#044.SSS迷宮【黒耀石の尖塔】へ入ろう②


〈砂漠の町『バザリア』〉


 砂漠の旅路を終え、俺達は【塔】に一番近い町『バザリア』に到着した。

 外套を頭から纏わなければ直ぐに肌が焼けてしまうであろう日射と陽気、元々あまり顔を露出したくない俺にとっては都合が良かった。

 町は小さいなりにも活気と人波に溢れ、その気温を更に押し上げているように感じる。固めた石砂により造られた家々のくり貫かれたような通気口から覗かせる幾何学模様の絨毯や家畜の骨でできた彫刻、飾られた調度品を見るとーーこの町が立地に関わらずとも潤沢している様子が窺えた。


(近くには前哨基地もある、あんな塔が近くにあるんだ……当然といえば当然か。住んでいる人々もきっと特殊なんだろうが……今はどうでもいいか……)


 ワヲンは到着後すぐに商人の集いに合流して支援物資手配や拠点作成の協力に向かっていた。

 俺達は審査開始まで特にする事がないため、宿を手配し待機する事にした。イルナが交渉にあたっている。


「マイン、暑くないか?」

「お気遣いありがとうございます、マインは平気です。いざとなれば魔術防護にて暑さも凌げますので」


 日射を避け、建物の陰でマインの様子を伺う。どうやら我慢してるわけでもなく顔色も平気そうだ。

 インベントリ内にも蓄えた水や食糧は十二分にある、そのため俺達は砂漠へ入り一日は経過したが体力を失わずに維持できていた。


「えぇっ!? 宿が空いてないっちゅーんはどういうことや!? ウチは大分前に部屋の確保を頼んだはずなんやけどっ!?」

「………」


 突然、建物の中から怒号が響いた。

 通気口となる窓から顔を覗かせると、外套に身を包んだ女が宿の主人に向かい怒鳴っていた。すぐ後ろにも同じ格好をした奴が一人(背丈や姿勢から見るに女性)ーー恐らく仲間だろう。

 訛りを気にせずに声を荒げている女に店主は困り果てた様子だ。

 

「ライン、マイン。問題発生だ、宿の部屋に空きが無くなったらしい」


 同時に、イルナがこちらへ来て告げた。どうやらあの女の騒いでいる内容と同じ問題のようだ。


「あぁ、既に聞こえてるよ。一体どういう事なんだ? ワヲンに頼んで確保してもらったんじゃないのか? あのワヲンがミスをするとは思えないが……」

「その通りさ。ワヲン嬢のミスではない、どうやら『後発隊』の面々が予定よりも早く到着したようだ。そいつらに無理矢理に部屋を占拠されたようだ、店主も困っていたよ」

「後発隊が? 予定では俺達が迷宮に入った数日後に来るんじゃなかったのか? いくら何でも気が早すぎるだろう」

「ああ、つまりは作為的なものだろう。わざと『先遣隊』を邪魔しているという事だ。ふふ……さてマイン、問題だ。だとしたら何故そんな事をすると思う?」


 イルナはこんな状況でも差して困っていないといった様子を見せマインに話を振る。すっかり師弟関係が出来上がっているのは良い事だ。イルナが師というのは不安だが……マインにとって俺以外にも誰かと大切な関係性を築いてもらうのは必要な事柄だ。

 

「………ラインさん、答えてもよろしいでしょうか?」

「ああ」

「『先遣隊』を疲弊させるため、でしょうか?」

「正解だ、ならば何故そのような事をしなければならないと思う?」

「………戦果を上げさせずに退いてもらうため……でしょうか?」

「ふふ、その通りさ」


 満足気にイルナは笑う、マインの答えで間違いないだろう。もっと詳しく答えるならーー『ある程度の掃除を先遣隊にさせつつ、美味いところを貴族達が占領するため』だ。ニ陣体制を敷き、後発に貴族の私兵や腕利きを配置しているのはその為だろう。

 つまりは先を行く奴等には『安全確保しつつ死んで貰えれば尚良い』と暗に言っているのだ。


「そんな……」

「裏側では様々な利権の為にカネの亡者達が蠢(うごめ)いている、聞こえのいい体裁を並べ立て他者を殺すのも厭(いと)わない……ふふ、この世界の縮図を見ているようだよ」

「どうでもいいさ、要は宿が無いってだけだろう。何も問題ないーー暑さ寒さを凌げる『仮宿』くらい俺が直ぐに造れるからな」

「ふふふ、本当に如何様にも応用の効く便利な能力だーーでは『私達』は何の心配もいらないな」


 含みを持たせた言い方をして何かを気にするイルナの視線の先では、先ほど声を荒げていた訛りの女と後ろにいた女がーー上階から降りてきた男達に囲まれていた。

 あの男達は宿を占領した貴族とやらのお抱え集団だろう、鎧などは身につけていないが鍛え上げられた体躯とニヤニヤと薄ら笑いする様子から推察できる。

 

