#006~箱庭入門『インベントリ』
<………よぉ、終わったみたいだな。なはは、どうだ? この力のありがたみを理解できたか?>
俺が【腐者】を片付け終えるとハコザキはまるで様子を見ていたかのようなタイミングで声をかけてきた。
いや、この面倒くさがりの悪魔はそんな事はしないだろう、本当に間が良いというか間の悪いというか……そんな時に声をかけるのが得意なのかもしれない。
「……ああ、よくわかったよ。この【箱庭】が素晴らしいって事は。もっと色々な事ができそうだ」
周囲は【岩箱】で覆い尽くされている。それはまさに【腐者】における『墓標』でもあった。この【岩箱】の下には【腐者】が眠っている、その姿はもう影も形もないだろう。
<なはは、だが数が足りねぇな。『押し潰した』以外のやつらは一体何処へ消えちまったんだ?>
「地面の下さ、【箱庭】で穴を造ってそこに埋めた。本来のあるべき姿だろう」
【腐者】は単にマナが内在するものへと無意識に向かってくるだけだ。体は腐蝕しているため速い動きや複雑な動作はできない。
向かってくる方向に落とし穴を作っておけば【腐者】はそこへ落ちる。あとはそこを箱で埋めて元に戻せば生き埋め……という表現が適切かはわからないが……なにせ死人なんだから。
とにかく難なく片付ける事ができたというわけだ。
<なはは、結構結構。そんで? これからどーすんだよ? すぐにここを出るのか?>
「……いや、その前に色々と準備をしておきたい。さっき貰った【インベントリ】とかいう力もまだ試してないし……なにより『あいつら』は【腐者】なんかとは桁違いに強い。もし出会ったら今度こそ俺は殺される、そうならないように……下準備をしておかなくちゃな」
俺は箱の迷路を避けつつ、この空間を後にした。
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<なぁ、ところで……さっきのゾンビ達の事をお前さんは『魔獣』とか言ってやがったが……ありゃあどーいう意味だ?>
コンクリートで画一された通路を歩いているとハコザキから質問された。
「どうって……なにが?」
<いや、どう見たって『獣』じゃなくて『人』だろう。『魔獣』って獣だろ? 『魔獣』に分類されんのはおかしくねえか?>
「……あぁ、『魔獣』ってのは『マナを喰うもの』の総称だよ。形は関係ない、マナを奪うものは総じて獣扱いされてる。そして喰らったマナを使って独自の魔法を扱う。いわば……『魔獣』っていうのは【魔法を扱う異形】と言った方が正しいかもしれないな。『魔獣』はどこからともなくやってきてはこの世界のマナを喰らおうとする、それが物であろうと人だろうと……」
<へぇーふーん、あっそう>
ハコザキはつまらなそうに返答した。
自分から聞いておいて何なんだその態度は……第一この世界を造ったとか言ってるくせにそんな事すら知らないのか……と、俺は思わず突っ込む。
しかしハコザキはそんな突っ込みもどこ吹く風で興味無さそうに別の話題を持ちかけた。
<それよかよ、お前さんが落とされた石碑のある空間の『壁』はまだ残ってんのか?>
「……突然なんだよ? 残ってるけど……」
ハコザキは突然わけのわからない質問をした。
俺が落とされた……あの石碑のあった空間の壁の箱ーー実はあそこの壁は他の土の壁とは違って内部に黒い鉱石のような物を含んでいた。【クラフト】を試している時にそれを発見した俺は希少な物かと思ってある程度の数量を【アイテムスロット】に残しておいたのだ。
「ギルドにいる時は……荷物持ちの他に斥候やら素材採取、希少価値のありそうなものを採掘する事もしてたからな。その時の癖で珍しそうな物はなるべく収納して使わないようにしてるよ」
<なははは! つまり雑用は得意ってーか、結構結構>
「余計なお世話だ。それよりそれがどうかしたのか?」
<なーに、新しい力の説明も兼ねてお前さんに一ついい事を教えてやろうとしただけさ。どっかに【木材】があったら【インベントリ】に収納しとけ。充分な量が集まったら教えてやる>
「………木材って……」
この【ネザー】の島はその面積のほとんどが森林に覆われている。島の面積はさほど大きくなく、森林以外には【小さな港町】【火山】【洞窟】【要塞】の四つのスポットしかない。
外に出れば木材なんてそれこそ腐るほどある。
<なら、早く出るこったな>
「わかってるさ、この階層も結構深いけど……幸運にも『魔獣』はほとんどあいつらに倒された。そんなに時間はかからない」
俺は地上に出るまでの道のりを進む。
勿論、警戒をしつつ……使えそうな物は【クラフト】で箱化して【インベントリ】に収納する。
