第122話:過去との決別

「ルシアちゃん、"死領域"時代のもので渡せるものは、ぜんぶここに置いていってくれるかしら?」


 私の弔いが済んだら、師匠がそう言って地面を指さした。


「……断ったら?」


「困ったことになっちゃうかもよぉ」


「だよね」


 私はため息をついて、収納鞄から魔道具や魔術具、秘密の魔導書なんかを取り出していく。

 ただの学生でしかないルシアが"死領域"の持ち物を持っているのは大変マズい。

 これまでは外見隠ぺいの効果が付いた仮面をかぶっていたからいいけれど、リリスで素顔になる以上、細かい点も注意していかなければならない。


「あらあら、いっぱい貯め込んだのねぇ……絶対手離したくないものだけ、教えてくれる? 他はマギカ・セネイトにくれてやらなくちゃだから」


 師匠は積み上げられた中から適当な魔導書を手に取り、ペラペラめくりながら言う。


「ぜんぶ手離したくない」


「そりゃそうでしょうけど……」


 過去とさよならするとは決めたけれど、せっかく集めた魔導書や、苦労して作った魔道具、高かった魔術具がなくなるのは惜しい。

 頭では分かっていても、心はすぐには割り切れないのだ。


「……これとこれ、あとそっちの指輪三つ」


 ただ、本音はそうであっても、すでに選定は済んでいた。

 私は魔導書二冊と、今嵌めているのとは違う本気で戦う用の指輪二つ、初めて師匠にもらった指輪一つを指定して、後は任せることにする。


「これ、まだ持ってたのね……いいでしょう」


 師匠はスッと目を細めて思い出の指輪を手に取ると、残りの保管物と合わせて収納鞄にしまう。

 私は残る持ち物もぜんぶ取り出し、「これで終わり」と肩を竦める。


「やっぱりS級ともなるといいものばかりねぇ……私もちょっと拝借していいかしら?」


 本気なのか、冗談なのか、師匠はいくつかの物品を見繕い、山を二つに分けていく。


「この瓶は竜王サンタ=ヴァルザクスの心臓、こっちは死帝ザウル・ホロウの蝋……あら、女王鬼蜂ビービーレーンの顎もあるじゃない」


「……ホントにマギカ・セネイトに渡すの?」


 師匠があまりにもいい品ばかりを物色していくから、私は色々心配になってくる。

 そりゃ、よく分からないマギカ・セネイトに渡るより、師匠に有効活用してもらった方がいいけれど、抜けが多すぎると疑われるんじゃないだろうか。


「心配しなくても渡すわよぉ。ただ、こんないい品渡したらムカつくもん」


「ムカつくもんって、そんな子どもみたいな……」


 呆れて返すと、師匠は"七賢者"の顔でニヤリと笑う。


「大丈夫よぉ、ヴァレリーの頭でっかちは、そもそも"死領域"を評価してなかったんだからぁ。『せいぜいA級魔女のところを、勇者パーティーにいたおかげでS級になっただけだろう?』とか言ってたのよ!」


 師匠はぷんぷん怒りつつ、目は笑ったままでさらにいくつかの品物を自前の収納鞄に入れていく。


「だからむしろしょぼい品の方がいいのよぉ。そうしたら、『それ見ろ、やはりハリボテじゃないか』とか『魔術免許も持たないクズだからこうなる』とか『これだから血統の浅い有象無象は』とか言うに決まっているわ!」


「……さいですか」


 この言い方だと、きっと過去に師匠自身、あるいは師匠の近しい人が同じようなことを言われたのだろう。

 立場上、マギカ・セネイトと七賢者の仲が悪いのは周知の事実だけれど、師匠の場合さらに個人的な恨みをヴァレリー長官に抱いているようだ。


「じゃあ、後はよろしく……」


 ここから先は私の関与するところではない。

 物品の山をしり目に出ていこうとすると、師匠が「あっ、待って、その指輪……」と私を引き留める。


「これ?」


「そうそう……って、ああ、二流品なのねぇ」


 手を伸ばして左右の中指にハメた金銀の指輪を見せると、師匠は一瞥して「な~んだ」って顔をする。


「魔女見習いとしては、ちょうどいいでしょ? 買い出しも、これで行った」


「ルシアちゃんも考えてるのねぇ……成長を感じるわぁ……」


 師匠はうんうんと頷きつつ、私の頭をなでなでする。

 普段だったらすぐに振り払うところだけど、私を見つめる師匠の目がすごく優しいから、多少はされるがままになってやる。

 

(励まされてる気がする……)


 師匠の手を通して、温かな想いが伝わってくる。

 過保護なこの人は、きっと私の新生活をもっと具体的な形で応援したいのだろう。

 だけどお互い立場もあるし、私が自分でがんばるって決意したのを分かっているから、こうするのが限界なんだ。


「……もういい?」


「ええ、久しぶりのルシアちゃんのサラサラ髪、堪能したわぁ……頭の形も綺麗だし、やっぱりうちのルシアちゃんが世界で一番可愛いわねぇ……」


 私に触れていた自身の手をくんくん嗅ぎながら恍惚の表情を浮かべる師匠。

 これさえなければ、純粋に尊敬できる人なんだけど。


「……そういえば、杖を買った『キューブリック魔術具専門店』で、領域魔術の使い手だって、見破られたんだ」


 私は呆れつつ、買い出しの件で思い出した出来事を告げる。

 店名を聞いて、師匠の眉がぴくっと動く。


「"六方秩序"の? うーん、多分大丈夫だろうけど、一応覚えておくわぁ」


 私はメランコリアに勝利したほどの領域魔術の使い手で、しかも小さくて仮面をかぶっている。

 あの老人が私と"死領域"を結びつける可能性は大いにある。

 もっとも、師匠の言うように私も大丈夫だとは思っているのだけれど。


(だってあの人は、超一流の杖職人だから……)


 杖は魔術の生命線であり、持ち主がどんな魔術使いなのかを表す指標になり得る。

 そのため、自分の杖がどんな能力を持っているのかは、おいそれと他人に漏らすべきではないし、杖職人側も誰にどんな杖を売ったのかは秘匿する義務がある。

 しかし、大型チェーン店や店主が若いお店だと、杖と持ち主の情報を漏らしたり、最悪リスト化して売っていたりすることがある。

 そういうことをしていると信用を無くし、結局は自分の首を絞めることになるのだけれど、こればっかりはどうしようもない。

 なにせ杖との出会いは運命だから、どんなお店で出会えるかはコントロールできないのだ。


(その点、キューブリック氏なら安心できる)


 あの職人然とした老人ならば、顧客の情報はきちんと守ってくれるだろう。

 私の場合、正体発覚の恐れに加えて、とんでもない変態が杖に宿っているわけだから、なおさら絶対誰にも知られたくないし……。


「そろそろ行くよ。授業に遅れちゃうから……」


 私は品定めを続ける師匠を置いて出口に向かって歩き出す。


「ああ、ルシアちゃん……授業に遅れちゃうだなんて……本当にリリスの学生になったのねぇ……」


 師匠は感慨深そうに言い、「行ってらっしゃい」と手を振った。

 私は軽く手を挙げて、陰気な地下室を後にした。

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