#001.■ソウルとマイン
後に少女(メリア)は語る。
『転生の悪魔が天使を連れてこの街に来た』……と。
その晩に起きた事をメリアが主人に語った内容だったが、その言をその時点で信じる者は誰一人としていなかったらしい。
【転生の悪魔の住む島、ネザーは約一年前に火山の噴火により住民と共に消滅した】というのは既に周知の事実であったからだ。
それが喩え真相を隠蔽した虚偽の物語(カバーストーリー)であったとしても。
──それでも、メリアはその日にあった事とその悪魔を決して忘れる事はない。
正確に言うのであれば伝承の悪魔とメリアが見た男は違う人物なのではあるが。
<転生の悪魔>……【ソウル・サンド】のその姿を。
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◇
「なはは、『あいつ』の口癖が移ったな。性格もいくらか適当で粗暴になっちまったみたいだ」
「良いではありませんか、私は優しいソウル様、ワイルドなソウル様のどちらでも構いません。一粒で何倍にもソウル様です」
突如、闇夜に現れた天使と悪魔のような男はこの場の状況など視界に入っていないかのように談笑する。
天使はその全てを赦し包み込むように柔らかに、悪魔は贄が自ら飛び込んできた事がおかしくてしょうがない様に高らかに。
「……ちっ、人払いは済ませたんじゃなかったのかよ」
「まぁいいじゃねえか、よく見ろ。あっちの女はそこのより遥かに上玉だ。つまり……獲物が二人増えただけの話だ」
「……そうだな、あの男を殺っちまえば目撃者はいねえ。さっさと片付けて犯っちまおーぜ」
三人の兵士は状況をいち早く呑み込み、鞘から剣を抜く。
このような状況であろうと目的はあくまで自分達が楽しむこと、その予定に多少の障害が増えただけの事、と。
対称的にメリアは果たして現れたのが敵なのか味方なのか判断がつかずにただただ思考を鈍らせ、四角くくり貫かれた壁に立つ男に目を奪われずにはいられなかった。
そして瞬間、メリアの周囲に 『壁』 が降ってきた。
何かの比喩表現ではない、メリアの前左右に灰色の無機質な壁が流星の如く落ちてきたのだ。
「っ!!??」
あまりに突然の衝撃と音に声も出せずに瞳を閉じて頭を押さえ、身体を跳ね上げて驚く事しかできない。
ただの幼い少女にとって当然の反応だろう。
「驚かせて済まないな、ちょっとここで待っていろ。終わったら出してやるから」
メリアを囲い、閉じ込めるように落ちてきた『壁箱』の上から声が聞こえてメリアは思わず閉じていた瞳を開き声の方向を見上げる。
先ほどよりもより近くに、その男の姿を捉えた。
『壁の箱』に乗り、背をこちらに向けたまま話すその姿からは悪魔の表情は見てとれない。
果たして私は閉じ込められたのだろうか、それとも……守られているのだろうか、と思考するもその正解はわからない。
「やるか、マイン」
「ソウル様の御心のままに」
そうして、ソウルと呼ばれた男も剣を抜く。
闇夜に溶ける漆黒の剣を。
それが開戦の合図となった。
「はっ! 誰だか知らねえが大人しくしてな! 今そこの嬢ちゃんをお前の目の前で辱しめてやっからよ!」
一人の兵士が男と少女の直線上にて道を塞ぎ、残り二人の兵士は天使の少女の元へ走る。
『弱者を人質にとれば戦略はいらず、大抵はこちらの優位に働く』
それまで曲がりなりにも兵士として生き延びてきた男達は敵に対しての有効的手段というものを身に付けていた。
たとえそれが兵士としての称号にそぐわないものだったとしても。
しかし、それは人質が人質たりえる者だった場合である。
美しく、可憐な天使のような少女は誰の目から見てもそう捉えられただろう。
天使の少女【マイン】は心底から侮蔑と嫌悪感を滲ませた紅く蒼い瞳で迫りくる兵士達に告げる。
「マインはソウル様以外の男と話すのも視界に入れるのも嫌で仕方ありません。ましてや……あなた達のような弱い者にしか手を出せない、卑怯で、醜悪で、最低な輩などと同じ空気を吸うのも嫌で嫌でたまりません。恥を知り、罪を知り、自分を知り、痛みを知り、苦しみを知り、地獄を知ってください」