洞窟神殿内部にある……人類がこれまでに技術や魔法で創りあげてきた様々な道具や仕掛けを見る度にハコザキが『何だこりゃ?』としつこく質問をしてきたり【クラフト】で色々試したりしていたので時間がかかったが……俺は何事もなく無事に洞窟の出入口へと辿り着いた。
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〈【ネザー】の洞窟〉→→→〈森林〉
洞窟を出ると辺りはすっかりと暗闇に包まれていた。
俺達が洞窟に入る前は日が出て間もなかったのに……もう一日が経過したのだろうか。それともそれ以上か……俺が『別世界』に行っていたせいか洞窟にいたせいか時間がどれ位経ったのか余計に判別しづらい。
とりあえず一息つく前にハコザキに言われた【インベントリ】の使い方を学ぶために俺は周囲に【木材】を探す。
しかし、木は多くあるものの……そう都合よく資材となるような木片は無い。木を斬ろうにも俺は適切な道具は持っていない。身ぐるみを剥がされたから。
(……なんて、な。ここまで色々試してきたけど……この【クラフト】の力……これを使えば……)
俺は周囲に生い茂っている適当な木に触る。
来た時は森林に生えている木の種類なんて気にしていなかったが……よく観察してみるとこの木の幹にも黒っぽい模様みたいなのが刻まれるように混じっている。
(生えている葉も……今まで見た事がない……黒い紋様みたいなのが描かれている。【ネザー】特有の木なのか?)
「クラフト」
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・【ネビリムの原木】×1を入手した。
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木が音と共に収縮した後俺の【インベントリ】に収納され、木があった場所には不自然なほどに無の空間が出来上がる。
はたから見ると一体どんな感じに見えているのだろうかと思うほどに我ながら不可思議な光景だ。
<手に入れたな、じゃあ【インベントリ】を視界に呼び出して『左手』で【原木】を触ってみろ>
俺は【インベントリ】画面を呼び出し、視界いっぱいに拡げる。
何分収納総数が1000を越えるから拡大しないとマス目が多すぎてとても見辛い。
そして、先ほど手に入れた【ネビリムの原木】とやらに『左手』で触る。
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・【ネビリムの材木】×16を入手した。
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【原木】はどうやら【材木】に分解されたようだ。
『左手』で【インベントリ内】にある物に触れると破壊するのではなく、別の物に分解したりできるらしい。
たったこれだけで木を材木に変化させるというのだから驚きだ。
<そしたらマス目を何個か潰す。ここらへんは事務作業みてぇなもんだから俺がやってやるよ。【ネビリムの材木】を使って【インベントリ】の収納マス目を潰して新たに枠組みを造る。なはは、このレア材木ならだだっ広い作業台ができそうだぜ>
ハコザキはわけのわからない一人言を言っている。
何をしてるかわからないが触らぬ何とやらにってやつだ。黙って聞いておこう。
すると突然、視界にあった【インベントリ】の収納マス目の上に【シンザシス】と書かれた縦9マス×横9マス……正方形の枠が出来上がった。
<なはは、よく聞けよ。これぁ『合成マス』……いわば『作業台』だ、お前さんが【インベントリ】に収納してある素材をこの【シンザシス(作業台)】のマスに入れる事によって新たなアイテムや素材を造り出す事ができる。調合師や鍛治工もびっくりの代物だ!>
ハコザキは一人で盛り上がっている。
確かにこれは革命的な代物だ、ただここに素材を入れるだけで新たなアイテムを産み出す事ができるなんてどんな魔法でさえ不可能だ。
<最初に手に入れた材木が【ネビリムの材木】で良かったな。この材木で造った作業台ならばどんな物でも合成可能……剣だろうと核爆弾だろうとな。マス目は9×9の合計81マス……つまり、最大で81個もの素材を使った合成ができる! 【インベントリ(収納)】の最大収納数は少し減っちまったが……まぁまだ1000個の収納があるから充分だろ?>
【インベントリ】を見ると確かに1089だった収納数が1000に減っていた。
まぁ確かにそんなにあっても仕方ないし、その変わりにこんな便利な作業台とやらができたんだから万々歳だ。
(……ん? 9×9=81で1089-81=1000?? 何か計算がおかしい気がするが……まぁいいか)
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