ある令嬢の証言
※「ミゼット嬢によるスローライフな令嬢日記」にて、書いていたらミゼット兄の婚約者が突如現れてきたので、彼女の事を掘り下げていたらこんな過去が出てきました。本編の時系列的には「36.皇城での日常再開」の後くらい。
「見てみろよ、これ。こんなにワークショップがあるんだってさ。前に楽器がやりたいって言ってたよな? バイオリンとかまだ空きがあるらしいから、ミゼットに頼んで申し込んでおくよ」
私はジョセフィーヌ・エシュート。子爵家の娘だ。
デートの合間に寄ったカフェ・シガロで、急に取り出したカタログを見ながら喋ってるのはフィアンセのコルバルト家の長男・クリスだ。
なんでも、先日帝国に戻ってきたナディクスの王子が、ワークショップを開催中らしい。
以前から彼が色々教えられるっていうのは噂では聞いていたけど、クリスの妹のミゼットは大貴族の令嬢らしくお行儀もよくて、素直でいい子だから、彼女のおすすめだったら行ってみてもいいかも、と思った。
しかし、バイオリンといって思い出すのは……
あれは3年前。
まだクリスと出会う前のこと。
あの頃の私は、周りの子たちと同じように流行り物も追っかけて、社交界の噂話にも常にアンテナを張っているような、ちょっとガッツいたところのある子だった。
当時、(多分現在も)社交界の話題の中心といったら、私と同い年であるヘイゼル公爵家の令息っていうのがお決まりだった。
そして、彼は誘いを受ければ、どんな令嬢とだってダンスもしてくれるし、デートにも連れて行ってくれるし、舞踏会にもパートナーとして同行してくれるって、もっぱらの評判だった。
それでも、長続きする令嬢がいないのは何でなのか謎ではあったけど、とある舞踏会に出席した時のこと。
彼の特技というバイオリン演奏が披露されたその催しで、何人もの令嬢に囲まれて素敵な笑みを振りまいている彼に、私は食事に一緒に行きたいと誘いをかけたのだ。
彼はすぐさま、さらにニッコリと微笑みながら、じゃあ明日行こう、と了承の返事を返したのだ。
こんなに簡単に事が進むとは思っていなかった私は、想定外のことに有頂天になって、家に帰った途端、1番いい外出着を引っ張り出してきて、おしゃれも今までにないくらい手を込んでおめかしした。
次の日、見たことないくらい立派な黒い馬車で現れた彼は、まるで私のことをお姫様みたいに優しく、完璧なエスコートで出迎えた。
帝都の老舗ホテルのレストランへ向かう中、馬車の中でも話題に事欠かさず、面白い話をしてくれたり、私が興味がなさそうだと思ったら、すぐに別の話に切り替えたり、ともかく人当たりがものすごく良くって、機転がきく話しぶりにともかく感動したのを覚えている。
食事中も何もかもが完璧で、不満なところなんて何一つとしてなかった。
しかも家柄は代々皇帝の側近を務める申し分もない公爵家で、こんな何もかもに恵まれて整った人間がこの世にいるんだって思ったものだった。
このまま、お付き合いを続けて、婚約もして将来の公爵夫人を約束されたら……
そんな夢を本気で想うようになるのは一瞬だった。
何度か、食事に行ったり、噂どおり舞踏会にもパートナーとして参加させてもらったりしているうちに、誘惑が舞い降りてきて、私は帝国内でも最大の規模を誇るという、彼の屋敷に行ってみたいと漏らしたのだった。
彼は、もちろんだよ、と何の問題もないと言った感じでまたすぐに返事をしてくれた。
このまま事が進めば、もしかしたら私が一生を過ごすことになるかもしれない邸宅……
そんな期待を胸に込めて訪れた当日。
私は身震いが起こるのを必死で抑えていた。
想像を絶するほどの巨大な邸宅に敷地というのは予想していたけど、その建物の側面は黒ずんでいて、枯れたような茶色いツタが至るところに張りまくっている。
そして、玄関の前に並んでいる出迎えている使用人たちの表情……
爽やかにキラキラとした表情で、早くおいでよ! と呼んでいる彼は、その中で唯一の光のように見えたし、まるで浮いている天使みたいに見えた。
私はともかくそれだけを頼りに、古びた廊下の匂いや、なぜか屋内なのに黒っぽいモヤのようなものが見えるその邸宅の中を、必死に彼の後をついて回った。
今日は父上も家にいるはずなんだよねー、と呟いた彼は、表情のない執事に話しかけると、あっちにいるみたいだから挨拶しに行こう、と言ってまた広い邸宅の中を案内し始めた。
そして、着いた場所は……
奥行きも高さもこれまで見たこともないくらいの大広間で、その広さはもしかしたら皇城のものより大きいかもしれない。
そんな薄暗くて埃っぽい広間の奥にある全面ガラス張りの向こう側に、何やらこれまでとは考えられないくらいの綺麗な庭園が広がっているのが見えた。
ガラス扉を開けてその中庭に入ると、その中央あたりに大きな男性が佇んでいるのが見えた。
そこはすごく綺麗な場所ではあったんだけど、それと同時に何か時間が止まってしまっているみたいなもの寂しさを感じたのだ。
そこにいらっしゃる邸宅の
軽くご挨拶をさせてもらいながら、ここは私の居場所ではないな、そう本能的に感じ取っていた。
それから、彼とは何の連絡も取ることもなく、関係は自然と消滅していった。
その後も彼は何人もの子と噂が出たけど、そのどれもが長続きするものではなかった。
そして、私はクリスとの婚約が決まり、つい先日のことだけど彼にもフィアンセができて、うちの家門宛に婚約会の招待状が届いた。
……あの、異質な感じのする中庭が見える大広間で。
お父様は家長だからもちろん出席したけど、私はフィアンセもいるし、出席を免れることができた。またあの気味の悪い邸宅に行くのなんて、まっぴらご免だったし。
そうは思いつつも、ずっと社交界から遠ざけられてたというエスニョーラ家の婚約者の令嬢は、様々ないわくがありそうな公爵家でうまくやっていく事ができるのか……一度も会ったことがない人物なのに、つい心配になってしまう。
「ええ、バイオリンでも何でもいいわよ。ミゼットちゃんに申し込んでもうらうように、お願いできるかしら?」
そんな昔話を思い出しながら、そうクリスにお願いし、結婚したらハネムーンはどこに行くか、なんて話をしつつ私たちはカフェ・シガロを後にした。
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アルフリードと同年代の令嬢はこんな感じで、エミリアと出会う前にほとんど付き合ってしまってて、婚約会にも出席してなかった設定です。
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