。吸血鬼ヴァンパイアの魔の手ぐらい、身共が防いで人々を安寧に導くのです」


「第六席は大人しくするッスよ。アンタは第五席の挑発にすーぐ乗るんスから」


「う……」



 大人げない発言をしたことで、第六席【世界治癒】は「取り乱しました、すみません」と謝罪する。煽られてムキになるところは第四席【世界抑止】と似通っている部分がある。



「最後は、大量殺人罪のサカマキ・イザヨイ」


「あら、大量殺人罪だけで冥府の奥底に閉じ込められるんですの? 随分と厳しい世の中になりましたわねェ」



 第三席【世界法律】がのほほんと言う横で、第四席【世界抑止】が低い声で唸る。



「君は3058人の命を奪った罪人を擁護するのかね? そうであれば、私は君を軽蔑しよう。冥府の法廷で会おうかね」


「あら嫌だ、聞こえておりましたの?」


「隣にいるのだから聞こえるに決まっている訳だが。君は元々、貴族出身の魔女だろう。常識は母親の胎の中に置いてきたのかね?」



 バチバチと第三席【世界法律】と第四席【世界抑止】の間に火花が散る。彼らの仲はとても悪いのだ、顔を合わせるたびに喧嘩をしている。


 罪人の情報が出揃ったところで、多数決の始まりだ。

 と言っても、結論はもう出ているようなものだ。多数決という名の確認事項に過ぎない。



「それでは、彼らの終焉に対して異議を唱える人はいるかな?」



 表決を採る第一席【世界創生】に、他の5人はそれぞれ自分の意思を示した。



「異議なしッス」


「異議ありませんわ」


「異議はない」


「異議はないのじゃ」


「異議はありません」



 満場一致で『異議なし』の判決である。


 第一席【世界創生】は「よかったよ」と頷いて、正面を見据えた。

 そこに座っているのは黒い頭巾で顔全体を覆った、闇に解ける黒衣が特徴の人物である。それまで紅茶を啜り、議論に対して一言も口を挟まずに座っていただけの死神。


 第七席【世界終焉セカイシュウエン】――世界を、人間を、文明を、あらゆる物事を終焉に導く無貌むぼうの死神。


 終焉とはすなわち、死刑よりも重い罰である。

 第七席【世界終焉】が与える終焉は、終わらせること。終焉を与えられたものは、誰にも認識されず、どこにも記録が残らないままこの世界から消え去る。功績も、記憶も、何もかもがなかったものとされるのだ。



「第七席、今回も君には重い判決を与えてしまうけれど」



 第一席【世界創生】は、自分と対極に位置する死神に告げる。



「先の罪人たちに、終焉を」



 それに対して、第七席【世界終焉】は僅かに見えていた口元を音もなく動かして短く応じる。



 了解



 次の瞬間だ。



 ――ガシャン、ガタン。ガタガタガタガタガタガタガタガタ。



 紅茶を啜っていた第七席【世界終焉】が、唐突に黒い頭巾で覆われた顔を机に叩きつけたのだ。それだけではなく、何故かビクンビクンと震えている始末である。


 最強と名高い第七席【世界終焉】が、何者かに襲撃された。

 その場に戦慄が走るが、状況を冷静に見極めることが出来た第四席【世界抑止】が、目の前に置かれた紅茶のカップを手に取る。花柄の可愛らしい意匠のカップには、飴色の液体が並々と注がれていた。


 その紅茶に鼻を寄せ、匂いを嗅ぐ。芳しい花の香りではなく、ゲロとヘドロを掛け合わせて糞尿をぶち込んだような悪臭がした。



「これは誰が淹れたものかね?」



 第四席【世界抑止】がその場に問えば、



「私ですわ」



 第三席【世界法律】が何気なく応じた。



「誰だあの舌バカに紅茶を淹れさせたのは!! 毒草ブレンドティーなぞ常人どころか、我々でも飲めば冥府の法廷に召集されることになる訳だが!?」


「え、これ第三席が淹れたの!? まずいよ、象も飲めば死ぬような紅茶を淹れるんだから淹れさせちゃダメでしょ!!」


「アンタが止めろよ第一席!! それよりも第七席を助けないとまずいッスよ、ただでさえ喋らないんスから!!」


「治癒は身共が請け負います。任せてください、必ず助けます」


「前途多難じゃのう、カッカッカ」



 第三席【世界法律】の毒草を掛け合わせた特殊な紅茶を飲んでしまった第七席【世界終焉】を助けるべく、他の5人が慌てて行動するという異常事態で会議は終了を迎えたのだった。

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