第8話【問題用務員と未払いの対価】

 ――ヴァラール魔法学院が全焼し、完全に復元されてから次の日のことだ。



「やあ、ユフィーリア君」


「何でいんの?」



 朝食から戻ってきた用務員兼問題児であるユフィーリアたちを出迎えたのは、装飾品のほとんどない神父服と趣味の悪い髑髏どくろ仮面が特徴の冥王第一補佐官――アズマ・キクガだった。彼の脇には髑髏が特徴の紙袋が置かれてあり、キクガは「あ、これは冥府のお土産な訳だが」と渡してくる。

 遊びにくる際には手土産を忘れずに、と言った覚えはある。だがこんな早く遊びにくるとは誰が思うだろうか。こういうのはしばらく経ってからというものではないのだろうか。


 実の息子であるショウはキクガが差し出す手土産を喜んで受け取ると、



「父さん、これは一体?」


髑髏どくろの形をした饅頭だ。冥府の名物な訳だが」


「わぁい」



 父親からの冥府土産を喜ぶショウ。雪の結晶が刺繍されたメイド服のスカートをひらひらと揺らし、ポニーテールに結ばれた黒髪が嬉しそうに跳ねる。今日も可愛い限りである。


 喜び方がいちいち可愛いので、ユフィーリアは思わず天井を見上げてしまった。

 こんな可愛い行動をされれば、間違いなく鼻血が出てしまう。用務員室が血の海になる惨劇だけは作り出さないようにしなければ。


 先日、見事に可愛い新人から可愛い恋人に格上げとなったショウの無自覚な可愛さに精神状態を落ち着けさせてから、ユフィーリアは来客であるキクガに対応する。



「親父さん、昨日の今日で何の用事なんだ?」


「冥府転移門を使用した際に、冥王様を殴っただろう。『未払いの対価が支払われていない』と冥王様はかなりご立腹だった」


「あ」



 ユフィーリアはその時のことを思い出した。


 冥府から無傷で脱出する為に対価を差し出さなければならないのだが、ユフィーリアは冥王ザァトをぶん殴った隙を突いて勝手に冥府転移門を使って地上に戻ってきたのだ。

 相手は学院長ではなく、冥府を統治する王様だ。眼球が20個ほど埋め込まれた気持ち悪い煙みたいな奴だが、学院長のグローリアと違って立派な冥府の王である。その相手をぶん殴ったのだから、まず間違いなく極刑に処される。


 状況が読めていないらしいショウは、冥府土産の紙袋を抱えたまま首を傾げる。



「対価? 何の話だ?」


「ショウちゃん、居住区画でお茶の準備をしまショ♪」


「オレも手伝うよ!!」


「?」



 ハルアとアイゼルネが素早く動き、ショウを居住区画に連行した。

 彼に昨日の記憶はほとんど残っていない。気がついたら冥砲めいほうルナ・フェルノの適合者となっていて、目の前に父親であるキクガがいて、ユフィーリアたち問題児がハッスルして学院が燃えたと思い込んでいるのだ。バラす訳にはいかなかった。


 笑顔でショウが居住区画に変更されていく様を眺めて、ユフィーリアは息を吐く。



「それで? 本格的に冥府転移門の対価を支払えってんなら、悪いが全力で抵抗させてもらうぞ親父さん。ショウ坊の可愛い格好を毎日眺めていたいんだから眼球は差し出せないし、エドの首輪もハルのつなぎもアイゼの靴も奪わせるか」


「そのことについては安心しなさい。私が冥王様をぶん殴っておいたから」


「ん?」



 何かキクガの口から野蛮な言葉が聞こえた気がする。



「え、ちょ、もう1回言ってくれる?」


「冥王様は私がぶん殴っておいた。心配はいらない、もう未払いの対価を徴収するような話にはならんさ」



 状況が上手く読み込めないのだが、これは「冥王第一補佐官のキクガが責任を持って冥王ザァトをぶん殴って、未払いの対価を諦めさせた」ということでいいのだろうか?

 何も良くない。というか、何も心配はいらなくない。冥王ザァトはキクガの上司であり、その上司をぶん殴って黙らせる部下の存在など聞いたことがなかった。ユフィーリアがやられたら泣いちゃうかもしれない。


 ユフィーリアと、その場に残ったエドワードの2人からドン引きされるような気配を感じ取ったらしいキクガは、



「冥王様は喜んでおられた訳だが」


「え、殴られたことに?」


「あの人、意外と被虐気質ドマゾなものでな。大抵殴ると大人しくなるが、鞭を荒々しい息と共に差し出してきた時にはさすがの私でもドン引きした」



 キクガは「そのことに関してなのだがね」と言葉を続け、



「冥王様はユフィーリア君の拳が大層お気に召したようだ。出来れば部下として、定期的に殴ってほしいとのことだが」


「いや定期的に殴れって言われても嫌なんだけど、暴力って強要されるとやりたくなくならねえか?」


「ユーリ、気にする部分はそこじゃないよぉ」



 エドワードに指摘され、ユフィーリアは「そうだった」と我に返る。



「部下としてってことは、つまり引き抜きって話か?」


「如何にも」



 キクガは堂々と頷いた。


 困った、大いに困った。

 ユフィーリアは現在、ヴァラール魔法学院で暴れる問題児――もといヴァラール魔法学院で勤務する用務員である。引き抜きとは初めてのことなので、どう判断するべきなのか分からない。