そしてマインは手を伸ばす、兵士達に向けて。
それは決して待ったをかけたわけではなく、降伏の意を示したわけでもない。
マインの掌には体内のマナが集約され、やがてそれは徐々に型を成す。
「【ディエル・ムノ・リアス(刻を止める氷)】」
「!!!」
マインがそう唱えると兵士達の動きが止まる。
警戒したのでも怯気したわけでもない、本人達の意思に反してその足は一切動こうとしない。
その原因は自身の脚を視認した事によって直ぐに判明する。
「……っ!? 脚に『氷』がっ……!?」
「こいつっ……魔術師かっ……! くそっ! 動けねぇっ……!」
そう、魔法。
兵士達の脚を包む鎧甲冑は臑当てどころか膝包みまでもが蒼く、透明に輝く氷に侵食されている。
まるで地面に固定させるための土台であるかのように、兵士達の自由を奪っていた。
「動きを止めただけです、大人しくしていればマインはもうあなた達に手を出しません。但し、『この街で起きた連続殺人は自分達の所業だ』と自白すると誓えばですが」
マインは兵士達にそう説いた。
余裕綽々に、挑発するように、自身の優位をありったけその瞳に込めて。
「なめんじゃねぇぞ!! こんなもんっ……!!」
ガキィンと音を立てて兵士達は剣の柄を氷に何度も叩きつける。
しかし氷は砕けない、鉄を打ち付けるような連続音は虚しく静夜の闇に飛散する。
「無駄です、余程の技量が無ければマインの魔法を生身の剣で壊す事はできません。あなた達が氷魔と相反する中位程度の炎魔が使えれば話は別ですが」
その言葉を聞いて兵士達は悔怒に満ちた表情を浮かべる。
それは現状この氷を溶く事はできない、という明確な答えだった。
鍛練を疎かにし、弱者のみを相手どってきていた彼らには下位程度の魔法しか使えない。
何度と剣を打ち付けようと、ひび割れすら起こさないこの魔法に剣のみで通ずる技量も持ち合わせてはいなかった。
結論、力で破壊できなければ兵士達に打つ手はもうない。
「理解したのであれば早急に判断するべきだと思いますよ?」
「おい!! 何やってんだ!! 早く何とかしろ!!」
マインの言葉を無視し、静止した二名の兵士はもう一人に助けを求める。
だが、応答はない。
後方の男と兵士がどうなったのかを確認する事は、氷と甲冑の構造上叶わない。
『もしや逃げ出したか……もう既に殺られているのか?』という考えが兵士達の脳裏を過ったのも追い詰められている現況では仕方ない。
それ故に兵士達は合理的に判断する。
早計であろうが、この初動ミスから不可思議な箱の術を使う男と中位魔術を使う女相手に挽回する手立ては既にない。
ならば騙せばいい、と。
適当に嘘八百を並べ立てて同情を誘い隙を作るしかない、と。
そして隙を見て殺せばいい、それで厄介な相手は殺してきた。
『奴隷の少女などを助け、救おうとする奴等だ。同情話の一つでもすればきっと見逃してくれる。正義面した馬鹿にはそれが一番有効な手であろう』
二人の兵士は共にそんな考えに至る、言葉を交わさずともその目線のみで両者は理解し合った。
「わ、わかった! 降参する! 今まで奴隷の女を殺してきたのは俺達だ! だが理由がある! 聞いてくれ!」
兵士の一人が剣を捨て、両手を上げて降伏の意を示す。
勿論、兵士達が凶行に及んだ事に理由などはなかったが……ここで『濡れ衣だそんな事はしていない』などと嘯けば余計に怪しまれると判断した兵士は真実と虚構を織り交ぜ便宜を図る。
嘘を真実と捉えさせるには多少の真実を組み込むのが効果的というのを兵士達は知っていた。
しかし、それは相手が『殺人犯であろうときちんと法の裁きを受けるべき』というルールを持ち合わせている【人間】たりえる場合のみである。
兵士達は理解していなかった。
自分達が相手どっているのが……<転生の悪魔>だという事を。
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