(話の内容は聞こえないが……大方、力づくで排除しに来たか下世話な提案でもしに降りてきたんだろう。俺には関係ないしどうでもいい)


 女二人を集団で取り囲うという構図は見ていて気持ちが良いものじゃない、が、この時期に宿を取るという事はあの女達も一攫千金を狙う冒険者の類いだろう。観光目的の一般人じゃないーーならば手助けする必要なんかない。


「ふふ、成程。確かに私達は目立つわけにはいかないからな、合理的な判断だよ。ライン、君が本当にそれでいいならいいさ」


 風で深層心理を読み取ったのか、イルナは腕組みをして口元を指で隠しながら笑う。まるで俺が言い訳でもしているかと言いたげに。


「触らんといてや!! あんたら糞ったれの世話になんか誰がなるかいな!!」

「あんだとこのクソ女がっ!! おい!! 無理矢理にでも引っ張ってっちまえ!!」


 女を掴もうとする腕が弾かれ、それを合図にあっという間に荒事に発展する。俺は刹那的にーーそれでも冷静に魔術を発動させた。


【フロー・ラゥ・ウィンダル(悪戯の風)】


「ーーがっ!? 痛えっ!? 何だっ!?」


 放ったのは低級の【風魔術】。

 空気を操り、風をそよがせるだけの魔術だが不意討ちであれば足元を掬(すく)う事くらいはできる。というか文字通り足元を掬うように風を巻き上げただけなのだが、予期していなかった男達はその場にひっくり返った。


「余計なお世話だったなら悪かったな、あとは一旦退くなりなんなりしろ」

「ーーえっ!? あっ……」


 それだけ言い残して、その場をあとにする。

 女達は戸惑っていたが状況を直ぐに理解して同じように場を離れていった。我ながら本当に余計な世話を焼いたと反省する。


「ふふ、恥じる理由などどこにある? 善人は見捨てられないというのが君の本質だ、誇るべき性根だと私は思うよ」

「ラインさん、マインもそう思います。その優しさはマインにとっても誇りなのです。勿論ラインさんがどのような判断をされていたとしてもマインは全てに従いましたが」

「……あの女達が善人かどうかなんてわからないだろ……」

「ふふ、それもそうだ。とにかく騒ぎにならないうちに一旦町から出よう、仮宿を造る場を決めないとな」


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〈町の郊外〉


 町から離れ、高い剥き出しの岩が並ぶ地帯へ移動する。周囲に魔獣の脅威や衛兵の監視が無い事を確認したのちに岩の日陰に座り警戒を解く。

 日中は日射が容赦なく照りつける砂漠バイオームでは、日が沈むと一転して気温が氷点下近くまで下がるし風も強い。故に砂漠で宿が取れないというのは冗談抜きに命に関わる、あの女達が食ってかかったのも当然だろう。


「ここらに仮宿を作るか……………ん? 何だ……?」

 

 【箱庭】で宿制作しようとしたその時ーー周囲に人影が無いにも関わらず……町の方角から向かってくる足音を微かに耳に捉えた。


「………ライン、どうやら来客のようだ。撒いたと思っていたのだが尾けられていたようだな」

「………イルナ、完全にわかってて今まで言わなかっただろ? 後方警戒はお前に任せてたのに……」

「……え? 来客……ですか? ラインさんイルナさん……一体どこに……」

 

 周囲を見渡し、背負った弓に手をかけるマインを諌(いさ)める。騒動ののちに尾いてきていた気配と同じーーならば構える必要はない。

 町を出てからは風魔術に長けたイルナに殿(しんがり)を全て任せたのが失敗だった。


(まさか未だについてきていたとは……イルナの奴、なにかニヤニヤしていると思ってたがわかってて言わなかったな……気づくべきだった……)


 マインが視認できないのも無理はない、そいつらは魔術により身を隠しながら近づいてきていた。砂漠ならではの蜃気楼という錯覚を作り出してここまで尾けてきたのだ。

 

(上階から降りてきた連中より『この二人』の方が強かったのは直ぐにわかった……やはり余計な世話だったか)


 二人の女は魔術を解いて俺たちの前に姿を見せる。顔を隠す外套をも取り払ったのは礼のつもりか余裕の表れか。

 透き通るような長い水色髪の肌白い女、薄紅色の髪を肩で二つ結びにしている活発そうな女ーー両者は名乗った。


「おったおった! あんたやろ? さっき助けてくれたんは! おおきに、まぁウチ一人でも余裕やったんやけど……この子がどうしても礼したいっちゅーんでな、悪いけど尾けさせてもうてん。ウチは冒険者やってん【リン】っちゅーもんや! そいでこっちが……」

「先程は助けて頂きましてありがとうございました。あの……どうしてもお礼をしたくて……私(わたくし)、名を……【ネイア】と申します」


 

 

 

 

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