 それに、この話がユフィーリアのみの場合、ユフィーリアは他の問題児と離れ離れになってしまう。まあその時は断ればいいだけの話だが。



「ちなみにエドワード君たちにも獄卒として雇いたいと話が出ている。冥府の騒動を鎮めた時の手腕を買われた様子な訳だが」


「えー、いくら貰えるんだよ冥府の仕事って」


「冥王様は言い値で支払うと」


「ぶッ」



 思わず噴き出してしまった。鼻水まで噴き出さなかったのは幸いだった。


 言い値で給金を支払うとか正気の沙汰ではない。冥府とはそれほど金が有り余っているのだろうか。

 別に今の待遇に不満がある訳ではないが、悪戯の捌け口は冥府に叩き落とされた罪人どもを使えばいいし、どれほど刑場を爆発させても呵責の1種として数えられることだろう。悪戯的にも申し分はない。


 降って湧いた美味しい話に瞳を輝かせるユフィーリアとエドワードだが、



「ちょっと待ったーッ!!」



 用務員室の扉を勢いよく開け、学院長のグローリア・イーストエンドが乱入してきた。



「困るよ、補佐官様。ユフィーリアたちはウチの大事な用務員なんだから」


「体のいい雑用係ではないのかね? 彼らを雑用係として使い潰すのであれば、是非とも冥府で働いてほしい訳だが」



 不思議そうに首を傾げながら嫌味とも取れる発言をするキクガに、グローリアは「違うよ!!」と否定する。



「確かにユフィーリアたちは入学式を破壊したり被服室にあった資材を勝手に使っちゃうし食い逃げもするしその他色々なことをやらかしてきて正直なところクビにしたいけれど!!」


「よしそれならさっさとクビにしたまえ。冥王様は寛大だ、彼らの問題行動も十分に把握している。受け入れるどころかむしろ歓迎している状態な訳だが」


「でも困るんだよ!! 彼らは問題行動を除けば優秀なんだから!!」


「クビにしたいほどなのにわざわざ学院に残しておくとは、君も被虐気質ドマゾなのかね? 虐められたい的なアレかね? 実は日々の問題行動に快感を覚えていたとか?」


「そそそそそんなことないもん!! そんなことないもん!!」



 グローリアがここまでムキになって言い返すのも珍しいものだ。


 完璧に置いてけぼりにされたユフィーリアとエドワードは、互いの顔を見合わせた。

 全員一緒に高給取りの冥府に再就職するのが1番だろう。厄介な問題児がいなくなってヴァラール魔法学院もますます繁栄するだろうし、学院長も厄介者がいなくなれば万々歳と言える。


 キクガとの口論は埒が開かないと思ったのか、グローリアが「ユフィーリア!!」と叫びながらこちらへ振り返る。



「お給料2割増しにしてあげるから、引き抜きの話は断ってくれるよね!?」


「えー、7割減の状態から2割増したら5割減ぐらいか?」


「ちゃんと10割の状態から2割増しに決まってるでしょ。僕だってそこまで鬼じゃないよ」


「給料7割減額にはするのにな」



 まあ、給料が元の状態に戻った上に2割増しになるなら上等である。仕方がないのでその話を飲んでやることにしよう。



「あー、親父さん。悪いんだけど引き抜きの話はお断りするわ」


「おや、何故かね? 好条件だと思うのだが」


「確かに引き受けた方がアタシも幸せ、みんな幸せなんだろうけどさ」



 ユフィーリアは「でも」と言葉を続け、



「…………アタシらが用務員を辞めたら、この話が続かなくなっちゃうんだよな」



 ……………………………。


 史上最大級のメタ発言をぶちかました銀髪碧眼の魔女に、その場にいる全員の視線が集中する。

 そこはもう、ほら、色々とマシな理由があったはずなのだ。ただ1番納得できる理由がそんなメタ発言しかなかったというかアレだから絶対に違うから。



「そうかね」



 キクガは納得したように頷き、



「それではお茶だけでも貰って帰ろうかね。今日は休暇だからな」


「へえ、休暇なんだ」


「ここのところ毎日のように働き詰めだったから、冥王様をぶん殴って有給をもぎ取ってきた訳だが。そうでなければここにはいないさ」


「冥王様を殴るのが親父さんの中で流行中なのか?」


「殴れと言われたから殴った。それだけに過ぎない訳だが」


「アタシも今度殴ってみるかな」


「何で!? 痛いのは嫌だよ、僕!!」



 ユフィーリアの拳を警戒して距離を取るグローリアと、そんな彼に満面の笑みで拳を掲げながら迫るユフィーリアとエドワード。地獄みたいな光景を他人事のように眺めるキクガは、クスクスと楽しそうに笑っていた。

 やはりこの賑やかさがヴァラール魔法学院には必要なのだろう。誰が望んだ訳ではないが、おそらくなくなれば寂しく感じることだ。


 それから居住区画にてお茶の準備をしていたショウ、ハルア、アイゼルネの3人が戻ってきて、さらに混沌とした空気が加速するのは言うまでもない。

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